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2010年10月 2日 (土)

楠木建「ストーリーとしての競争戦略」(13)

さぁ、核心部の著者の語り口を楽しんでください。しかし、この著作の最大の魅力である事例と、事例に即しての見事な説明は、実際に、この本を読むことをお奨めします。だから、一番いいところは…ね。

競争優位のシュートの決定に比べて、コンセプトの定義ははるかに難しい問題です。なぜならば、それは「見たまま」ではないからです。誰に何を売っているのか。見たままであれば、答えは自明です。しかし、「本当のところ、何を売っているのか」というのがポイントです。PCの会社は見たままでいえばPCを売っているわけですが、本当のところ、売っているのものはPCではありません。お客さんにしても、本当のところをいえば、PCそのものを欲しいという人はほとんどいないのです。まぁマニアは別です。そういう特殊な人は別にして、本当のところ顧客が何にお金を払っているかというと、PCを使うことによって得られる何かなのです。「本当に売っているもの」を考えれば、同じPCメーカーであっても、デルとHPではコンセプトは異なります。アップルはもっと違うでしょう。コンセプトは顧客に対する提供価値の本質を一言で凝縮的に表現した言葉です。それを耳にすると、われわれは本当のところ誰に何を売っているのか、どのような顧客がなぜどういうふうに喜ぶのか、要するに我々は何のために事業をしているのか、こうしたイメージが鮮明に浮かび上がってくる言葉でなくてはなりません。

優れたコンセプトを構想するためには、常に「誰に」と「何を」の組合せを考えることが大切です。「誰に」と「何を」表裏一体で考えることによって「なぜ」が初めて姿を現すからです。「なぜ」は、戦略ストーリーにとって一番大切な問いかけです。ストーリーを動かす原動力は因果論理にあります。「誰に」だけ、「何を」だけでは静止画になってしまい、肝心の「なぜ」についての思考が甘くなりがちです。「なぜ」についての因果論理は「動き」の中にしかありません。動画でなければ因果論理を考えることができないのです。「誰に」と「何を」をペアで考えれば、コンセプトが動画になります。顧客がその商品なりサービスなりを認知し、反応し、購入を決断し、使用し、価値を認め、継続的に利用し、利用経験を蓄積し、さらに満足を大きくしていく、こうした一連の動きが見えてきます。そうした動きのあるイメージを思い浮かべ、実際にそのような動きが生まれるかを突き詰めることによって、なぜその顧客がその商品なりサービスなりに食いつくのか、なぜお金を払うのか、なぜ喜ぶのか、なぜ喜びが持続するのか、いくつもの「なぜ」が見えてきます。コンセプトを動画で構想するというと、多くの人が「どのように」という方法論に傾きがちです。しかし、コンセプトから「誰に」と「何を」が抜け落ちて、「どのように」ばかりが前面に出てくると、コンセプト不全に陥るのが常です。これは戦略ストーリーが失敗作となる典型的な成り行きです。例えば、「顧客の囲い込み」とか「サービスの個別化」「顧客の組織化による継続的課金」、こうしたよくあるアイディアはいずれも「どのように」を問題にしています。それ自体は悪いことではないのですが、この種の方法論が先行したコンセプトは、結局のところ顧客への提供価値よりも自分たちがとのように儲けるかという手前勝手な妄想に終始してしまうことが少なくありません。顧客を組織化して囲い込むにしても、それに先行して「誰に」と「何を」を突き詰めなければコンセプトは動画にならないのです。そこまでの価値を認める顧客は誰か、なぜ彼らを囲い込めるのか、なぜ彼らが継続的にお金を払うのか、サービスを個別化することによって顧客に提供できる独自の価値とは具体的に何か。コンセプトはこうした一連の「なぜ」に対する答えを含んでいなければなりません。「なぜ」が希薄なコンセプトでは、リアリティのあるストーリーは切り拓けないのです。数値目標の設定はストーリーを実際に動かす上で必須の作業工程ではありますが、「数字」だけではコンセプトにはなりえません。数字それ自体は「誰に」「何を」「なぜ」に全く言及していないからです。コンセプトはあくまでも会社の外にいる顧客に提供する本質的な価値の定義です。会社の中で自分たちが達成すべき目標の設定ではありません。いうまでもなく、数値目標を設定したからといって自動的に価値を生み出せるわけではありません。独自の本質的な価値を提供できた結果として、数字が出てくるのです。「数字よりも筋」です。優れたコンセプトが筋の良いストーリーを駆動していれば、数字は後からついてきます。この順番が逆転してしまえば本末転倒です。数字も実現できません。

筋の良いストーリーに独自にコンセプトは欠かせません。戦略ストーリーにおけるコンセプトの重要性はいくら強調してもし過ぎることがありません。どうしたら優れたコンセプトを構想できるのでしょぅか。これにしても法則や必勝法、飛び道具のようなものはもとよりないのですが、コンセプトを考えるときに大切にしておいたほうがよい論理であれば、いくつかお話しすることができます。以下ではねコンセプトづくりにとって大切なことを三つに集約して指摘したいと思います。第一は、これまでの話と重なりますが、すべてはコンセプトから始まる、ということです。幸いにして、コンセプトづくりにはたいして投資は必要ありません。使うのは自分の頭だけです。サンクコスト(埋没費用)もほとんどありません。思いついたアイディアがうまく転がっていかなくても、また考え直せばいいだけです。反対にコンセプトをないがしろにしたままストーリーに取りかかってしまうと、失敗は高くつきます。勝ち目のない事業に進出したり、誰も欲しくないような製品を開発したり、工場や従業員などの固定投資をドブに捨てるといった、取り返しのつかないことになりかねません。コンセプトの構想はある意味で「安上がり」な仕事ですが、逆にいえば、どんなに投資しても、アタマを使わなければ筋の良いコンセプトは生まれません。急ぐ必要はありません。コンセプトの構想にじっくりと時間をかけるべきです。本質的な顧客価値を捕らえて確信できるコンセプトが固まるまでは、ストーリーの細部を考えても意味がありません。コンセプトがしっかりしていないストーリーはしょせん砂上の楼閣です。裏を返せば、「これだ!」というコンセプトが固まれば、ストーリーづくりの半分は終わったも同然だということです。

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