小川紘一「国際標準化と事業戦略」(4)
これまででも国際標準化が作り出す新たな経営環境に対して垂直統合型の組織能力が適応困難になり、市場撤退の道を歩むことになるプロセスを分析してきた。したがって、国際標準化によって加速するオープン分離型の産業構造と日本企業が持つ伝統的な組織能力とり乖離をまず認識し、その上で日本企業の得意技を生かす標準化ビジネスモデルや知財マネージメントを創り出す必要がある。
オープン環境の国際標準化とは、分業化をグローバル市場へ拡大する仕組み作りであり、それぞれのセグメントの相互インターフェイスや結合公差をオープン化する行為であり、これによって巨大なサプライチェーンと国際的な分業構造が生まれる。したがって、もし企業のビジネスモデルを離れて国際標準化に参加すると、無防備で牧歌的なオープン標準化になりやすく、フルセット垂直統合型の組織能力が生み出す技術イノベーションの成果が一瞬にして流出する。
オープン環境の国際標準化が持つ基本的な作用は、グローバル経済の視点で以下のように整理することができる。
① オープン環境の国際標準化は、新しい付加価値を生み出す共創の場とこの付加価値をめぐる競争の場との二重構造を作り、グローバル市場に巨大な経済活動を創出する。
② 製品アーキテクチャーが国際標準化によってオープン・モジュラー型へ転換し、産業構造が巨大なサプライチェーンに分解される。したがって、技術の全体系を持たずに特定セグメントに集中するベンチャー企業群が大きなヒジネス・チャンスを掴むことができる。この意味で国の国際標準化政策は、ベンチャー企業育成や小規模企業の競争力強化と連動することが強く期待される。
③ 特にデジタル型の製品では、モジュラー化が究極まで進展することで部品の結合公差が無限大に近づき、国際標準化がこの公差をグローバル市場でオープン化するので、取引コストの極めて低い市場が生まれる。技術蓄積の低いNIESやBRICS企業などが、最先端の製品でグローバル市場へ参入することが可能になって製品コストが急激に下がり、10~50倍も大きなグローバル市場が瞬時に興隆する。
④ 国際標準化によって、技術伝播スピードが極端に異なるモジュラー型と摺り合せ型のアーキテクチャーがグローバル市場のオープン・サプライチェーンの中で共存し、比較優位の国際分業が進展する。
⑤ 国(企業)がそれぞれ得意とするセグメントを選んで集中するようになり、先進工業国と開発途上国との間に、自国(自社)と他国(他社)の付加価値を、ともに拡大する比較優位の国際貿易が広がる。
⑥ もしそれが国の社会インフラを支える公共財であれば、基準の統一や測定法の統一を国際標準に合致させることで、低コスト・高効率の社会がグローバル経済を活性化させる。
以上は、いわゆるマクロ的な視点からのものである。これに対して、グローバル市場の最前線に陣取る企業人と同じ目線のいわゆるミクロの視点からでは以下のように整理することができる。この組み合わせによって標準モデルを構成できる。
① 技術伝播スピード/着床スピードが際立って速いオープンなモジュラー型が低コスト・大量普及を担い、伝播/着床スピードが非常に遅いブラック・ボックス型の擦り合わせ技術が利益の源泉ーを構築する。
② これが擦り合わせ型の技術体系をもつ製品/システムであれば、外部仕様/インターフェースのオープン化によって、普及速度の速い技術モジュールへ転換させることができる。外部仕様/インターフェースのオープン化は、擦り合わせ型ブラック・ボックス領域をさらに強力に保護する上で大きな役割を担う。
③ これがモジュラー型の技術体系を持つ製品/システムであれば、技術体系のすべてではなく、グローバル市場に生まれるオープン型のサプライチェーンの特定セグメントだけを選び、ここに自社の付加価値を集中カプセルさせたブラック・ボックス領域を構築すれば、付加価値がモジュール型の完成品を担う企業によってグローバル市場へ運ばれる。
④ ブラック・ボックス領域と同等以上にオープン標準化する領域にも多くの知的財産を刷り込ませ、これを誰にも自由に使わせるという取引コスト・ゼロの環境を提供すれば、多くのパートナー企業を自社(国)主導の国際標準の土俵へ引き込むことができる。
⑤ 誰にも自由に使わせる領域の知財権(差止請求権)を決して放棄することなく堅持し、知財権とテクノロジー・イノベーションによって技術の進化を独占すれば、国際標準によって興隆する巨大なグローバル市場で圧倒的な影響力を保持・拡大できる。
⑥ 上記①~⑤を年頭に国際標準化を主導できるなら、完全にオープン化して大量普及を担わせるレイヤー(標準化レイヤー)、自社の知財を刷り込ませて技術進化を独占するレイヤー、そして自社の付加価値を集中させる特定セグメント(標準化させないレイヤー)を、ビジネスモデルとして事前に設計することが可能になる。
⑦ 上記⑥の事前設計なくして大量普及と高収益の同時実現に向けた第一歩を踏み出すことはできない。もし事前設計をすることなく国際標準化へ参加したり、あるいは後追いで国際標準化に参加すると、価格競争と技術開発競争の同時進行という不毛のビジネスに追い込まれる。
