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2019年4月21日 (日)

小津安二郎監督の映画「彼岸花」の感想

 小津安二郎監督の初のカラー作品ということで慣れないのか、前作『東京暮色』が陰影の濃い画面だった反動からなのか、照明が行き届すぎて、日本間というには影がなく、しかも有名な真赤な魔法瓶といったような非...

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2019年4月16日 (火)

デビッド・リーン監督の映画「ドクトル・ジバゴ」の感想

 冒頭。プロローグのような、アレック・ギネスが弟ジバゴの遺児を探してダムの工事現場を訪ねる。終業時間となって労働者が出てくるところ。巨大なダムを、吐き出される労働者の何百、何千人もの群れが埋め尽くす...

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2019年4月15日 (月)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(8)~Ⅶ.はるかな精神の高みへ─「マニエル・ノワール」の静物画(1950年代末~1969)

 1950年代後半から長谷川は1920年代に制作していた上下左右斜めに交差する線で下地をつくる手法とは異なり、細粒な点刻で下地をつくりという手法で、その効果として漆黒のなかからモチーフを白く浮かび上...

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2019年4月14日 (日)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(7)~Ⅵ.長谷川潔作品への共鳴

 長谷川の影響を受けた日本の若い世代の版画家たちの作品です。ただ長谷川の作品との直接的な関連性は表面的には分からないので、これらの人々の作品を見て、長谷川の特徴がきわだって見えてくるということはありま...

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2019年4月13日 (土)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(6)~Ⅴ.白昼に神(神秘)を視る(1941~1950年代末)

 「一樹(ニレの木)」という1941年のドライポイントの作品です。長谷川は第二次世界大戦が勃発してもフランスにとどまり、追い込まれた中で創作を続けたそうです。ある朝、パリ近郊のいつもの通りを歩き、見...

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2019年4月12日 (金)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(5)~Ⅳ.長谷川潔と西欧の画家・版画家

 長谷川が好んだり、彼に影響を与えた西欧の作家達の作品ということです。 「アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船」という1930年のメゾチント作品です。正面前景にセーヌ川とアレキサンドル三世橋を、左...

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2019年4月11日 (木)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(4)~Ⅲ.仏訳『竹取物語』1934(1933)

印象に残っていません。...

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2019年4月10日 (水)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(3)~Ⅱ.渡仏 表現の模索から確立へ(1919~1941)

 長谷川は第一次世界大戦の終了と同時にフランスに渡ります。以後、一度も帰国することなく、パリを中心に、フランスで銅版画家として活動したそうです。とくに、1922年ごろに、古典的銅版画技法であるメゾチン...

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2019年4月 9日 (火)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(2)~Ⅰ.日本時代 版画家へ(1913~1918)

 長谷川が画家を志し、当時の創作版画に興味をもちますが、それは木版画で、後の彼の作品とは印象が異なるものです。ただし、詩人の日夏耿之介のカットを制作していたといいますから、耽美的・神秘主義的な傾向に親...

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2019年4月 8日 (月)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(1)

 今年の3月に町田市立国際版画美術館で見てきた「パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─」の感想です。  町田市立国際版画美術館は、私の生活路線から外れたところにあって、しかも駅から...

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