妹尾堅一郎「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」(3)
イノベーション(モデル創新)による新価値の創出・普及・定着について、インテルやアップルが「勝ち組」の方程式であることが判明した。これらは、従来の「技術で勝てば、事業で勝てる」というモデルとは大きく異なる。そこで言えるのは、現在ではイノベーションモデルが従来のものと全く変ってしまったということ。つまり、従来の「インベンション(発明)=イノベーション(新価値の創出)」というモデルはすでに過去のものになり、「イノベーション=発明×普及定着」となった。これは「イノベーションモデル自体がイノベートされた」ということを意味する。別の角度から見れば、「技術力が必要十分条件の時代」が去って、「技術力は必要条件であるが、他に十分条件となるものが現われた」ということだ。
典型的な日本の負けパターンを時系列的に描くと、
① 画期的な発明を基に画期的製品をつくり上げ、市場に導入する。
② 市場導入期には圧倒的な力を見せて100%近いシェアを誇る。
③ しかし、しばらくすると新興諸国が追いつき始め、市場が拡大すると共に逆にシェアを落としていく。つまり、製品が成長期に入るととたんにダメになる。
本来、ものづくりによって生まれる製品は、その作り方の特徴によってインテグラル型とモジュラー型とに分けられ、この特徴を製品アーキテクチャーと呼んでいる。日本の製造業が得意なのはインテグラル型であるが、モジュラー型が席巻しつつある。
また、「インテグラルとモジュラー」と共に重要なのは、「クローズとオープン」あるすは「独自技術と標準」である。合わせて、通常これらの組み合わせパターンは「独自技術のクローズによるブラックボックス化」と「技術の標準化によるオープン化」といったものとなる。
ある技術とそれに基づく新製品によってイノベーションを進めようとした場合、次の四つのステップが考えられる。
① その技術の標準化(スタンダーダイゼーション)を進める。
② その標準を公開しつつ「プラットフォーム(共通の枠組み、土台)」とする。
③ そのプラットフォームに則った上で各社が独自技術を競い合って差別化を図る。
④ 結果として同一方向へ市場の活性化を導くことによってイノベーションを起こそうとする。
上で言う「技術の標準化によるオープン化」はこの①及び②の段階にあたるが、技術(特許)をオープン(公開)すれば市場全体が拡大する」ということが要諦だ。このことを裏返して言えば「技術をオープンしないとシェアがとれない」だが、それだけではない「技術をオープンしないと、そもそも市場が立ち上がらす、その結果、その商品のカテゴリー自体が消滅してしまうリスクもある」ということになる。
具体的にいえば、企業がすばらしい技術(製品)を開発した場合、それを自社だけで普及を図ろうとするとどうなるかを検討し、自分たちだけで市場の伸び率をドライブできるのか、つまり、インベンションをイノベーションにつなげるためにはディフュージョンというプロセスを完全に組み入れる必要があるということだ。
このような技術のオープン化によって仲間(イノベーション共闘)を得ることができ、その結果普及した商品は人々に使いつづけられるようになる。すなわち、少なくともある時期は「囲い込まれる」ことになる。この際に、基幹部品しっかり押えれば、周辺隣接関連他社を囲い込むことができる。普及を他社に任せれば、全体としてはエンドユーザーを効率的に囲い込むことができる。この囲い込みのときに与力となるのが「サードパーティー(関連商品を製造する第三者)」である。
その一方で、商品を開発した企業自体は、商品そのものの内側を独自技術でがっちり固め、外側はインターオペラビリティ(相互接続性)を担保した規格を整備し、それを標準として公開し、他社の利用を呼びかけるようにする。それによって関連周辺機器が整備され、商品システムが一群となって市場に普及することになる。
この場合は、一社で試みるよりも、はるかに商品の市場の立ち上がりは急激に加速される。別の角度から言えば、製品自体の市場全体と、そこに市場シェアの関係を根底から考え直す契機になろう。
上記の段階に対して、角度を変えて見る。ます、インベンションにおける協業について、技術の研究開発段階における協業は、①製品ライフサイクルの加速化への対応 ②技術の高度化・複雑化への対応 ③市場不透明によるリスク急増への対応、という点で有利とされている。ただし、このようなメリットだけではなく、当然デメリットを吟味する必要がある。すなわち、独自技術の扱いが極めて難しくなり、知的財産の件でのトラブルを招くおそれがある。そして、最も重要なことは、製品を念頭に置いたとき、どこが、その製品特性における「急所」つまり主導権を握るのかである。もし、それが既に他社に取られているならば、協業しつつ、どこで自社に有利な状況をつくれるか、例えば、どこで「関所」技術を開発できるかである。
また、製品の開発段階で製品やサービスに研究開発された技術の実装の実装が為され、その後にその製品やサービスを普及させる段階に入るが、ここの段階の乖離が「死の谷」といわれ、製品はできたけれど市場に受け入れられないことが起きていた。しかし、これを分業により一気に短縮し、「死の谷」を容易に乗り越えが可能となる。分業の効果的活用により、2つの側面で加速される。第1に、完成品の部品をすべて自前で整えない。つまり、自社の製品を基幹部品のみに特化し、これにつながるようにインターフェイスのプロトコルを標準化して公開することにより、この仕様に従う他の部品メーカーが力を貸してくれる。第2に、自社の基幹部品ができるだけ完成品に使われる工夫を行う。例えば、マザーボードのような中間財を作成し、そのノウハウや知財を他に提供することにより、力を貸してくれる企業が自然と増える。
このような分業で、ほとんどの場合に欧米企業が基本的な急所を押え、かつイノベーションの全体のシナリオを描く。そして新興諸国が格安の製品に仕立て上げている。得意なフェイズが異なる者同士がうまく組み合わされば、市場は一気に立ち上がりやすくなるわけ。
この後、著者の専門分野である知財マネジメントの説明と、まとめ、そして処方箋としての今後へと議論は続く。まとめは繰り返しになるし、今後どうするかはこの本の一番の眼目だから、興味のある人は直接お読みください。
著書も言っていたが、欧米企業と新興国企業の関係は、かつての宗主国と植民地の関係に似ている。欧米の文化の特徴かもしれない。たしか、文化論的視点からそのような特異性、例えば、中国にしろローマ帝国にしろ植民地は本国の隣地から徐々に領土を広げるものだが、近代ヨーロッパは飛び地のように植民地を作った。「ミュージアムの思想」でこのことを詳しく論じている。
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