妹尾堅一郎「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」(2)
さきに見たとおり、インプルーブメントを軸にした生産性向上より、イノベーションによる進価値の創出・定着の方が圧倒的に競争力強化になることが分かる。そこで、日本で想定されているイノベーションモデルの基本形である「知的創造サイクル」の紹介に進むが、そこをパスして、“負けている日本”に対して圧倒的に勝っているインテルとアップルのイノベーションを検討する。
インテルは、それまではインテグラル型製品(部品間の相互調整を綿密に行うことによって創り上げる、擦り合わせ型製品)だったパソコンを、基幹部品であるMPUの急所技術を開発して、それを起点にモジュラー型製品(部品を相互につなぐだけで済む組み立て型製品)に変えてしまった。しかも、そのMPUを取り付けたマザーボードという「中間財」を創り、それによってパソコンの組み立てを一気に簡略化した。そして、その製作ノウハウを台湾メーカーに渡して、廉価なマザーボードを製作させ世界中に普及させた。つまり、オープン化によって、新興国を活用してディフュージョンを一気に加速する新しいイノベーションモデルを形成した。そのプロセスの概要は次のよう
第一段階:急所技術の開発による基幹部品化
インテルは、まず、パソコンにとって最も重要な中央演算装置(MPU)の中で、演算機能と外部機能をつなぐPCIバスを徹底的に開発し、この内部技術を完全なブラックボックスに閉じ込めた。その一方で、外部との接続部分のインターフェイスについては、プロトコルを規格化して、さらにそれを国際標準として他社に公開(オープン)した。つまり「内インテグラル、外モジュラー」あるいは「内プロプラ、外スタンダード」「内クローズ、外オープン」と呼ばれる構造を完成させた。その結果、隣接・周辺・関連部品メーカー等はその標準規格に則って、関連部品を開発するようになった。これにより、インテル標準に従う企業が増加し、インテルのMPUを前提条件にして完成品が設計される基盤を整えていった。
しかも、一旦その標準を採用した以上は、そこから抜け出るのことは難しい。また外部からは内部のブラックボックス化したテクノロジーに踏み入ることはできない。なんとか代替技術を開発しようとしても、内部のテクノロジーを常に更新してしまえば、すぐに追いつくことは難しくなる。そこで、常に内部技術が先行して、それが外部の技術開発を制約するようになる。つまり、内部から外部コントロールするといった構造が完成することになる。
第二段階:基幹部品を組み込んだ、普及「中間システム」の生産
MPUができただけでは、すぐにパソコンの製作が簡単にできるわけではない。そこで、インテルは、次にそのMPUを組み込むマザーボードという「中間システム」を製作ノウハウを開発した。このマザーボードがあればパソコンを組み立てるのが飛躍的に容易になる。しかし、インテルは、これを以って完成品メーカーにシフトすることなく(米国内でマザーボード生産することによるコスト減には限界があった)、台湾のメーカーにノウハウを提供した。技術力を欠いた台湾メーカーはこれに飛び付き、マザーボードが安価に大量生産された。この措置により、インテルは自らの基幹部品を“モジュラー部品”として仕立て、それを広く普及する素地を形成させた。
第三段階:国際イノベーション共闘によるディフュージョン(普及)の分業化
この安価なマザーボードの普及により、パソコン市場は急速に拡大した。先進諸国におけるパソコン価格は一気に下がり、新興諸国にもパソコンが普及した。この一気に拡大した市場から得られる収益はすべてインテルに還流することになった。この際、インテルがイニシアチブを取っているが、インテルと台湾メーカーはウィンウィンの関係であり、事実、台湾メーカーはこのお陰で技術を得ることができ、その結果日本のメーカーが壊滅状態に追いやられた。
このプロセスからは次の三つのことが分かる。第一に、「市場の拡大」と「収益の確保」の両者が同時に達成され、それが、意図的なシナリオに基づく分業によって為されたということ。第二に、その基本シナリオは、インテルが描き、台湾メーカーがそのシナリオに呼応したこと。第三に、「三位一体」の事業経営が為されている。すなわち、一つ目は研究開発における急所技術の見極めとその開発。二つ目はそれをどこまで独自技術としてブラックボックスに閉じ込め、どこから標準化してオープン化するかという知財マネジメント。三つ目は、それらによって一方で市場拡大、他方で収益確保を両立するビジネスモデルの構築。
アップルは、インテルのような「基幹部品主導型」ではなく、「完成品主導型」モデルで、その圧倒的な強さの要因としては、「アップル」というブランドの強さとアイディアとコンセプトの斬新さ、時代の最先端を走るデザインや使い易さ等、基本コンセプトと設計思想そのものといえる。しかも、アップルの製品のほとんどは外部委託で作られている。その強さの秘密として重要なポイントが二つある。第一は、上位レイヤーの工夫、すなわち「モノとサービス」の相乗効果である。<iPod>は<iTunes>との組み合わせ相乗効果が出るような仕掛けになっている。著作権の領域まで踏み込んだ知財マネジメントを仕掛け、サービスビジネスに進出して、それと<iPod>本体という“モノ”との相乗効果を創ったと言える。その結果、モノとサービスが相互に関係しあい、モノが売れればサービスが伸び、サービスが伸びればモノが売れるという「相乗効果」をもたらす仕組みをつくった。そして、第二には、下位レイヤーの巧みな工夫がある。例えば<iPhone>のOSを前提に、それに載るソフトウェアの開発キットの無料配布を行い、多様な技術情報を公開した。ソフトが充実させることで、<iPhone>を使う価値が高まる。つまり、サードパーティの活用である。これにも、広義のオープン戦略と呼べるだろう。
これらのモデルから学べることとして、インテルからは「うまいこと基幹部品主導型のビジネスモデルを構築できれば、その基幹部品を通じて完成品市場をコントロールできる」ということで、要は、自分たちの創っている製品を単なる下請部材、納入部材と考えるか、あるいはそれらを主導的基幹部品になりうるものと吟味し直してみるか、それが完成品自体をモジュラー型に仕立て直しができる「急所」と位置付けられるか、そして重要なことは、急所技術があるかどうかという議論ではなく、製品のアーキテクチャーを自社の部品や材料が急所となるように仕立て直しうるかの議論であるということ。
他方、アップルからは、明らかに斬新で魅力的なコンセプトがあれば、画期的製品を作れるということだ。そのためには、完成品のコンセプトを起点に先導するためにはどうすべきか、ものづくりとサービスの相乗効果を図るにはどうしたらよいかという議論である。
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