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2010年10月15日 (金)

松宮秀治「ミュージアムの思想」(4)

第3章 ミュージアムの思想

第3章で著者は近代に入ってミュージアムの制度化の説明に入って行きます。しかし、ここからの展開はロジックというよりもレトリックに寄っていて、観念をあらわす言葉がひとり歩きしてしまう観があって、先走りすぎと思われるところ(著者の方でもペンが先走って、本人の思考がついていっていないと思われるところ)が何箇所かあり、すじ道をおいかけられる構造にないと思われるので、節ごとに分けることにします。

1.自然の征服

ハプスブルグ家に代表される大陸と、イギリスのミュージアムは異なった展開を果します。それは、観念的な大陸系に比べて、経験主義的、実証主義的な風土によることもありますが、フランシス・ベーコンの果した役割が大きいと考えられます。彼は、クンストカンマーを新しい時代の新しい技術哲学に基づく「科学の分化」によって「使用価値」「効用価値」で再編しようとしました.その結果、ブリティッシュ・ミュージアムはイギリスの産業の発展とともに進行した経済的侵略、いわゆる植民地と歩調を合わせる指向にあったといいます。その典型が植物園です。イギリスは現在でもガーデニングの盛んな国ですが、プラント・ハンターと呼ばれる人たちが世界中から植物を採集してまわり、集められた植物の種を保管する場として植物園が作られたようです。彼らの先駆者として有名なキャプテン・クックやジョゼフ・バンクスたたによる「発見」「探検」「調査」は、「もっと先へ」「より未知なるものを求めて」「より学術的に」というニーズの広がりを背景に進められました。とくに、ヨーロッパから見て、「もっと先」であり「より未知なるもの」の宝庫である南北アメリカ大陸、オーストラリア、ニュージーランドなどはその先住民たちにとっては自分たちの生まれた世界であるにも拘わらず、「新大陸」として「発見」され、このような理不尽な用語が一般化されるのと並行して、科学的な「探検」「調査」が行われていくわけです。その成果として植物園が位置付けられるわけです。当然、「探検」「調査」された未知の「新世界」は植民地としてヨーロッパに「帝国主義」的支配を受けることになります。つまり、近代科学と帝国主義は不可分の関係にあり、その成果として植物園に代表されるコレクションも帝国主義的な侵略と表裏一体にありました。

もともと、蒐集という行為の中には「掘り出し物」、つまり、その物の価値をよく知らない人から安く買い受けて得をするという言葉があるとおり、不等価交換を認める意味合いが含まれている、と著者は言います。これは、ここで述べたような「発見」と同じ目線で見ることができるともいいます。

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