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2010年9月 9日 (木)

小川紘一「国際標準化と事業戦略」(5)

国際標準化の進展に伴い知財マネージメントのあり方も変容する。伝統的なクロスライセンス政策は、技術/ノウハウの伝播をコントロールできるという条件で成立していたが、特許の量が企業収益に貢献し難くなり、そして知財マネージメントのあり方が本質的に変ったのは、国際標準化や比較優位の国際分業が興隆して技術伝播をコントロールできなくなってからである。

1990年代以降、デジタル化とオープン標準化が結び付いて技術体系の伝播スピードが10~30倍も速くなるエレクトロニクス産業で国際的な分業構造が生まれ、ベンチャー企業群や新興諸国の企業が興隆する。ここからクロス・ライセンスがフルセット統合型企業の持つ弱点を顕在化させることになった。

我々が日常目にするデジタル型のエレクトロニクス産業では、製品を構成する必須特許の数百から数千に及ぶ。したがってたとえ統合型の大規模企業であっても1社で生み出す特許が全体の20%を超えるのは稀である。また製品を構成する必須特許の合計が、コストとして最大でも工場出荷価格の10%以下に抑えられているのなら、研究開発投資が生み出す特許は、どんなに頑張ってもトータルなビジネス・コストの数%を節約するだけに過ぎない。これが技術が伝播しやすい製品のクロス・ライセンスによって生まれる経営環境である。たとえ数十年にわたる研究開発の成果として多数の特許を生み出しても、わずか数%のコスト・ダウン効果でしかなくなった。特許の数の力が急速に弱体化してしまい、そして特許の質さえも数の中に埋没してビジネス上の効力を発揮させることが困難になった。技術とは調達するものであって自ら開発するものではないという考え方が新興諸国企業から出てきた背景は、このような経営環境が生まれていたのである。

これまで研究開発投資の成否や効率を論じる場合、大量普及する製品が開発できたか否か、そしていかに多くの特許を取得したかに焦点を当てることが多かった。しかしながら、国際標準化が比較優位のオープン国際分業を作り出し、ここにクロス・ライセンスやパテント・プール方式が取り込まれると、研究開発が生み出す特許の数や質を企業の競争力に寄与させることが極めて困難になった。グローバル市場に大量普及しても、特許が数%のコストダウン効果でしかないので、特許の数が競争力に直結しなくなったのである。

一般に日本の大手企業は統合型であって数多くの製品を自らの手で生み出す力を持っているので、数多くの特許を出願する。したがってクロス・ライセンスになってもトータルなビジネス・コストに占めるロイヤリティーの支払い(ここでは知財コストと表現)が相対的に小さい。しかしながらトータル・コストに占める売上高間接費率が非常に大きいので、非常に高い粗利益率を確保できる販売価格にしないとビジネスを継続できない。一方、新興国の企業は、研究開発投資が非常に少ないので知財コストが非常に大きいものの、通常は業界のルールとして最悪でも工場出荷価格の約10%程度(通常は3~5%)が常識となっているのなら、他のコストを小さくすることによって、グローバル市場のトータル・ビジネス・コストで優位に立てる.国際標準化された製品がグローバル市場で大量普及するタイミングから日本企業が退場を繰り返すのは、トータルなビジネス・コストで新興国企業に勝てなくなるためだったのである。さらに、新興諸国の企業は、ビジネス・コスト構造の中でさらにコスト競争を強化するために、製品がコモディティー化するタイミングで市場参入する。さらにはサプライチェーンを駆使して在庫リスクを大幅に減らし、またどの市場(ユーザー層)へ売るかによって品質さえも自由自在に決める.彼らにとって品質とは工場が決めるのではなく、ユーザーがきめるものなのである。また、研究開発投資がわずか数%のコスト・ダウン効果でしかないのなら、基礎研究ではなくブランド力の向上に資金を集中させる。ブランド力があれば価格を維持できて高い利益率に直結し、相対的にコスト競争力が強化されるためである。

この項、つづく

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