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2010年12月 8日 (水)

King Crimson 「Earthbound」

Earthbound 音質は悪く、演奏にもムラがあります。しかし、一曲目の21st Century Schizoid Man、キングクリムゾンのマニュフェストともいっていい曲、この曲の演奏だけでこのアルバムの価値は十分にあると思います。それほどまでに、この演奏は素晴らしい、凄まじい。同じバンドの太陽と戦慄に関しての投稿のところで、ロックと言う音楽には初期衝動のようなものがある、というようなことを書きました。しかし、それは単なる衝動であって、一度発散すると衝動は収まっていくもので、多くのロックバンドはデビュー曲が一番素晴らしく、あとは尻すぼみのように衝動が萎えて、パワーを失っていく。太陽と戦慄はそれを精緻にコントロールして、聞き手にも衝動を起こさせるような、煽りまでやってみせた。と言うようなことを書いたと思います。しかし、これは如何にうまくやったとは言っても、初期衝動を絶やさないというような保守的な姿勢が、どうしても拭えないものです。どこか守りの姿勢が感じられるのです。これに対して、アースバウンドでの21st Century Schizoid Manの演奏は、そんなことも吹っ飛んでしまうような衝動の塊のような演奏です。とはいっても、単に絶叫しているだけ、にとどまらない音楽的に昇華されたものであるのですが(そこが、また凄い!)

メンバーは「Lizard」や「Islands」の当時のメンバーで、この2枚のアルバムは、どちらかというとスタティックなイメージが強かったのです。しかし、ここでの、とくに管楽器を扱っているメル・コリンズが言うなれば、 “逝っちゃった”“ブッ翔んだ”状態にあります。冒頭の有名なフレーズがひとしきり演奏された後、すぐに即興パートに移りますが、「In The Court Of Crimson Kingでの整った演奏とはかけ離れたものになっていきます。メル・コリンズのサックスは聴いていてフレーズが把握できないほど目まぐるしく、即興的に音が紡ぎ出してきます。周りのメンバーも当初はついていけないほど。徐々に、メル・コリンズの煽りを受けて、他のメンバーも狂い出して、ベースやドラムスといったリズム部隊も突っ走りはじめます。ここで凄いのは、個々のメンバーが個々に即興に走っている様で、実は同じ方向を向いているので、バンドとしてのまとまりを辛うじて保っていて、崩壊しそうで崩れないという、演奏全体に凄まじいスリルと緊張感が漲っている点です。ここでは、ロバート・フィリップは陰に隠れてしまっているようです。で、最後に各々で即興していたのがおきまりの21st Century Schizoid Manのフレーズで再びまとまったときの、まるでピンぼけだったレンズの焦点がピタリと合ったときのような圧倒的なカタルシスで演奏は終わります。(よくもまあ、終わったものだと思う)これは、本人たちも意図してできるような演奏ではないと思います。何かの拍子で演ってしまった、奇跡的な瞬間だったのではないかと思います。

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