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2010年9月26日 (日)

楠木建「ストーリーとしての競争戦略」(7)

昨日の続きです。これで第二章は終わりです。長いという方は、(4)を手っ取り早く、お読みください。

ここまで、競争戦略の考え方を、ポジショニング(SP)と組織能力(OC)との二つの視点からお話してきました。いずれも、要するに違いをつくるとう話なのですが、「違いには違いがある」というのが、ここで言いたかったことです。SPの戦略は、競争優位の源泉を企業を取り巻く外的なコンテクストに求めます。つまり、広い競争空間のどこかにうまく他社との違いをつくることができる「位置取り」があるはずで、それをはっきりさせようという発想です。つまり、「アウトサイドイン」(外から内へ)の発想です。一方のOCは、外的なコンテクストよりも、その企業の内部にあるコンテクストを重視します。自分たちの持っている武器をよく理解した上で、それを簡単にまねができないOCに練り上げていけは、それが他社との違いになって、利益が出るだろうという考え方です。これは「インサイドアウト」(内から外へ)の発想です。SPの戦略の中身は、何をやって何をやらないかという意思決定です。すでにお話したように、この考え方に立てば、OE(他社よりもベター)は政略になりません。「何をやるか」よりも、「何をやらないか」の方に戦略的な意思決定の本質があります。なぜかというと、「何をやらないか」の選択がトレードオフをつくるからです。トレードオフをつくれば、「あちら立てればこちらが立たぬ」になるので、他社に対する違いを持続することができます。これに対して、OCはむしろSPの持続性に懐疑的な立場をとります。いくらトレードオフをつくっても、そのSPが成功したら、他社も何とかして同じ活動を選択してくるのではないか、という懸念です。OCは違いとして、前に使った言葉で言えば、OEを重視しているといえます。SPかOEかという分類ではOEであっても、そのOEが他社にまねできないものであればそれはOCであり、利益の源泉となりうる、という考え方です。時間をかけてでも、容易にはまねできないルーティンを構築していくことが戦略の焦点となります。このようにSPとOCを対比していくと、それぞれの考え方の根底にある基本思想の違いが浮かび上がってきます。SPの戦略の本質を一言でいえば、「いかに競争圧力を回避するか」という思想です。放っておくと競争圧力をもろにかぶってしまいます。だからこそ独自の位置取りが必要になります。うまい位置取りをすれば、正面からの殴り合いをせずに済みます。この意味でSPの戦略論は「競争の戦略」というよりは、本質的には「無競争の戦略」なのです。OCは競争を回避するのではなく、むしろ「男には戦わなければいけないときがある」という構えで、競争圧力を受け入れ、それに対抗しようとする戦略です。殴り合いはしょせん避けられない、だから受けて立とう、その分他社がまねできにいような強力なパンチに磨きをかけていこう、という話です。より「競争的」な競争戦略といってもいいでしょう。

SPとOCの違いは、時間軸で捉えることもできます。SPは活動の選択についての意思決定ですが、それは経営資源と全く無関係に行われるわけではありません。当然のことながら、何らかの資源に対する投資や資源配分がそれに続くはずです。ですから、SPの戦略も経営資源を無視しているわけではないのです。しかし、SPの考え方には時間軸での広がりがありません。活動の選択についての意思決定とは、すなわち資源配分についての決定であり、それは即時に何らかの動員を引き起こします。これがSPの戦略論の背後にある考え方です。言い換えれば、お金があれば、意思決定は自動的に何らかの経営資源の獲得なり配分をもたらすという考え方です。これに対してOCは、意思決定の時点ですぐ手に入るような経営資源は、競争相手に対して本当に効果があるパンチにはなりえない、だからじっくりと時間をかけても独自の組織ルーティンに落とし込み、それを練り上げていかなければならない、という考え方です。このようにOCの考え方には時間的な広がりがあります。これに対してSPの戦略論はどちらかというとスタティック(静的)な性格を持っているといえるでしょう。このように考えると、SPとOCでは戦略形成におけるマネジメントの役割についても違った前提を持っていることが分かります。SPの戦略論では、マネジメントは意思決定者です。何をやり、何をやらないか、活動の選択に責任を持っています。「ビッグ・ディシジョンを下すCEO」というイメージです。マネジメントの意思決定は、戦略のありようを直接的に左右します。この意味で、マネジメントは戦略なり競争優位に直接的に影響力を行使できる存在です。一方のOCの戦略論では、マネジメントの競争優位に対する影響力はより間接的なものになります。OC構築プロセスは長い時間を必要とするのが普通です。ルーティンとしてのOCには創発的な面が多分にあります。裏を返せば、マネジメントが意思決定を通じて直接に操作できないからこそ、成果と因果関係が不明確になり、経路依存的になり、つまりは、まねしにくくなるのだというのがOCの論理です。

SPとOCは対照的な戦略思考なのですが、この違いはあくまでも「思考としての違い」ですので、現実的には明確な線引きをすることはできません。つまり、ある会社の戦略を構成している要素を取り出して、これはSP、こっちはOC、などと簡単に区別することはできません。実際には、その要素が、SPとOCのどちらの論理で競争優位をもたらしているのか、相対的にしか判断できません。ですから、現実の戦略はSPとOCを両極とする次元のどこかに位置するわけです。この意味で、SPとOCの間には連続性があります。

現実の企業戦略は、SP志向かOC志向かのどちらかに偏る傾向にあります。SPとOCは、その発想が対照的なだけに、どちらかが優勢になると一方劣勢になるという綱引きのような関係にあります。つまり、SPとOCの間にはテンション(対立関係)があるのが実際のところです。SPの戦略はある種のトレードオフを前提として、ベクトルの方向の違いをつくろうとします。これは本質的には「無理をしない」という発想で、正面からの殴り合いを回避し、無競争の状態になるべく近づこうという考え方です。これに対してOCは、時間をかけてでも独自能力を構築し、これをテコに既存のトレードオフを突破しようとします。つまり、「無理をすれば道理(トレードオフ)が引っ込む」という発想です。ですから、どちらかの論理で競争優位を追求することが、他方の論理を弱めることになります。このことはトップマネジメントの経営スタイルの違いを考えるとわかりやすいでしょう。SP志向の経営者は、自らの大胆ではっきりした戦略的選択で競争優位を獲得したいと考えます。白黒をはっきりさせるエッジが利いたタイプ、プロのディシジョン・メーカーといったイメージです。こうした経営者はどちらかというとせっかちで、自分の戦略的選択についての意思決定が、なるべく早く企業の業績に反映されるのを好みます。逆にいえば、それが競争優位にどのようにつながるのか、はっきりした因果関係がその時点ではわからないようなアクションは積極的にはとらないでしょう。これと反対に、OC志向の経営者は「じっくりと体を鍛えておけば、それが後々になって効いてくる」という体育会系の考え方の持ち主です。筋力トレーニングと同じで、強めの負荷をかけてトレーニングをしていたほうが、だんだんとそれまでは持ち上がらなかったような重たいものでも持ち上げられるようになります。「無理をしていれば、そのうちに無理が無理でなくなる」というわけで、積極的に無理を受け入れるという発想です。このような体育会系の経営者にとっては、意思決定によってトレードオフをはっきりさせるということは、その意思決定の時点で将来のOCを鍛える可能性を殺してしまうことになりかねません。資源に限りがあるからこそ、「何をやらないのか」をはっきりさせなければいけないというのがSPの発想なのですが、「(今はできなくても)鍛えているうちにできるようになる」というのがOC志向の経営者です。こういう人であれば「何をやらないか」を事前にはっきりさせようとは思わないでしょう。

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