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2010年9月21日 (火)

楠木建「ストーリーとしての競争戦略(2)

昨日は、まえがきでしたから、今日から本編に入ります。しかし、本編といっても第一章と第二章は準備段階として基礎的な概念の説明になります。でも、基礎概念の説明からも、少しずつ実例が出てきます。ストーリーとして戦略を考えるという切り口で論考をすすめますが、著者の語り口はストーリー・テリングの要領で、この著作がストーリーとして楽しんでしまうのは、著者の術中にはまったということなのでしょうか。でも、これはこれで心地よいものです。

この著作は章立てに沿って追いかけます。

第1章 戦略は「ストーリー」

著者は、まず「論理」の重要性を説く。実務家が実践の世界で日々直面している課題に対して、どこまで有効かという議論もある。現実の経営者は経営センスとか勘と言われるものは、理屈では十分に説明できない。しかし、経営者は場当たり的に直感的判断を行っているわけではなく、「こういうときにはこうするものだ」というフォームのようなものを持っている。学者のいう「理論」ではないが、その人に特有の思考や判断の基準があるはずだ。「経営は理屈ではない」というのは事実かもしれないが、その場合でも、何が理屈かを分かっていない人は「理屈じゃない」ものが本当のところ何も分かっていないことになり、経営者の勘をどこで有効に武器として使うかも分かっていないことにもなる。その言う意味で「論理」は大切だと説く。その理由として、次の三つの理由をあげる。

     日々走りながら考えていると、視野が狭くなり、視界が固定してしまう

     優れた経営者はアーティストであり、その会社のその事業の文脈に埋め込まれた中で戦略を構想する。これを論理化して汎用的な知識に変換しなければ、その論理を異なった文脈に利用できない

     論理は、日々の現象に比べて、簡単には変わらない。

このように戦略の論理を捉える際に、著者はストーリーという視点を持ち出す。ストーリーとは経営が個々の打ち手を出す、それらがつながり、組み合わさり利益を実現していく、このような個別の打ち手が、齟齬なく連動し、全体としての事業を駆動させている「流れ」とか「動き」というようなものが、戦略の論理であり、これがストーリーとして捉えられる。その後、著者がストーリーという視点を強調する理由を五つあげて、ストーリーとして戦略を捉える場合の特徴を説明している。

     ストーリーという視点の持っているダイナミックな意味合い、つまり、上で説明したような「流れ」や「動き」を静止画でなく動画として捉えることができるという点である。

     様々な原因から現実の企業経営の中で戦略をじっくりと考えにくくなっている状況

     戦略をストーリーつまり「ものがたり」として語ることによって組織内での共有が図りやすくなるという点

     日本企業の経営環境や事業体質にストーリーという思考が合っているという利点

     ストーリーとして戦略を考えるのは面白い

それでは、昨日に続き、著者の語り口を引用で、お楽しみください。上の私はこう読んだ の細かな説明も含まれています。しかし、量が多めになるので、明日と二回に分けることにします。

第1章 戦略は「ストーリー」

ストーリーの競争戦略は、因果論理のシンセシンスという戦略の本質を正面から捉える視点なのです。ストーリーとしての競争戦略は、「違い」と「つながり」という二つの戦略の本質のうち、後者に軸足を置いています。競争戦略は、「誰に」「何を」「どうやって」提供するのかについての企業のさまざまな「打ち手」で構成されています。戦略は競合他社との違いをつくることです。さまざまな打ち手は他社との違いをつくるものではありません。