これら7つの現象を指標にして、4つの標準化モデルの累計を分類する。その中で、標準化ビジネスモデルを日本企業の得意技を生かせる日本型のモデルへ進化させて行くことを求めてである。
(1)標準化第1ビジネスモデル
第1モデルが持つ最大の特徴は、ブラック・ボックス領域の外部インターフェースとしての機能/性能、特性/寿命、仕様環境条件、試験条件、物理的形状/配線、電気的仕様/論理仕様などを、標準化によって完全オープンする点にある。当然のことながらブラック・ボックス領域の内部は決して標準化(オープン化)しない。この意味で標準化第1モデルとは、自社の技術革新をブラック・ボックス領域に集中させ、この成果をオープン・インターフェースを介して大量普及させる仕掛け作りと定義できる。このブラック・ボックス領域は摺り合せ型のアーキテクチャーで統合型の組織能力を持っている日本企業にも、これを活用できる。例えば、電子部品や材料関係といった天然要塞のようなブラック・ボックスであり、海外企業の知財マネージメントなどのソフト・パワーの人口要塞のケースもある。
(2)標準化第2ビジネスモデル
第2モデルは、ブラック・ボックス領域のイノベーション成果をオープンなグローバル市場へ大量普及させると言う点では第1モデルと同じだが、大きく異なる点は、完全ブラック・ボックス領域とオープン領域の間で双方をつなぐために中間領域を設けることである。中間領域は、まず第1にブラック・ボックス領域の付加価値をさらに拡大する機能を持ち、第2にブラック・ボックス領域からオープン環境をコントロールする機能を持っている。この2つの機能を内部に封じ込めた中間領域をオープン・モジュラー環境へFull-Turn-Key-Solutionとして大量に流通させるのが、標準化第2モデルの真髄である。
このモデルをオープン環境・モジュラー型市場に陣取るキャッチアップ型企業の視点で見れば、単に取引コストが下がるだけでは決してない。技術蓄積のない新興諸国の企業にとって、巨大なグローバル市場へ参入するビジネス・チャンスが第2標準化モデルによって到来するのである。ここからほぼ理想的な比較優位な国際分業が生まれ、比較優位の国際貿易もこれを起点にして飛躍的に拡大する。一方、第2モデルの仕掛けを作る企業の視点から見れば、Full-Turn-Key-Solution型のプラットフォームを中間領域で構築することによってはじめて、自社(自国)の付加価値領域を大量に、しかも非常に低い取引コストでグローバル市場へ普及させることが可能になる。完成品の低コスト組立を担う新興諸国の比較優位が、ブラック・ボックス型の付加価値を巨大市場へ大量普及させてくれるからである。もし、ここでブラック・ボックス領域の技術進化を独占することができれば、標準化第2モデルによってグローバル市場の完全支配さえ可能になる。これを背後で支えるのが知財マネージメントであるという意味で、特に第2モデルでは、技術開発と同等以上に知財マネージメントが競争力の維持・拡大に重要な役割を担うようになった。このような特徴を持つ第2モデルは、1990年代の中期にアメリカ企業によって生み出された完全勝利モデルであり、日本のエレクトロニクス産業の多くがこのモデルの登場によって、グローバル市場から撤退する道を歩み始めたと言える。
(3)標準化第3ビジネスモデル
第3モデルは調達市場を完全オープン化するもので、第1モデルや第2モデルと大きく異なる点は、グローバル市場で圧倒的な支配力を持つ企業が、部品や材料を低コストで安定に調達するための経営ツールとして第3モデルを活用する点にある。
しかしながらこの調達型の標準化を、調達される側から見るとまったく別の風景となる。たとえば、欧米企業による調達型の標準化ビジネスモデルによって日本企業が得意とする摺り合わせ型の製品や技術体系が何度か危機に瀕したのも事実であった。一般に摺り合わせ型の特徴は、これを構成する材料等の相互依存性が非常に強いと言う点にある。したがって内部構造や製造プロセスの細部がオープン化されることはない。しかしながら低コスト調達のため、あるいは独占する日本企業のシェアをキャッチアップ型の国や企業が切り崩す手段として、IECなどの国際標準化機関を介しながら標準化によって内部構造をオープン化しようとするのである。
(4)標準化第4ビジネスモデル
第4モデルが持つ基本的な作用それ自身は、第3モデルとほとんど同じである。第3モデルと大きく異なる点は、特定の国や企業や個人の利益のためでなく、誰でも参加できるオープンな“共創の場”をつくることだけを目的とする点にある。
ここから、このモデルを用いて、具体的なケース、パソコン、ネットワーク、デジタル携帯電話、デジタルカメラ、DVD、メモリーカード、太陽光発電などの標準化モデルを見ていくが、ここが本書の真骨頂だと思う。゛あるから、こことは興味のある人は読んで下さい。
この項、つづく
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