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2010年10月14日 (木)

松宮秀治「ミュージアムの思想」(3)

第2章 コレクションと帝国理念

前の章に続いて、ヨーロッパの君主たちが封建領主から絶対主義君主へと変容していくにつれて、コレクションの性格も変化していくのを追いかけます。それは、コレクションの制度化だと著者は言います。具体的には、それまでは、行き当たりばったり、手当たり次第という面があったコレクションという行為が、より自覚的になり、コレクションの象徴作用を計画的に、そして体系的に行うようなります。

それは、中世初期に比べて領主から王家にと支配関係が継続するようになり、比較的安定的となったことにより、武力などの物理的な力を行使する権力による支配から、権威による支配に変容していったことに伴うとも言えるでしょう。権威による支配とは、端的に言えば、君主が支配し、民衆が服従という関係を民衆に認めさせてしまうという支配構造のことです。そのためには君主の正統性が保証されている必要があります。古代では宗教的権威と政治的権威が集中し、権力と権威が一致し、神権政治が行われました。しかし、ヨーロッパでは宗教的権威は教皇に政治的権威は君主にと、分かれてしまったため、そして、君主が教皇の権威から離れていくにつれて、あらたな権威を創り上げる必要が生じたのです。さらに、権威主義的な支配構造は、その中に階層的な構造を内包させます。身分とか階級というようにものです。この中に取り込まれた者は、その階層に応じた安定と自由を享受できることから、積極的にその支配構造に参加するようになります。そのような構造を受け入れさせるというように目的が、より明確になり、具体化していくことに伴い、コレクションの制度化と政治のスペクタクル化が進むというわけです。

このような事情に加えて、カール5世が相続による名目上であれ、ヨーロッパの大部分の領土の支配者となってしまった影響があります。これによって君主の権威は、その地域の正統な君主であるということから「世界の支配者」という名目に変わって行きました。コレクションも、これに応じて世界の支配者にふさわしいものとして、従来の歴史の遺物から世界中の物品を蒐集するようになっていきます。いうなれば時間軸に沿って蒐集されていたコレクションが、空間的な広がりの方向も含むようになって行ったわけです。

しかし、古代のローマ帝国や中国、トルコのように近隣を征服して領土を拡大していった「帝国」とは違って、カール5世のは婚姻政策の結果としての名目による「帝国」で一時的なのものでしかなかった。その名目としての「帝国」は、現実の統治を伴わず、象徴あるいは理念としての存在でありました。これは一種のユートピア幻想であると筆者は言います。ユートピア幻想というのは東洋的な桃源郷のような現実逃避ではなく、吉本隆明のいう“共同幻想”のようなある規模以上の集団が共同で共通の理念を形成していく場のことです。これに応じて、コレクションは世界を分類し、カタログ化する方向に向かいました。また、政治の視覚化のひとつのシンボルである皇帝の肖像において、典型的なルードヴィヒ2世(アンチンボルドによって描かれた寓意的な肖像)の肖像には世界の植物をはじめ物品が象徴的に画面に使用されています。この背後には、世界の掌握、支配への理念がありました。これは、ヨーロッパにおいては理念でしたが、後に非ヨーロッパに進出していく際には「文明の帝国主義」「文化の帝国主義」として現実に侵略していくものとなっていきました。

さて、このようなコレクションの空間支配への志向性を理念として推し進めたのが、フランシス・ベーコンであったと著者は言います。言うまでもなく、デカルトとともに宗教と科学の分離を進めた人ですが、彼は、このような動きを背景に功利主義、自然主義的な価値観からクンストカンマーに実用的な実験室や研究室の機能に転化させようとしました。そのため、ブリティッシュ・ミュージアムは図書館を含めて博物館的な性格が強いものとなりました。もとより、クンストカンマーは基本的に祝祭空間でもあり、このような側面はルーブルのような美術館的なものに引き継がれ、クンストカンマーから「博物館」と「美術館」への分化が起こり始めます。

以上が第2章ということになりますが、私にとって興味深い指摘がいくつかありました。文脈とは関係なく、それぞれあげてみますが、

         ヨーロッパの植民地が中国やイスラム帝国のような近隣を武力で侵略していく方式ではなく、一足飛びに遠隔地を一気に獲得するという独自な方式だったこと。また、前者は帝国の支配が終わると以前の状態に戻ってしまうのに、ヨーロッパの植民地は支配が終わっても文化的には欧化されヨーロッパの影響から脱しきれないままでいること。

         例えば、ルネサンスは過去の復興にはなにがしかの復興させるべき過去を神話化したいという要求と願望がイデオロギー的な作用力として働いた、具体的には人文主義活動を通じて、古代を甦らせることによって、宗教改革が結果的に招いてしまった地域主義にキリスト教的な普遍主義とは異なった原理を注入することによって、新しい「帝国」理念の可能性を示したものと再解釈できるのです。芸術とは、権力との共存なくしては存在しえないものだったという指摘です。

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