しかし、個別の違いをバラバラに打ち出すだけでは戦略になりません。それらがつながり、組み合わさり、相互作用する中で、初めて長期利益が実現されます。ストーリーとしての競争戦略は、さまざまな打ち手を互いに結び付け、顧客へのユニークな価値提供とその結果として生まれる利益に向かって駆動していく論理に注目します。つまり、個別の要素について意思決定しアクションをとるだけでなく、そうした要素の間にどのような因果関係や相互作用があるのかを重視する視点です。戦略をストーリーとして語るということは、「個別の要素がなぜ齟齬なく連動し、全体とてなぜ事業を駆動するのか」を説明することです。それはまた、「なぜその事業が競争の中で他社が達成できない価値を生み出すのか」「なぜ利益をもたらす」を説明することであります。個々の打ち手は「静止画」にすぎません。個別の違いが因果論理で縦横につながったとき、戦略は「動画」になります。ストーリーとしての競争戦略は、動画レベルで他社との違いをつくろうという戦略思考です。

ストーリーとしての競争戦略とは、「勝負を決定的に左右するのは戦略の流れである」という思考様式です。普通私たちが戦略というときは、意識しているか無意識かは別にしても、個々の打ち手ではなく、打ち手をつなぐ流れ、勝利に向けたストーリーをイメージしているはずです。戦略をストーリーとして捉える思考は、何も新しい話ではなく、素朴なレベルではごく自然な理解です。個別の要素についての意思決定(たとえば、ある製品の生産を社内でやるか、それを外部企業に任せるか)は、基本的にwhatwhohowwherewhenを確定するということです。こうした個別の打ち手に対して、戦略ストーリーが問題になるのはwhyです。「線」とか「流れ」といっているのは、なぜある点がもう一つの点につながるのか、ある打ち手がなぜ次の打ち手を可能にするのか、という因果論理に注目しています。戦略を一連の流れを持ったストーリーとして考えなくてはならないゆえんです。

ストーリーという視点は、「モデル」や「システム」の戦略論と多くを共有しています。にもかかわらず、ここで改めてストーリーという視点を強調するのには、五つの理由があります。

一つ目の理由は、ストーリーという視点の持っているダイナミックな意味合いです。ビジネスの設計思想とビジネスモデルや、その結果生成するビジネスシステムはどちらかというとビジネス全体のかたちに焦点を当てていたため、全体の流れや動きを捉えにくいというきらいがあります。アーキテクチャにしても、ビジネス全体のレベルに拡張して応用することはできますが、そもそも製品システムの安定的なありように注目した概念です。ストーリーの戦略論とビジネスモデル(システム)の戦略論との違いは、ビジネスモデルが戦略の構成要素の空間的な配置形態に焦点を当てているのに対して、戦略ストーリーは打ち手の時間的展開に注目している、ということです。「ビジネスモデルを図示して下さい」というと、ビジネスに含まれるさまざまなプレイヤーや機能部門の間のカネやモノや情報のやり取りの絵が出てくるのが普通です。これに対して、戦略ストーリーの絵は「こうすると、こうなる。そうなれば、これが可能になる…」という時間展開を含んだ因果論理になります。

個々の打ち手が組み合わさり、連動することによって生まれる戦略の流れや動きの側面については、踏み込んだ議論はあまりされてきませんでした。ビジネスモデルの概念は、確かに全体の「かたち」を捉えるものですが、構成要素の因果論理が巻き起こす「流れ」や「動き」の側面を捉えにくく、静止画的な戦略思考になりがちです。複数の打ち手がかみ合って連動する相互作用の論理、そこから生まれる「動画」としての側面により直接的に光を当てる必要があるいうのが私の意見です。ここであえてストーリーという言葉を持ち出すのは、こうした戦略のダイナミックな本質を強調したいという意図があるからです。

「ダイナミック」というのはあくまでも「動きが見える」ということで、「長期的なことを考える」ということを必ずしも意味するわけではありません。長期か短期かという分類軸は、ここで強調している動画か静止画かという軸とは別のものです。仮に、その戦略がそれほど遠い将来のことを考えていなかったとしても(現実に「遠い将来のこと」は不確実過ぎてそうそう決められないものです)、向こう三年から五年の戦略ストーリーが動画として見えるようなものであれば、それはダイナミズムだということです。

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