あるIR担当者の雑感(1)
IRという業務は、先日も書いたように、投資家や株主というような、いわば企業の経営組織の外側にいる人に、過去の企業の業績や将来への経営の計画について理解を得て、そのためのプロセスで出資というか投資をする人の意見を聞いたり、質問に答えたりと、コミュニケイションを促進させるのが主な目的です。会社の業績については公式には、毎期に決算を行っているので、決算書をみれば一目瞭然(株式を公開している企業ならば、有価証券報告書を金融庁に提出して、公開されているし、決算短信は証券取引所で公開されている、また、会社四季報や企業のホームページなどでも見ることができる)という意見もあり、実際そうなのですが。実際の企業の経営はそれだけに終わらないという面もあります。例えば、“会社は、これから、このようにしていきたい”とか“このような決算結果となったのは、会社はこういう状況のなかである戦略をとって、そのためにこのような企業努力をしてきたためだ”ということは決算数字からは読み取れないのです。しかし、このようなことを説明できるのは、経営者(通常は社長やCEO)なのです。米国の公開企業の年次報告書では、「株主への手紙」という項目があってCEOが直接ペンを執って今期の経営はこうだったとか、これからはこうする考えだ、というようなことを自分の言葉で率直に語っています。最近では、JPモルガンのCEOであるジェイミー・ダイモンは約55ページにも及ぶ長大な「株主への手紙」を執筆し、そのなかで自らの経営方針や金融機関を取り巻く情勢(この中には、リーマン・ショックをはじめとした金融危機への反省も含めて)の捉え方、そして米国政府の経済政策への意見まで率直に語られています。これはJPモルガンの日本法人のホームページに日本語訳が掲載されていますhttp://www.jpmorgan.co.jp/about/financial_data/pdf/2009_annual_report_j.pdf
この他にも、かつてGEのCEOであったジャック・ウェルチが執筆した「株主の手紙」は抄訳が出版されていますし、バーシャ・ハサウェイのウォーレン・バフェットの「株主の手紙」は個人的に邦訳してホームページに掲載する人もいます。これらは特別な例で、読んでいても面白いし、企業のことや彼らがどのように考えで経営しようとしているかが、よく分かる。
しかし、日本では、このような例は聞いたことがありません。多分、無いでしょう。アメリカのやり方が100%いいというつもりは、ありませんが、政府や経済団体や証券取引所がコーポレートガバナンスなんかの議論をするときに、このようなことは一切触れられないのは、不思議でならないという思いはあります。
では、現在の日本では、このような説明は為されていないのかというと、行われています。それがIRです。大企業では、専門の部署があって、そこで米国の「株主への手紙」に相当するような説明を行っています。それは、投資家向けの説明会を開いたり、アニュアルレポートという報告書を企業独自に作成したり、公的な報告として有価証券報告書や決算短信にもそのような説明のページがあります。また、株主に対しては、各企業で「事業報告書」とか「株主通信」というようなタイトルの報告書を定期的に作成しています。
しかし、私の個人的な感想で言うと、米国の経営者の「株主への手紙」に比べると、概して迫力に欠け、面白くありません。冷静で客観的ではあるのですが、どこか他人事のような気配が感じられるのと、大企業に多いのですが、細かな記述は書かれているのですが、それらをまとめて企業としてどうしようとしているのかという見地で見ると、細かな項目を単に並列しているだけで、何をやりたいのか分からないのです。
私自身、実際に、自分の属している企業の、このような説明を作成しているので、他の企業の担当者を悪し様に罵ることはできないのですが、毎期、このようなことをやりながら、限界を感じています。実際に経営を行っているわけではないので、経営者のような迫力はないのは、当然なのですが、少しでも、それに近いものができないか、と。
それで、その代わりに、企業経営を外部から分析している人たちの著作を見て、参考にしているわけです。投資家やアナリストというような人たちも企業を外部から見ている人たちなので、そういう人たちの視点や言葉を理解して、かれらの視点や言葉で、企業の説明をすれば、理解が進みやすいだろう。その点では、経営者にない、担当者の勝っている点だろうという訳です。その意味で、経営学や企業分析の著作を読むことが多くなりました。その際の読書メモを兼ねて、このプログをやっているので、毎日の記事で一見要約ともとれるような内容ですが、これまで述べた私自身の解釈です。だから、人によっては著作の内容とは違うということになる可能性があることに注意してください。そして、書き方は読書メモの延長でやっているので、素っ気無く、親しみにくいかもしれません。
そして、このところ、ここで取り上げている著作を読んでいて、具体的には、メーカーの研究開発という分野に対しては、今まで、私の思っていたものよりも、ずっと広い範囲で考えられていたことを実感させられたのが大きなことでした。研究開発とは、製品を開発することだと思っていましたが、その後の製品の普及まで含めて、さらにその後の知的財産の管理まで考えると、単なる研究開発部門の担当業務というだけにとどまらず、経営の一環として捉えざるを得ないと認識を新たにしました。翻って、自分の会社の研究開発に対して、そのような視点で見てきたかというと、それはなく、当然、外部の人たちに対しても、そのような説明を求める人がいたとしても、その人の意図することは理解できなかったかもしれません。具体的には、有価証券報告書にはズバリ「研究開発」を説明するページがあり、その書き方も、これから考え直していくかもしれません。
それ以前に、このような視点で自分の会社を見直してみること(実は、これが凄く大変なことなんですが)から始めなくてはなりません。
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