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2010年10月19日 (火)

熊谷晋一郎「リハビリの夜」(1)

517qwq2jfgl 脳性まひによって身体に障害をもった著者が健常者に囲まれ、一種のマジョリティとして生きていく中で、それゆえに身体を中心としたあり方に問いかけを行ったもの。リハビリという健常者の世界に自らの身体を適応を強制させられるから、身体のあり方とは何かということを、身をもって問うたもの。著者自身は意識していないかもしれないが、メルロ=ポンティの現象学的なアプローチに近づいていくのがとても興味深い。

これを読んでいる、この私自身が、卑小かもしれませんが、ちょうど、仕事の上で、何をしているのか、我々は何なのか、という問いに向き合おうとしていので、状況は全然違うのでしょうが、意識として他人事ではないと、読みました。私的には、「ストーリーとしての競争戦略」と遠く呼応しているように捉えています。

それでは、著者の議論(といっても、エッセイのかたちを取っているので、論文のように整然としているわけではありません)を追いかけてみましょう。

まず、これからの前提として最新の脳科学の研究の知見に基づいて、運動の構造の議論を説明します。このあたりは学説の説明のようで慣れない人には近寄り難さを感じさせるかもしれません。私たちが身体を動かすプロセスは、「まず自由な精神が、これから行おうとする運動についての意思を立ち上げ、その意思に従って脳が作動して、体を動かす」といった一般イメージとは異なり、まず、脳内の無意識の領域で運動プログラムが作成され、その情報に従い意思が立ち上げられ、感覚フィードバックなどのシュミレーションにより、実際に動いたように感じ、どの筋肉どの程度の力を入れればいいかの計算の後に筋肉に指令が送られる。この後、実際に動いた情報が全身からフィードバックされ内部モデルが修正されるというものだそうです。つまり、私たちは実際に体を動かすよりも前に、自分の体の動きを感じているということになります。この私たちが感じている「私の体が動いている感じ」というのは、実際に動いた体からのフィードバック情報によるものではなくて、脳内のシミュレーションの結果を、実際の運動の結果として錯覚しているに過ぎないことになります。このように、私たちは脳内の中のシミュレーションが計算によって生み出すバーチャルリアリティの中で、自らの意思や、運動や、世界の変化を体験していることになります。これは、後で著者が自らの体験から実感することでもあり、瑣末な議論に感じられるかもしれませんが、よく押えておく必要があります。ところが、著者の場合は、健常者と等身大の2種類の内部モデルがあり、両方とも未完成なままであったため、モデルと実際のギャップが大きく、脳がパニックを起こして緊張状態となり、焦りとこわばりで体を思い通り動かせなくなるのです。

著者は、また、この緊張について、もう1歩踏み込んで「身体内協応構造」ということを説明します。普通、人は歩いたり、走ったりといったパターン化された運動に対しては、個々の筋肉や関節に注意を張りめぐらせた意識的な制御を行わず、意識からの指令を待たずに、各筋肉が相互に緩やかなつながりを持ちながら拘束しあって協働する「横の連携」があるといいます。このような、各筋肉同士がある程度自発的に、互いの緊張具合を拘束し合うような連携を持つことで、「歩け」というようにたった一つの指示で、たくさんの筋肉が一斉に強調的な動きをすることが「身体内協応構造」です。著者の場合は、この「身体内協応構造」が過剰で、個々の筋肉の緊張具合が分節されず、健常者の場合は部分的な緊張で済むものが、著者の場合には全身に及ぶと言います。別の言葉いえば、著者の場合には、各部分の連携に「あそび」の部分がないとも言えます。これは、健常者にも一部あてはまることで、全身の緊張が行き過ぎると、「伸び」をすることで緊張を逃がしてやり、「あそび」の余地を与えてあげると体が効率的に動かせるといいます。

著者は、このように健常者と同じようなモデルをスムーズに作れないことから、周囲の人々が動いている様子をじっと見て記憶し、それらの視覚イメージを自分の筋肉の運動情報へと変換することで、歩くときの筋肉の躍動を追体験するということを意識域に行ってきたといいます。

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