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2010年12月16日 (木)

小田内 隆「異端者たちの中世ヨーロッパ」(4)

中世キリスト教は古代末期のアウグスティヌスやヒエロニスム等によって思想的に準備されました。4世紀までに明確になった「異端」とは、聖書を恣意的に解釈する、つまり、聖書から恣意的に教えを「選ぶ」という行為が「異端」されました。「異端」とは人間による「選択」の結果であったといえます。アウグスティヌスはこれに加えて、異端者の「頑固さ」「執拗さ」を強調しています。異端には知的な側面(教義的誤謬)ばかりでなく、意志的な側面(頑固さ・執拗さ)があると言います。言い換えれば、単に真理を否定するだけでなく、真理を制定する権威に不服従が問題となるのです。このことが異端弾圧という強制力の介入を導きいれる契機ともなります。つまり、異端の本質が頑固さにあるならば、カトリック教会の統一に由来する真理への挑戦であり、したがって「無理にでも人々を連れてきて」教会の統一に復帰させなくてはならない。それは「迷える羊を群れに戻す」教会の規律権力の現われであり、迷える羊にとっては「甘やかしてだますよりは、厳しくして愛するほうがよい」と、人間の罪深さという頑なな習慣の壁は恐怖や強制や外的な制約によって「柔軟化」させる過程によって克服されなければならないからです。そのための手段として、皇帝という世俗権力が行使されました。

しかし、4世紀末に西ローマ帝国はゲルマン民族大移動のなかで崩壊し、数世紀の間政治的には支配的なヘゲモニーのない状態が続きます。中世ヨーロッパが成立に向かうこの時期、異端の問題は表向きは発生しませんでした。中世における異端の発生は11世紀に中世ヨーロッパの封建社会が確立し、教会がグレゴリオス改革により中世教会として成熟するのを待って起こります。その際の異端は古代とは異なった形をとり始めます。それを規定した歴史的条件として、次の点が考えられます。

     中世ヨーロッパではキリスト教のテクストを読めるのは一部の聖職者の手に握られていた。このようなリテラシーの復興、つまり、聖書に対する関心が民衆の間に芽生え、年の発展とともに文字文化に親しむ俗人口の拡大を背景に中世の異端史は始まると言ってよい。

     中世ヨーロッパは各地の領主が支配する権力の分散した社会で、教会のヘゲモニーは文化的にばかりでなく、政治的・社会的にも規定されていた。

     カトリック教会が社会的現実についての解釈権を独占していた。政治・経済・倫理など世俗社会のあらゆる領域に教会が介入し、多大な影響を及ぼしていた。

このような変化に伴い、古代キリスト教の異端は常に複数で語られていたものが、カトリック教会という真理の権威から逸脱する選択はすべて誤謬とみなされ、異端となる。個々の選択は「異端」のスティグマによって漆黒に塗り固められ、否定的ステレオタイプに還元され、「悪魔の陰謀」の物語として単数形で語られるものとなりました。

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