スコット・パタースン「ザ・クオンツ 世界経済を破壊した天才たち」
2000年あたりに始まったヘッジファンド・ブームの中で、莫大な金を稼ぎ続けたクオンツと呼ばれる人たちのドキュメンタリーです。クオンツというのは、複雑な数理モデルを使って市場で儲けようとしたファイナンスのプロたちです。
物語は2006年のウォールストリート・ポーカー・ナイト・トーナメントから始まります。これが、クオンツたちの姿勢というのか、基本的な考え方を象徴しているように思えます。クオンツたちの先駆者としてエド・ソープという数学者はブラックジャックの最適戦略を確立計算により数学的に理論化してみせ『天才数学者はこう儲ける』という本を出版し、実際にラスベガスのカジノに乗り込み、大儲けしてみせる。その後、彼はファンドを設立し、成果を上げ続ける。クオンツたちは、このエド・ソープの著作や理論の影響を受け、言ってみれば、彼の系譜に連なる人々といってもいいでしょう。ポーカーといいブラックジャックといい、言うならば、賭け事、勝負事、で負けないために確立計算をもとに、最適な賭け方を探るということ、これを投資にも用いたというのが、彼らの基本姿勢のように思えます。
1827年に顕微鏡で花粉を観察していた植物学者ロバート・ブラウンによって発見されたブラウン運動は、花粉の粒子が不規則に、ひっきりなしに動く様子を表わしている。数学的には、この動きはランダム・ウォークと呼ばれ、将来の動き、右か左か、上か下か、が予測不可能なことを言う。しかし、ブラウン運動の期待値は大数の法則を使って予想することができるといい、それは正規分布曲線で表わすことができるといいます。大数の法則とは、ある事象について、そのサンプル数が増えれば増えるほど、より平均値に近づいていくという法則です。このようなランダムな動きは市場の将来の動きに見られるとして、効率的市場仮説が唱えられ、これらをベースにクオンツたちが数理的な計算によって投資をしていくことになります。
私流に独断と偏見でこんなものだと解釈してみると、例えば、競馬の馬券を買おうとして、当たり馬券の倍率から計算をして、どの馬券をそれぞれ何枚買えば、全部の馬券を買って、どのような結果になっても損をしないような買い方ができるのかというようなことだと思います。このような買い方では、儲けは薄いでしょうけれど、沢山の馬券を買えば、リターンも応じて額が大きくなるというものです。実際には、馬券を全部買うというとロスがおおきいので、勝つ可能性が万が一にも考えられないような馬券は外していって、より効率的な買い方にしていく、というようなものではないか、と思います。これを投資でも行ったというべきか、例えば、コンピューターが何千種類もの株の相関関係を記録しておいて、その長期的な相関関係が崩れ瞬間をコンピューターが探索し、崩れた関係が修復する方向に投資を行うという手法、スタティスティカル・アービトラージがそうです。
でも、これって、私の理解が浅いから誤解なのかもしれませんが、昔から日本でもやっているチャート分析と基本的な発想は、たいして変わらないで、手法を洗練させたものというものに見えます。私の仕事がIRということから、このような通俗的理解から云々を言うのは、軽薄かもしれませんが、私が捉えている投資の本来的目的から外れて、投資の結果生じる利益を掠め取るようにしか思えないのでした。
そして、2007年8月のクオンツ危機で大損失をこうむり、かれらがITバブル崩壊以後営々と稼いできた利益を、この僅か数日のうちになくしてしまったのでした。その理由は、彼らのような賭け方が儲かると分かって追随する人が増えたことにより、これまでの傾向が大きく変わって、彼らの有利性がどんどん薄くなっていったことによると思います。
彼らの動機は、勝負に勝つとか、賭けに勝つことにあるようで、彼らは莫大な収入を得ましたが、それも金が欲しいという欲望というよりも、賭けの結果の数字がつみあがることが動機のように思えます。単純化して言えば、子供の遊びですね。だから、彼らが成功して金持ちになったときの金の使い方、行動が子供じみているのでした。
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