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2017年7月24日 (月)

ものづくりの追求って?異論?

 休日の昼に、たまたまテレビで日本の自画自賛を煽るような番組をやっているのを見ました。その内容の一部が、裁ち鋏をつくっている職人さんを取り上げて、海外の著名な服飾デザイナーが惚れ込んだということが取り...

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2017年7月20日 (木)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(6)~第6章 ブロート・クンスト

 ブロート・クンストとは日々の糧のための作品という意味だそうです。例えば、アウトサイダー・アットの巨匠ヘンリー・ダーガーは死ぬ寸前まで作品が発見されませんでした。つまり、ダーガーは他人に見られることを...

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2017年7月19日 (水)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(5)~第5章 葬送行進曲

 第4章 歌と舞曲の書は素通りです。  「無題(キャンベル・トマト・トープ)」という作品では、スープの缶詰の公告のコラージュの余白に文字だか、音符だか分からないような記号が延々と書き連ねてあります。ま...

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2017年7月18日 (火)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(4)~第3章 地理と代数のノート

  作品は絵だけじゃなくて、文字も数字も加わってきます。この前に作品でもレタリングした書かれた文字が構成要素としてありましたが、ここでは絵の部分ではなくて、同格になるほど画面にびっちりと書かれています...

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2017年7月17日 (月)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(3)~第2章 揺りかごから墓場まで

 ヴェルフリがつくった物語が「揺りかごから墓場まで」というもので、そこで描かれていた作品が展示されています。しかし、一般に物語の部分として描かれた絵画というのは、その物語の場面を再現するものではないで...

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2017年7月16日 (日)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(2)~第1章 初期作品

  普通、画家の個展とか回顧展というのは、最初は初期のスケッチとか誰々風とかいうような、基本となるものや既にあるスタイルの模倣から始まって、だんだん独自のものになっていく過程を見ることが多いのですが、...

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2017年7月15日 (土)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(1)

 5月の終わりごろは、いつも真夏のような暑い日がある。かつての習慣では、6月に衣替えとなって、一斉に夏服に着替える。街の風景も、一日にしてがらっと人々の着ているものが一変したものだった。それで、衣替え...

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2017年7月12日 (水)

海外へは歳をとってから?

 恥ずかしながら、私は50歳をすぎて、初めてパスポートを取得しました。いまから30年以上前、私が大学を卒業するころから卒業旅行が一般化し、その後20代でバブル景気を通り過ぎ、若い頃に海外旅行に行ったり...

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2017年7月10日 (月)

客観的、抽象的な数字のベースになっている身体感覚の文化ということ

 食事の時に、茶碗でご飯をたべていて、一杯で足りなくて、おかわりをするときに、その茶碗にご飯を一口残して、おかわりを求めますか、それとも茶碗を空っぽにして求めますか。私は、前者が当たり前でしたが、大学...

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専門家の枠組みが変わって、従来の専門家はAIに取って替わられる?

 この数日の九州の豪雨災害とか北朝鮮のミサイルといったことなど、その報道で専門家のコメントをみていると、全く参考にならないと考えさせられました。私の誤解かもしれませんが、専門家というものをどのように捉...

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«北村周一 フラッグ《フェンスぎりぎり》一歩手前(4)

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