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2010年9月 6日 (月)

小川紘一「国際標準化と事業戦略」(3)

国際標準化とは、取引コストが極めて低い“規模の経済”をグローバルな広い範囲に拡大することと同義語である。とくにデジタル型の製品であれば規格の範囲内で交差がほぼ無限大に広がる意味で、取引コストはゼロに近い状態になり、規模の経済が瞬時にグローバル市場に拡大する。そこでは、水平分業化の方が規模の経済を遥かに大きく享受する。したがって、すべてを内部に取り込むフルセット垂直統合型の経済合理性が崩壊する。

しかしながら、現在、垂直統合型のすべての日本企業が競争力を失ったわけではない。内部構造が擦り合わせ型の基幹部品や材料は、依然として圧倒的な競争力を維持している。製品の内部アーキテクチャーが擦り合わせ型を維持する基幹部品や材料であれば、それ自身がオープンな国際分業型へ転換することなく、それ自身の取引コストをすべて内部の付加価値として取り込むことができるためである。

例えば、製品アーキテクチャーがモジュール型に転換したCDROM装置やDVDを担っているのは、新興諸国である。しかし、その中で技術ノウハウが内部にブラックボックスとして封じ込められている光ピックアップやマイクロ化学部品などは、擦り合わせ型のアーキテクチャーを維持できているものは、現在でも例外なく光ディスク技術の全体系を持つ製造大国の日本だけが担っている。

つまり、製品アーキテクチャーがモジュラー型へ転換すると、日本企業からみた付加価値が完成品から基幹部品にシフトしたと考えられる。新興国の企業が日本の比較優位を反映させた基幹部品を使って完成品市場に参入するようになったという意味で、日本の擦り合わせ型技術体系が新興国の企業群によって大量にグローバル市場に運ばれるようになったのである。

そこでは、最先端の擦り合わせ型基幹部品がCDOM装置やDVDなどの生産に大きなシェアを占めるという、ソリューションとしてのプラットフォームに転換されたと言う意味で、日本企業に対する巨大な需要がオープン標準化によって生まれたという、比較優位の国際貿易環境が生まれたのである。

ここから明らかになった第1の点は、日本企業の技術が擦り合わせ型・匠の技のまま放置されれば何時までたっても普及しない、あるいは擦り合わせ型技術は伝播し難いという事実である。第2の点は、擦り合わせ型技術を核にプラットフォームが形成され、その外部インターフェース(ここでは形状、サイズ、機能、性能など)がデファクト規格になってTurn-Key-Solution型へ転換されたときはじめて、モジュラー型の完成品に組み込まれて大量普及する、という事実である。そして第3の点は、Turn-Key-Solution型のプラットフォームを使ってモジュラー型の完成品を組みたて、これをグローバル市場へ供給するのは、技術蓄積の少ない新興国の企業群であった。

統合型の経営思想を持ったままで国際標準化を推進する日本企業がグローバル市場で競争力を発揮できないのは、モジュラー型に転換した製品セグメントだけであり、擦り合わせ型を維持できるセグメントでは圧倒的な競争力を持つ。よって、比較優位の国際分業を年頭に置き、大量普及がはじまるビジネスモデルさえ構築できれば、国際標準化が生み出す10~50倍の巨大市場で大量普及と高収益を同時に実現できる。これを担うのが標準化ビジネスであり、標準化知財マネージメントであったのである。

この項、つづく。

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