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2017年9月25日 (月)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(7)

7.現実主義と可能主義 このような多世界説のような馬鹿げた考えをせずに、現実の歴史だけが実在すると考えるのがよいのでしょう。 可能世界意味論には、可能主義と現実主義と呼ばれる立場があります。可能主義は...

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2017年9月24日 (日)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(6)

6.単線的決定論 法則的決定論が歴史の分岐を消し去ったように─可能性の枝はすべて刈り取られ現実の幹だけが残る─多世界説もまた歴史の分岐を消し去ります。とはいえ多世界説の場合、単線の歴史は一つではありま...

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2017年9月23日 (土)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(5)

5.多世界説 将来を確率的法則で見ていく場合、九鬼周蔵の言うように、偶然性を解明の対象とならない予見として可能性から除外することで確率論的な科学は可能になります。このことは、自然現象や人の性格について...

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2017年9月22日 (金)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(4)

4.作用と決定 いま宙を舞っている枯葉が落ちる経路には、どれ程多くの可能性があっても、ただひとつの経路を通ることになります。その経路き枯葉自身が意思決定をして選ぶのではない。そのただ一つの経路は、ひと...

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2017年9月21日 (木)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(3)

3.準備的応答 この問いかけに対する、よくある応答を見ていきます。決断Xや出来事Xを時間的な幅をもったものとしても、問題の本質的な点は変りません。例えば、主観的な「今」に500ミリ秒ほどの時間幅をもた...

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2017年9月18日 (月)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(2)

第1章 分岐問題 ここでは、これまで自由意志/決定論の対立として論じられてきた問題を、自由とは何かという議論をいったん保留し、諸可能性からの現実の選択という形態、それが分岐問題ですが、として議論を始め...

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2017年9月17日 (日)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(1)

序文 著者は序文で著作の全体像を概観します。浩瀚な未来図として、人間の脳の常態を見ることで、その人物の直後の行為を高い確率でよそくするということです。この際に、脳状態に基づく予測が、その人物の内面にお...

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2017年9月12日 (火)

倫理はエゴイズム?

 人を害してはいけない、殺してはいけないといったようなルールに従うとか、倫理的でいるということの動機として、私が、そうであろうとすることからスタートして、みんなもそうだというように考えると、その動機に...

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2017年9月 9日 (土)

不倫は政治家の能力と関係あるの?

 文春砲とかいって、こういった既婚者の配偶者以外の相手と交際したということを、ことさら不倫としてはやし立て、ジャーナリズムにおいても大きく取り上げることが目立つ。そういうのが、今、うけるこということな...

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2017年8月10日 (木)

endless 山田正亮の絵画(7)~Work E ,Work F 1980~1995

 Work Dの小部屋の次は、最後になりますが、大広間に出て、パッと開けるように、大作が展示されていました。それは、Work Dの息苦しさから一気に解放されたような爽快感を伴うものでした。説明によれば...

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«endless 山田正亮の絵画(6)~Work D 1970~1979

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