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2010年10月11日 (月)

曽根麻矢子「バッハのゴルドベルク変奏曲」

31cxcebpfgl 昨日、グレン・グールドの名盤を久方ぶりに聴いてみたら、また聴きたくなって(一度聴くと暫く病みつきになるようなところがあります。たしかに)、今度は、別の人のを含めて聴き直すことを始めてしまいそうです。それで、曽根さんの旧盤です。この人も2回録音しているようですね。曽根さんの旧盤はグールドがピアノでチェンバロ的な行き方をしたのを、逆にチェンバロでピアノ的に弾いたらどうなるかというような返答をしたような演奏と思っています。まず、録音のせいかもしれませんが、残響が抑えられているようで、チェンバロの響きがとても無機的で楽器と言うよりも機械に近い感触で、グールドのピアノの録音に似た感じがします。それで、演奏の方ですが、最初のアリアでは装飾をあまり施していません。まるで、グールドがピアノでつけた装飾と同じような感じなのです。そして、ピアノ的だという印象を持った最大の点は、第1変奏にあります。昨日のグールドの新盤と同じような弾き方というのか、直前のアリアが弱音でスローテンポでることから、一転して強打のアップテンポにして対比を鮮やかにしている点なのです。チェンバロという楽器はピアノに比べて強弱の変化が強調しにくい特徴があります。それなのに、なのです。携帯プレーヤーでなおかつインナーホンで聴いていると、この辺りは無機的な録音と相俟って、チェンバロがキンキン響き、とても刺激的です。満員電車では音漏れで周囲を気にしてしまうところです。そして、曽根さんはリズムというかビート感をとても強調するような弾き方をしていて、前のめりというのか推進力のある演奏をしています。

その意味で、チェンバロという楽器から連想されるような優雅とか繊細とかいったイメージとは正反対の、リズミカルで力強い感じがします。

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