楠木建「ストーリーとしての競争戦略」(9)
では、核心部での著者の語り口を堪能してください。手っ取り早いのがいいという人は、前日の(8)に私の読みがあります。
実際にビジネスの文脈で、ストーリーとしての競争戦略を組み立てるというのは、どういうことでしょうか。ストーリーを組み立てるときに、柱となるのは次の五つです。
・競争優位(Competitive Advantage)ストーリーの「結」…利益創出の最終的な論理
・コンセプト(Concept)ストーリーの「起」…本質的な顧客価値の定義
・構成要素(Components)ストーリーの「承」…競合他社との「違い」
SP(戦略的ポジション)もしくはOC(組織能力)
・クリティカル・コア(Critical Core)ストーリーの「転」…独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素
・一貫性(Consistency)ストーリーの評価基準…構成要素をつなぐ因果論理
それぞれCから始まるので、これを「戦略ストーリーの5C」と呼ぶことにします。ストーリーとしての競争戦略は、ここまでお話してきたように流れを持った動画です。しかし、いきなり複雑な動画を始めから終わりまでその細部までいちどきに構想できるというものでもありません。思考の順番、つまり「終わりから考える」ことが大切です。どんな戦略ストーリーでも、エンディングは決まっています。それは「持続的な利益創出」というハッピーエンドです。エンディングが決まっているので、終わりから逆回しに考えたほうが、一貫したストーリーを組み立てやすいのです。問題になるのはエンディングの直前の場面、つまり「利益が創出される最終的な論理」です。これはサッカーでいえば「シュート」、お話の起承転結でいえば「結」に当たります。ストーリーを構想する人は、要するになぜ点が入るのか、まずシュートのイメージを固めなくてはなりません。利益創出の最終論理というと、何やら大げさに聞こえるのですが、話はいたってシンプルですのでご安心ください。
WTP─C=P
これが最も根本的な利益(P)の定義です。この式にあるWTPというのは、Willingness To Payすなわち顧客が支払いたいと思う水準を意味しています。顧客が何らかの価値を認めるから収入が発生するわけで、その大きさはWTPによって決まります。当然WTPを獲得するためには何らかのコスト(C)がかかります。煎じ詰めれば、利益は「WTPからそれにかかるコストを引いたもの」です。このように利益を定義すると、利益創出の最終的な理屈は、競合よりも顧客が価値を認める製品やサービスを提供できるか、あるいは競合よりも低いコストで提供できるかのいずれかとなります。つまり、ゴール直前のシュートには、大別して「WTPシュート」もしくは「コストシュート」の二つがあるということです。ありうるシュートの一つは、コストに軸足を置いたものです。他社と比べてWTPが高いわけではありません。せいぜい競争価格でしか売れないのですが、何らかの理由でそれにかかるコストを競合他社より小さくすれば、利益が出る、という考え方です。一方、コストの点では他社と同等かそれ以上にかかってしまうけれども、何らかの理由で顧客がより多く(もしくは頻繁に)支払いたくなる状態をつくる、というのがWTPに軸足を置くシュートです。厳密にいえば、「低価格戦略」という言葉はありません。それは「高コスト戦略」という言葉が非常に奇妙に聞こえるのと同じ理由です。戦略ストーリーのゴールは長期利益にありますので、シュートは「何故儲かるのか」に対する答えになっていなければなりません。「低価格」と「高コスト」はいずれもWTPとコストのギャップを圧迫し、利益を小さくする方向に働きます。これでは儲からない理屈になってしまいます。シュートになりうるのは、「低価格」ではなく、あくまでも「低コスト」のほうです。低コストの裏づけがあれば、状況によっては攻撃的な低価格を仕掛けることもできるでしょう。しかし、低コストであったとしても必ずしも低価格にするンスを短期間で高めるとか、規模の経済や経験効果をねらって一気に生産量を増やすというような意図で、低コストの達成に専攻して「戦略的」に低価格に踏み切ることはもちろんありえます。しかし、その場合は先行的な低価格という打ち手が他の打ち手とどのように連動して最終的に利益創出のシュートにつながるのか、そのストーリーがきちんと描かれていることが条件になります。基本的には競争優位の最終的な中身はこのどちらかなのですが、もう一つ、「そもそも競争があるから利益をあげにくいのであって、競争がなければそれに越したことはない」という第三のシュートがあります。相手チームがいて、そこに競争があるからなかなか点が入らない、だとしたら、そもそも競争がなければ、相手に邪魔されずにPKをやるようなものだから、ほぼ確実に点が入るのではないか、というのが第三のシュートの基本的な発想です。これは要するに「独占」による無競争状態をつくるということです。ただし、自然に市場全体を独占することは普通はできません。どうかするというと、業界全体を相手にせずに、競争の土俵を自ら特定のセグメントや領域に狭く絞り、その範囲に限定して事業を行うことによって、事実上競争がないような状態をつくる、すなわちニッチに特化するというのが第三のシュートの中身になります。
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