楠木建「ストーリーとしての競争戦略」(6)
昨日の続きです。長いという方は、一昨日の(4)を手っ取り早く、お読みください。
戦略とは何でしょうか。前の章でも簡単に触れたように、競争戦略の第一の本質は「他社との違いをつくること」です。競争の中で業界平均水準以上の利益をあげることができるとしたら、それは競争他社との何らかの「違い」があるからです。競争戦略は個々の企業の間にある差異にこだわります。経済学が想定する完全競争になってしまえば利益は出ない。たとすれば、利益を出すためには、経済学でいう完全競争の前提を壊せばいいわけです。それは「みんな同じ」という前提です。完全競争の世界では、個々のプレイヤーには「顔」がありません。しかし、プレイヤーの間に違いがあれば、完全競争にならないので、利益を生み出すチャンスが拓けます。これが競争戦略の根本にある考え方です。
ここで強調したいのは、他社との違いを考えるときに、二つの異なったタイプの違いがあるということです。ここで注目する切り口は、「程度の違い」と「種類の違い」という分類です。程度の違いというのは、その違いを指し示す尺度なり物差しがあるというタイプの違いです。種類の違いには、それを指し示す物差しがありません。すでにお話したように、「違いをつくる」ということが競争戦略の本質なのですが、そこから先は「違いの中身」や「違いのつくり方」について、二つの異なるパラダイム(基本的なものの見方)があります。結論を先取りすれば、この二種類の違いのうち、「種類の違い」を重視する考え方を「ポジショニング」といいます。一方は、どちらかというと「程度の違い」に競争優位の源泉を求める考え方で、ここのカギとなるのが「組織能力」という概念です。
ポジショニングとは「位置取り」のことです。SPの戦略では、戦略とは企業を取り巻く競争環境の中で「他社と違うところに自社を位置付けること」です。もっと平たくいえば、「他社と違ったことをする」、これがSPの戦略論の考える競争優位の源泉です。なぜ、ポジショニングの戦略論はSPの違いを重視するのでしょうか。少なくとも三つの理由があります。第一に、OE(程度の違い)は賞味期間が短いということです。第二に、SPがはっきりしていないと、企業はすべての要素をベターにしようと努力の方向を拡散してしまい、その結果、報われないことにお金を使ってしまうという問題です。第三にあるOEの物差しでの上で右に行くのがベターなのか、それとも左に行くのがベターなのか、SPがはっきりしていなければそもそもこのこと自体がわからないという問題があります。
SPの戦略とは活動の選択、つまり、「何をやり、何をやらないか」を決めるということです。明確なポジショニングによる違いを構築するためには、「何をやるか」よりも、「何をやらないか」を決めることがずっと大切です。なぜかという、SPの戦略論を支えているのは「トレードオフ」、つまり「あちら立てばこちらが立たぬ」という論理だからです。標準化とカスタマイゼーションを同時に推し進めることはできません。投入できる資源には限りがあるので、同時にすべてのことをやるのは不可能です。資源が分散し、利益が相反します。裏を返せば、「何をやらないか」をはっきりさせれば、他社との違いを持続させることができるという論理です。このようにSPとは、競争上必要となるトレードオフを行うことに他なりません。逆にいえば、トレードオフが存在しないのであれば、何も選択する必要はなくなり、ポジショニングも必要なくなります。その場合にはどんなによいアイディアでも、すぐさま競争相手に模倣されてしまうでしょう。だからこそ、「何をやらないか」という選択が大切になるのです。ポジショニングの戦略論の根底には、このシンプルな論理があります。
ここまで、SPの考え方を説明してきました。SPが「他社と違ったことをする」のに対して、OCは「他社と違ったものを持つ」という考え方です。SPの戦略論が企業を取り巻く外的な要因(その最たるものが業界の競争構造)を重視するのに対して、OCの戦略論は企業の内的な要因に競争優位の源泉を求めるという考え方です。つまり、「競争に勝つためには独自の強みを持ちましょう」という考え方です。こういってしまえば当たり前のように聞こえるのですが、大切なのは、ここでいう「独自の強み」とは何なのかということです。OCの戦略論の起源は、経営資源という観点からその企業に固有の強みや弱みを考える資源ベースの企業観という理論にあります。経営資源とは、企業に蓄積・保有されているヒト、モノ、カネ、情報、知識といった企業活動に必要な要素の総称です。しかし、すべての経営資源がOCとなるわけではありません。さまざまな経営資源の中で、「組織特殊性」の条件を満たすものを、一般の経営資源と区別してOCといいます。組織特殊性とは、平たくいえば「他者が簡単にはまねできず(まねしようと思っても大きなコストがかかる)、市場でも容易には買えない」ということです。SPがトレードオフを強調するのに対して、OCのカギは「模倣の難しさ」にあります。今ここで、二つの企業の同じ製品を、同じ原材料と生産プロセスを使って、同じ顧客に、同じ流通チャンネルで販売しているとします。この場合、企業間に違いがないので、両社は価格競争に陥り、十分な利益をあげられません。しかしあるとき一方の企業が、生産効率を飛躍的に高めるような生産システムの開発に成功したとします。ここで残りの一方の企業がとりうる選択肢には二つあります。一つは現状のやり方をそのまま維持するという道です。この場合、その企業の利益水準はますます悪化するでしょう。もう一つの道は、競争相手が開発した生産システムがなぜ効率を改善したかを理解し、それをまねするという選択肢です。もしその生産システムがあまりコストをかけずに簡単に模倣できるものであれば、競争は元の状態に戻ります。ここで問題となるのは、そのような経営資源が他の企業にとって模倣可能なものであるかどうかです。もしその経営資源が短い期間に、低コストで他の企業に移転・模倣されてしまうものであれば、せっかくの競争優位もいずれは消滅してしまいます。こう考えると、お金があるという資金的資源そのものはOCとはいえないことがわかります。お金は最も移転可能性が高い経営資源だからです。資本市場や金融市場を通じて調達することができ、企業間での取引も容易です。他社がそう簡単にまねできない経営資源とは何でしょうか。組織に定着している「ルーティン」だというのが結論です。ルーティンとは、あっさりいえば「物事のやり方」です。さまざまな日常業務の背景にある、その会社に固有の「やり方」がOCの正体であることが多いのです。なぜ、このようなルーティンとしてのOCは模倣が難しいのでしょうか。相互に関連し合った三つの理由があります。第一の理由は、暗黙性です。「因果関係の不明確さ」といってもよいでしょう。あるルーティンがどのように作用して、それがなぜ高い経営成果をもたらすのかという因果関係は、SPと比べてはるかに不明確です。セブン─イレブンの発注ルーティンが典型的にそうであるように、OCの存在がごく日常的な「仕事の進め方」に埋め込まれているために、その実態は外部からは見えにくいのが普通です。POSやグラフィック・オーダー・ターミナルといった発注業務で使われているITはまねできても、得られる情報のどこに注目し、どのように使いこなすかという本質的なレベルまではなかなかまねできません。第二の理由は、経路依存性です。組織ルーティンは企業の内部で長い時間をかけて、紆余曲折を経て形成されます。ですから、OCのあり方は、その企業のそれまでのビジネスの経験や経路と切り離しては考えられません。これを経路依存性といいます。結果的に出来上がったルーティンを費用面的に模倣し、導入することはできるかもしれません。しかし、そのルーティンが経路依存的であった場合、そこから全く同じ効果を引き出すためには、それが出来上がってきた歴史的なプロセスをもう一度たどらなければなりません。これは非常に困難です。第三の理由は、OCそのものが時間とともに進化するということです。
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