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2010年10月24日 (日)

藤原由紀乃「バッハのゴルドベルク変奏曲」

Yukono なんと90分近くかかってしまう長時間録音です。CDでは1枚に納まりきれず2枚組になってしまっています。繰り返しを全部するかしないかで、たしかに演奏時間は違ってくるので一概に長さは云々できませんが、それにしても長い。しかし、実際に演奏を聴いてみると、演奏時間が長いからと極端に遅いテンポで弾いているかというと、そんな感じには聞こえません。聴いていて気がついたのは、グールドの新盤とつくり方というのか全体の構成のしかたというのか、がよく似ているということです。とは言っても、聴こえてくる音楽は全くの別物になってしまってします。いままで、ゴルドベルグ変奏曲の色々な録音の印象をここに投稿してきましたが、ケンプの演奏を除いて、どの演奏もグレン・グールドの録音を意識せざるを得ないというのか、意識的にも無意識にもどこかで、グールドの録音を前提にして、そこからどのように距離を置くかという位置づけで演奏が成り立たせているように感じられるのでしたが、この人のは、それを感じさせられませんでした。アリアのフレージングとか各変奏のつながりというようなことが、グールドの新盤の録音によく似ている。しかし、意識してというのではなくて、結果的に似てしまったというような感じです。それは、グールドの演奏の基本線となっている二項対立の要素が藤原さんの演奏には希薄であったことが何よりも証拠のように思えます。例えば、強弱の強烈な対比や変奏ごとのテンポの対比のようなものが藤原さんの演奏では強調されていません。なによりも、藤原さんの特徴的な点として感じられたのは、ひとつひとつの音の存在感という点です。すべての音が立っているという印象です。どんなに早いパッセージでもひとつひとつの音が明確でタッチも全部揃っていました。多彩な音色とか豊かなニュアンスで陰影を出すというようなことはなくて、ひとつひとつの音がキッチリしていて、明確で、存在感を強く主張している演奏でした。だから、遅めのこの録音のテンポくらいでないと、それぞれの音が聴き取れない。これ以上速いと流して聞いてしまうおそれがあるので、この演奏でも遅いと感じる余裕はありませんでした。グールドの場合は、ひとつひとつの音は全体の演奏を構成するための要素のような扱いです。例えば第5変奏ではグールドでは名技的というのか超高速で弾ききってしまいますが、藤原さんのはグールドに比べると遅くて、朴訥ともゴツコヅしたとも言えるような行き方をしますが、ここでは変奏ということがはっきり分かるし、声部の掛け合いが明確に浮き上がってきます。だから、藤原さんはグールドとは出発点が全く違うところにいると思います。藤原さんの演奏は、音色とかタッチとか装飾とかいうような変化には乏しいのですが、それが単調になるかというと、聴く人のスタンスにもよりますが、これほど明確でしっかりとした存在感のある音でガッチリと構成された演奏では、この曲の複雑さが他のどのピアニストの演奏よりも強く感じさせられます。この複雑な構成を追い掛ける楽しさに溢れています。

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