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2010年12月20日 (月)

小田内 隆「異端者たちの中世ヨーロッパ」(7)

こんどは支配エリートからみれば、異端の「選び」とは神の真理の絶対的な否定に他ならず、異端は悪魔の手下であり、教会が地上に確立しようとしている秩序への攻撃と映りました。言うまでもなく「異端」のスティグマは教会によって貼りつけられるものであり、何をもって異端とするかは教会によって定義される。その意味で、異端問題には最初から権力関係の問題が内在していたと言えます。グレゴリウス改革以降、教皇首位権が信仰領域ばかりではなく、規律領域にも拡張され、ヨーロッパ社会に対するヘゲモニーの主張となったことは、権威への服従がますます強調され、「異端」のスティグマも対象の内実以上に、それとの権力関係(=不服従)によって規定されるようになっていた。教会が社会を包摂するキリスト教社会においては、様々なタイプの逸脱が「不服従の異端」の地平にとり込まれることになったと言えます。この関連では政治的な理由で「異端」と非難された膨大なケースが見いだされます。とくにローマ教会と政治的に対立し、「教会の自由」を侵害するとされた個人や集団が、しばしば異端非難の対象となりました。このような動きは、さらに1199年の教勅によって異端はローマ法への反逆罪と同一視されるに至ります。著者は次のように言います。“すべての異端は神とキリストの神聖尊厳に対する「反逆罪」であり、教会の「つなぎ解く力」を一身に体現する教皇の至上権に対する「反逆罪」である。それは教会/キリスト教世界というキリストの「神秘体」を冒瀆することに他ならない。これによって異端はキリスト教世界の最大の敵となり、この世界の「悪のヒエラルヒー」の頂点に位置づけられる.性的逸脱(とくに同性愛)・高利貸・魔術使い・神への冒瀆・改宗ユダヤ人・偽誓者・「教会の自由」の攻撃などが異端非難の対象となり得たのは、なんらかの意味で神と教会の「神聖尊厳」に対する侵害として観念されたからである。いずれにせよ、ここに異端は「反逆罪」として観念され、「陰謀」という権力の悪夢と結び付けられた。”そして、異端に対する戦いは異教徒イスラームに対する戦いと同じように聖戦=十字軍とみなされるようになる。一方、異端に対する言葉の戦いの面でも、ドミニコ会やフランチェスコ会の説教師が異端と同じように裸足で物乞いしながら、放浪の説教生活をすることにより異端の「使徒的生活」に対抗する清貧の説教師として振舞いました。彼らは教会の制度構造の中に統合され、説教と告白を担うばかりでなく異端審問の担い手となっていきます。ここに、説教・告白・異端審問という三重の形をとって、異端に対する戦いが成熟したと言えます。例えば、説教は新たに組織化され、かつ戦闘的な色彩を強めました。説教は言葉による説得であると同時に、異端の恐怖を煽るレトリックによって迫害の心性を醸成し象徴的暴力として機能していました。

異端は、教会の言説によって農場を荒らす動物や疫病、ここから拡大して反自然としての悪魔の手先まで、様々なメタファーで語られました。これらはすべて迫害者の想像力の産物と言えます。しかし、それはR・ジラールが「迫害文献」と表現する、明らかに事実を歪めているが「暴力を渇望する特有な想像力」を語っているテクスト群に属する。つまり、そうしたテクストの背後には、馬鹿げた噂にも飛びつく興奮した集団心理が読み取れる。さらに、ジラールの議論にしたがえば、そうした状況を生み出すのは、相互に模倣し競合する過程で生じる秩序解体の危機であった。つまり、「使徒的生活」という同一の福音書モデルをめぐって多様な宗教諸集団が競合していた。修道会も一般信徒もカタリ派も、自らこそが真の「使徒的生活」の模倣者であると考えた。つまり、そこには一つのモデルをめぐる激しい模倣の競合が存在していた。12世紀の宗教文献は「どちらが真の使徒的生活か」「どちらがより良いキリスト教的生活か」をめぐる熾烈な論争に満ちている。やがて、この激しい模倣の応酬の結果、相互の間に差異が消失の危機が立ち現われ、キリスト教世界の秩序は脅かされる。ここに「身代わりの山羊」のメカニズムが働く。ある逸脱者に混乱と危機のすべての原因(=罪)が帰せられ、他のすべての者が一致して彼を犠牲に捧げる。迫害者たちは想像力の働きの中で犠牲者を冒瀆的犯罪を犯した怪物的存在に変貌させる。「不服従の異端」の地平を覆う「悪魔の陰謀」のイマジネールの前では、カタリ派・ワルド派などという異端者の「選び」、彼らの固有の声は沈黙に付され、モノトーンの漆黒の闇に塗り込められてしまう。そこから、異端審問という排除のメカニズムが現われてくることになります。

異端審問はそのための新たな権力の舞台を提供します。まず。異端審問官は異端者を追跡し、捕らえる。続いて、密室の闇の中で、監禁と拷問の恐怖をちらつかせながら、「真理」、つまり異端の罪を告白することを迫る。この一連のプロセスにおける手続きや技術が精錬された。最後に、異端審問官は総説教において信徒の前で判決結果を公示し、「真理」と「誤謬」の所在を可視化する。異端審問は、言葉・振舞い・イメージを駆使した排除と統合の儀礼であり、教会の宗教的メッセージを信徒に伝えることによって、教会の象徴支配を確立する演劇装置と言うことができると筆者は言います。とくに、異端に対する判決、その罪と懲罰の告示の機会に、このドラマが仕立てられている。中世ヨーロッパの裁判は公開の場ですべての人々の前に儀礼的に演じられたスペクタクルであった。これは一般信徒の生活が日常の教化活動の対象として本格的に意識されてきたことにより、彼らの生活にキリスト教的な規律と枠組みを与えることが緊急的な課題として認識されてきたことに応じて、機能したと言えます。このような背景から見れば、異端審問の総説教のスペクタクルは司牧の「新しい言葉」を身につけた托鉢修道士による、断罪と悔悛の演劇であったと言えます。

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