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2010年11月10日 (水)

橋本秀美「『論語』─心の鏡」(1)

Photo まず、はじめにのところで著者はサプライズを用意してくれています。それは『論語』に原典が存在していないことです。研究者など専門家には自明のことかもしれませんが、いま、巷に溢れているのは注釈や解釈だけで、現在見ることのできる『論語』は、二千年以上に亘って多くの人の手を経て伝承されてきたもので、伝承の過程で様々な整理の手が加えられているもので、原本がないため、伝承の異なる異本のどれが誤りか、明確な判断もできないため、すべては推論に頼らざるをえないと著者は言います。

それでは、『論語』がどのような変遷を経て、今日に至ったかを第1部で概要を追いかけています。

『論語』は、もともと孔子一門の言行録として、極めて簡単で断片的な記録が寄せ集められたもので、これだけを見ても情況が良く分からず、口頭での伝承と合わせてはじめて意味が理解できるようなものであった、というのが通説的見解のようです。角度を変えて言えば、『論語』は一個人が始めから明確な意図をもって書き下ろしたものではないと言うことです。孔子は春秋時代の人ですが、戦国から秦による統一を経て漢の時代には『論語』を学んだという記録もあり、特筆すべきは前漢末に伝承されている各種の文献記録を編纂し直す作業が行われたことで、『論語』を三系統にまとめたことです。この三系統は後漢の鄭玄によって最終的に統一されます。少し話は変わりますが、漢代において『論語』はどのように学ばれていたのか、ということについて。孔子は周公の時代を目指すべき理想社内と位置づけ、さらに古代の聖君の理想社会の状況と理想社会の崩壊の原因を知る手がかりとして六経、つまり『詩』『書』『礼』『楽』『易』『春秋』を非常に大事にしました。弟子たちもこれにならったため、後世では孔子の教えを奉じる者は、当然六経をしっかり学ばねばならないとされていました。それでは、前漢時代にこのような六経や『論語』がどのように学ばれていたかと言うと、当時の人びとが学習した主要な目的として考えられるのは、経典の奥義を究めたい、というようなことではなく、もっと現実的に、政治的議論の際に、これらの経典の文句を適切或いは巧妙に引用して、説得力を高める点にあったようです。学習の方法も、原文に習熟する以外に、議論の中で原文を応用・活用する技術を練習することになります。

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