無料ブログはココログ

« あるIR担当者の雑感(6)~パワーポイントへの懐疑 | トップページ | 河合忠彦「ホンダの戦略経営」(4) »

2010年11月 5日 (金)

松宮秀治「芸術崇拝の思想」(7)

4章「民族」「歴史」との一体化(つづき)

芸術の概念は「文化」のドイツで逸早く成立しました。その理由としては芸術を人間の教養財とみなそうとする考え方の土台が整っていたことと芸術を「民族」「歴史」「文化」「自由」という概念と結び付けることができたからでした。例えばヘーゲルは『美学講義』において芸術は実利的・功利的用途に従属することから脱し、自律的価値体系のもとで自らの目的にのみ従うという「自由」を獲得した。このことは、芸術自らが最高の課題を担い、使命を自覚することで人間性の高貴さ崇高さへの関心が呼び覚まされる。それは人間の内面に宿る神性の発見と表現につながる。これは人間を神に高めることに他なりません。

一方、ドイツの民族意識は実際にどのように形成されていったのかというと、プロシアが18世紀末にナポレオン戦争に敗北した時に、シラーやフィヒテは戦いは敗北したが、それは民族精神の敗北ではないという宣言します。実は、ナポレオンによって戦争は為政者たちの戦いから国民の戦いに変質したことをシラーは誰よりも先んじて認識したからこそ、そのような宣言をせざるを得なかった。フィヒテはこれをさらに進めてドイツの民族的な優位を説くに至ります。彼らは、現実のドイツが国家的に統一されていなかったかもしれませんが、「国家」や「国民」に信頼をよせず、「民族」に信頼を寄せ、その民族は「言語」を拠り所とし、共通の歴史、文化を有するものです。

著者は芸術の神格化が「民族」や「歴史」を呼び寄せ、「芸術」「民族」「歴史」の三位一体としの神格を獲得していったのは、既に啓蒙主義時代に芸術家の個性のというものが、人類という普遍的概念を背景とした選ばれし人と同義語であって、新しい価値の創造者としての特権が含まれていた、つまり、普遍的な「民族性」「国民性」とつながりをもつものでした。この後、ロマン主義の時代に移ると芸術家個人、天才が「民族」「歴史」と分かちがたく結合していく。一方、このことは「政教分離」という新しい政治文化の原則を樹立される基礎となりました。例えば、フランス革命の政治変革は、人間の存在様態全般にかかわる「政治文化」の更新という広い領域にわたりました。これはアンシャン・レジームの政治文化から、啓蒙主義が求めたような宗教的寛容、身分的障壁を排した市民的平等、神授的王権に代わる議会制民主主義、そして人民主権の共和制の確立に向かい政治意識と政治風土の涵養と形成のことです。そして、フランス革命以後、ヨーロッパの政治文化は宗教的モニュメントを無用化させ、代わって国家のモニュメントの建設を推進します。それは広義のミュージアムに包括されるものです。近代の国民国家は国民を代表し、象徴する英雄をもって新しい近代の神話を創造するのです。これは中世の殉教者、聖人とは違う「文化英雄」という特異な存在者です。なぜ特異かといえば、彼らは概して生前には名声とはほとんど無縁で、国家によって顕彰され、国家の栄典制度の中で偉業が認証された存在だからです。さらに、さきほど述べた広義のミュージアムの中には史跡、モニュメントも含まれ、その代表的なものとして、唯一キリスト教的伝統を引き継ぐ「戦没者碑」あるいは「無名戦士たちの墓地」があります。これは殉教者や受難者を慰霊するための慰霊廟を近代的に改変させたものと言えます。

一応ここまでで、本書の分析というのか、著者による議論の展開は終わります。この後の第5章制度化された芸術は、結論としてこれまでの議論が反復されるようなところで、最終章の芸術崇拝の行方は著者の考えというのかコメントが述べられていきます。これまでも何回もかきましたが、そこで語られる個別のエビソードや脱線は大変興味深く、面白いものです。例えば、小林秀雄の「美を求める心」の中で、したり顔で虚心坦懐に芸術に触れるということの裏面に潜む傲慢不遜さを抉り出すところなど喝采ものです。結論に至っては、これまでの例のとおりに、この一連の投稿を読んで興味をもてるようでしたら実際に著作を手にとって読んでみて下さい。いろいろ書きましたが、私は、期待を裏切ることのない著作だと思います。

« あるIR担当者の雑感(6)~パワーポイントへの懐疑 | トップページ | 河合忠彦「ホンダの戦略経営」(4) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 松宮秀治「芸術崇拝の思想」(7):

« あるIR担当者の雑感(6)~パワーポイントへの懐疑 | トップページ | 河合忠彦「ホンダの戦略経営」(4) »