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2010年12月13日 (月)

小田内 隆「異端者たちの中世ヨーロッパ」(2)

「異端」を選択というキーワードで見、そしてレッテルを貼るという形成過程で見ていくと、異端者=選択する側と、教会=レッテルを貼る側という双方向の物語として織りなされている。筆者は、こう言います。“中世における「正統と異端」の対立の歴史は、異端者と正統教会のそれぞれの側から紡がれた、二つの物語によって織りなされている。まず異端者自身の物語がある。まず異端者自身の物語がある。キリスト教世界は決して一枚岩ではなく、様々な矛盾と多様性をはらんでいた。その統一の外観の背後にはキリスト教として生きる可能性が渦巻いていたのである。その中で彼らはカトリック教会とは異なった救済への道を選択した。つまり、異端者自身の物語とは「異端」という言葉の本来の意味にあたる、一つの立場の「選び」の物語なのである。本書ではいささかぎこちないが、これを「異端=選び」の物語と呼ぶことにしよう。これに対して、正統派教会の側からは同一の歴史がまったく異なった物語として語られた。すでに述べたように、「異端」という言葉は教会が創り出したスティグマである。したがって、そこから分泌される教会の言説は徹底してネガティヴなものとなり、異端を「悪魔の陰謀」として語る物語となった。この支配的な言説は「異端」というスティグマによって異端=選びの物語としての異端者自身の言説を闇に葬り、隠蔽してきた。”

では、このような中世の異端の舞台はどのように形成されてきたのか、「異端」とは教会の正統的な信仰からの逸脱であることは間違いないにしても、何が信仰からの逸脱かという理解のあり方はキリスト教の歴史を通じて変化してきた。つまり、「信ずること(=真理)」にも歴史があるのであり、それに応じて「異端であること(=誤謬)」の意味も変化するわけで、この関係性を筆者は「正統と異端の地平」と呼びます。

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