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2010年10月16日 (土)

松宮秀治「ミュージアムの思想」(5)

2.新しい「自然」の建設

このあたりからレトリック的な色彩(こじつけ?)が強くなってくると思います。しかし、レトリックと言えども魅力ある議論であると言えます。これまではヨーロッパでのミュージアムの成立過程を追いかけてきたが、こんどは今日のミュージアム像を見ようと筆者は言います。ミュージアムにはふたつの側面があると言います。ひとつは、フランシス・ベーコンから発し、初期のブリティッシュ・ミュージアムのような功利主義、科学主義を背景として近代的な進歩を志向する面、もうひとつは、これに対抗するような以前からのクンストカンマーを引き継ぐような権威創出の場である象徴的機能の面です。著者は、以前のクンストカンマーから前者の側面が純化してくるにつれて、後者の側面が意識化されてきたといいます。しかし、両側面の関係は単純な対立関係ではないと言います。このあたりから私の理解が追い掛けられなくなってくるのですが、両者は対立しているようで、互いの存在により補完しているといいます。例えば象徴化機能です。ミュージアムの象徴化機能とは、そこに収蔵されている「もの」が本来有している役割、形式、用途を無視し、超論理的に超越的価値を新たに賦与する機能であると言います。つまり、ミュージアムが収蔵物に新たな意味付けをしていくことで、例えば、輸出陶器の包装紙に使われていた浮世絵が美術館に展示されることで芸術とみなされたようなことでしょうか。このような機能は、もともと宗教が担ってきたもので、近代化とともに政治が宗教から独立する過程で、宗教のもつその機能を内に取り込んだ結果だと言います。(これをさして「政教分離」と著者は言います。)この意味で、ミュージアムで保管されているコレクションはキリスト教がゲルマン民族の土俗信仰を取り込んだときに便宜として利用した近代の「聖遺物」だといいます。

著者は、この「近代」というものには、通常、私たちがイメージするような進歩の観念を伴うものと、この反動とも言うべき(他方では進歩を補完する)保守主義の両方が存在すると言います。この保守主義こそ、宗教に代わって新しい文化価値、歴史価値を生み出し、伝統を作り出していく役割を担うものだと言います。この時、近代の新しさは、これまでの“「文化」という概念のもとに自己の「歴史」の価値を発見しただけでなく、同時に「進歩」という概念と密接に結びついた「未来」という価値を発見した” と著者は言います。

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