あるIR担当者の雑感(2)
宮脇俊三の文章(鉄道オタクというような言葉が未だなかった時代に、国鉄全線乗車や最長片道切符などを旅行記にまとめた元編集者。私の友人は鉄道に興味のない人間だが、この人の文章について「何時何分〇〇着というばかり書いてあるのに、なぜか味わいのある旅行エッセイになっている」と好んでいた)の中で、世界各国の鉄道に乗っていると、保線がしっかりしているかいないかや、ダイヤ通りに動いているかいないか等について、国情や経済情勢、文化の違いなどもあり各国で様々だといっていますが、とどのつまり行き着くところは鉄道員がプライドを持っているかにかかっている、と言います。そのためには、鉄道員の社会的ステイタスや報酬、あるいは鉄道が大切にされていたりするというような条件が重く関わってくるのですが。報酬とか出世とかは別にして、人々の生活を守るとか、国の経済の基盤である流通ルートを支えるとかいうような今だったら少し気恥ずかしいようなことを、本気で信じられる地域や時代というものがある、ということだろうと思います。
こんなことを書いたのは、先日、機関投資家への訪問ミーティング(企業の経営者やIR担当者が投資家の許を訪ねて、会社の宣伝や報告をするミーティング)で出合ったあるファンドマネージャー(機関投資家の中で投資や運用を行う)、仮にYさんとしましょうか、のことからなのです。そこは、小さなファンドでYさんはファンドマネージャーであり、そのファンドの代表取締役を兼ねていて、こちらも1人で訪問したので、1対1のインティメートの中で、ひととおり会社の概要や最近の業績、今後の事業計画なんかを説明しているうちに、話はあらぬ方向に脱線し、株式市場、とくに私の会社の上場しているような小さな会社向けの新興市場(ジャスダックとか東証マザース等の市場で東証1部のような大企業向けとは違います)の現状についての話となりました。
Yさんは、いわゆる“失われた20年”の景気低迷期に、新興市場でいわゆるベンチャーと呼ばれるような新しい企業に投資して、その企業の成長するように影で努力を続けてきた人です。ファンドですから、色々な人から資金を集めて、それを元手に投資することになります。以前は海外投資家からの出資があったのが、日本経済の沈滞あるいは衰退の傾向のみならず、全体に経済合理性の働かない日本の株式市場や株主軽視の経営(単に配当を増やすとか株価を上げる努力をするというのではなく、現状に甘んじ保身に努めるような怠惰としか見えない経営者が多かったということです。)を続けても何の咎めもない実態に失望感が広がって、徐々に見放されていった。そのような咎められてもしようがないような企業には、とくに何の咎めもない代わりに、全体としての日本経済の世界での地位がどんどん低下していく。このような実情に対して非常な危機感を抱いていると言います。タテマエとしてたいへん美しいことばですが、Yさんはファンドとして、そこからお金を稼いでいるのであり、きれい事だけでは済まされないはずです。しかし、Yさんは日本の新しい会社に何とか成長して将来の日本経済を支えるような会社になってほしい考えているのは事実であり、そういう成長の結果として金を稼ぎたいというのです。違った角度から言えば、投資なんて海外へ投資すればもっと稼げるはずなのに、あえて沈滞している日本で、しかも起業の勢いも元気がないというような投資に不利な状況で、何とか新興の企業を育てたいと必死になっているのです。そのようなYさんから見れば、私などに一言いいたくなるのは無理もありません。
実際、テレビや新聞ではファンドとか投資などというと金の亡者のような報道がなされますが、実際にファンド・マネージャーと会って話してみると、程度の差こそあれ、Yさんのように真剣に日本企業に頑張ってもらいたい、そのために何とかしたいと、考えている人は多いのです。それは、最初に例としてお話した鉄道員のように報酬や出世とは別な、一種の使命感のようなものが、共通して感じられたのでした。
今の時代、なかなかそういうような人たちとは、探しても出会いにくいような時代になっています。また、仕事の上で、商売だけにとどまらず仕事に対する姿勢だとか実力だとかから、会社員として尊敬できる人と出会える機会は、以前に比べれば減ってきていると思います。しかし、このIRという仕事に携わっていると意外と、そういう出会いに恵まれているような気がします。
もしかしたら、私も、そのような人々にあやかって、少しだけでも誇りを持てるようになれるかもしない、と思い始めたところです。
ちなみに、Yさんとは何度かのやりとりをしましたが、まだ、私の会社には投資してもらっていません。
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