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2010年9月17日 (金)

山本一力「まとい大名」

都心への外出があり、その往復で読んだとはいえ、この程度の厚さの文庫本を1日で読んでしまうのは、読むのが速い方なのか。速読法などという本が店頭に並んでいるところをみると、よほど読むのが遅い人もいて、そのような人から見ると、このようなペースはうらやましいのか?脱線するが、速読法などというのは、本を読むのが嫌いな人のためのものなのだろうと思う。何かのために手段として本を読む人のためか。せっかくの楽しい時間を早く終わらせてしまおうというのだから。さて、山本一力も何作か読んだが、共通しているのは、江戸時代、とくに元禄から享保~文化文政にかけての町人文化の勃興から盛期のころ、とくに下町とりわけ深川を舞台に、町人の生活を舞台として、懸命に仕事をしている人たちのサクセスストーリーをヒロイックに描いているというところか。日々を懸命に働く人々に共感をもって書いているし、チャンバラがあるわけではない。前日に読んだ今野敏とも通じるところがあるかもしれない。遠くは、山本周五郎の声もある。しかし、山本周五郎にあった、ほろ苦さのようなものはない。山本一力の世界には仕事の厳しさとか、人生の厳しさといったものはあるが、江戸町民の身分や貧しい境遇からくる生活の厳しさやそこで長年生活している人々の疲れとか諦めのようなもの、そういう厳しさがあるからこそ日々の些細なことに喜びを見出そうとするけなげさのようなものはない。個人の努力では、どうしてもできないこと、しかも、それが当人には納得できないような理不尽な理由で、ということの連続で、それと毎日苦闘し、あるときは妥協し、あるときは諦め、あるときはとことん追求するといったことを我々だって毎日やっている。今野敏の警察小説には、毎日、うんざりするほどの量の仕事を抱え、疲れ、無力感に苛まれながらも、それでも正義を求める人々が等身大で描かれている。だから共感できる。しかし、山本一力の主人公はスーパーヒーローというのか、卓越した才能で困難を乗り越えていく。チャンバラとかないが、分野を変えたヒロイック・ストーリーのように思う。この作も、伝説的な火消しだった父親を引き継いだ主人公の火消しの棟梁が、父親の亡き後、父親譲りの能力と父を超えた環境とを生かして、立派な棟梁になっていくストーリーといえる。それをファンタジーとして読むのも良い。また、山本の諸作の面白さは脇役の登場人物の振る舞いの面白さと、それが共通の土台として、かれらが、色々なところにちょこちょこ顔を出して、諸作が絡み合いひとつの小宇宙を構成するところにあるといえる。例えば、料亭江戸屋だったり、猪の吉親分だったりというように。ただし、本作では、そのような魅力的な脇役が少ないのと、場面として、そこだけ取り出してハートウォーミングできるところが少ないので、初めて、彼を読む人には、勧められない本だ。

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