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2010年12月19日 (日)

小田内 隆「異端者たちの中世ヨーロッパ」(6)

12世紀、グレゴリウス改革が終息に向かうと、ローマ教会による秩序の創出という求心的な動きと、拮抗するようにヨーロッパ各地で多様な宗教生活の開花という遠心的な動きが起こります。例えば、聖書の理想を追求する多様な宗教共同体が登場したことが挙げられます。フランス西部の陰修士運動から始まり、聖職者・修道士・一般信徒を問わない多様な集団が、福音書的清貧の教えを説き、使徒のような共同生活と福音説教を実践しました。このような動きから、シトー会やプレモント会などの多くの新しい修道会や聖堂参事会が設立されました。また、一方で商業・貨幣経済の発展を背景に、都市では新しい経済ばかりでなく、新しい文化と心性が生成し始めました。そこでは早くからラテン語の読み書きができない一般信徒の間にも文書やテクストに関する関心が高まり、商人をはじめとしたエリート層は俗語による読み書きに加えてラテン語訳聖書にも説教を通じて触れる機会を増やしていました。彼らのような一般信徒にもテクストに書かれた神の言葉に対する関心が高まりました。このようなニーズに応えて、カリスマ的な説教師が教会の周縁や外部で聖書の教えを説き、自律的なテクスト共同体を創り出しました。

しかし、このような多様性の受容には信仰における統一という明白な限界があり、ローマ教会が形成する秩序の枠内では許される選択も、それを越えると「異端」の烙印を押されることになりました。ローマ教会への服従が信仰と区分されにくくなるなかで、「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません」という逸脱者の宣言は、不可避にローマ教会の提示する支配的現実からの離脱の第一歩につながりました。このような動きを背景に、14世紀にかけて、カタリ派、ワルド派、聖霊派という三つの大きな異端が起こります。これらは教会の真理の権威を根源的なレベルで脅かし、最も危険視された存在でありました。

真理の権利は4世紀までに司教を中心とした聖職位階制として制度化されていました。そしてグレゴリウス改革の「教会の自由」により、聖職者を世俗の穢れから浄化し、彼らの儀礼による象徴的な力を確立し、それを社会全体に及ぼすこと、例えば聖体の秘蹟によって聖職者はキリストと象徴的に一体化し、その立場から信徒を聖体に結集し、協会の統一を創り出す。そして、このような象徴的な身体は教会内にととまらず、社会的身体への拡張され、世俗社会に対する象徴支配に向かいました。さらに「はじめに言葉ありき」の言葉どおり、キリスト教は受肉した神であるキリストの言葉を伝える宗教であり、この解釈権を教会が独占しました。このような象徴的身体と神の言葉の独占による象徴支配が現世改宗への方向転換とともに世俗社会に及ぼされとき、宗教は権力として形成され、特権・寄進・課税・裁判権等からなる財を基礎とする組織体へと変貌します。教会は管轄下にある財を世俗の俗物財と峻別し、霊的財として、その富と権力を正当化しました。しかし、霊的な領域と俗的な領域に明確な線引きは難しく矛盾と葛藤は避けられません。それは、とくに三つの社会・文化的トポス、身体・言葉・富において文明を構成する基礎的な場面で生じました。それは、先ほどの三つの大きな異端に象徴的に見ることができると筆者は言います。

本書は、ここで三つのケースを詳細に追いかけますが、ここでは触れません。私の興味も、本書の主な目的も、例えばカタリ派とは何か?という問に答えることではなくて、キリスト教という宗教のなかで、異端という現象が生まれてきた構造的な原因と、異端と正統の相関関係、異端を生むことにより正統が強化されてきたというような構造にあると思うためです。この三つのケースは中世カトリック教会が内部に抱え込んだ矛盾と葛藤が渦巻く三つの歴史的トポスにおいて、カトリック教会とは異なった方向に解決の道を求めた人々が選び=異端の当事者となっていったわけです。

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