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2010年12月14日 (火)

小田内 隆「異端者たちの中世ヨーロッパ」(3)

「異端」の語源であるギリシャ語のhairesisは決して否定的な意味合いはなく、当時の東地中海のヘレニズム世界では多様な哲学諸派が競合し、宗教混淆が活発に起きていたと言います。そのような中でのhairesisは「選択する」を意味し、さらに特定の政治的立場や党派、とくに哲学の学説・学派などを意味していました。しかし、パウロにより、イエスの福音が地中海世界に広がるとともに、キリスト教徒の共同体内でこの言葉は新たな意味を帯びてくるのです。すなわち、共同体の一致を脅かす内部分裂を意味し、明らかに非難の言葉となっていきました。古代末期の地中海世界を政治的に支配していたのは古代ローマ帝国でした。しかし、ローマ帝国も末期になると、広範な政治支配は、人や物や思想の流動化をもたらし、都市や地方における伝統的な絆とそれを支えていた守護神の世界を緩やかに解体に導き、それに代わって皇帝や高官たちが社会的ヒエラルヒーの頂点に立ち、超越的な唯一神が求められるようになる。このようなニーズに合致していたのがキリスト教会の連帯と信仰と儀式の普遍性でした。超越的な神自身が人間となり天と地を結ぶ、キリストにおいて神性と人性が一致するという観念は、あらゆる差異を超越する究極的な連帯を象徴するもので、古代末期の流動化する社会で求められていた超地域的な連帯を指し示す社会的言説と成りえたと著者は言います。このような中で、キリスト教の共同体が分派するのは超越的な唯一性と相容れないものとなります。その経緯を著者は次のように言います。“パウロは唯一の心理の名のもとに、キリスト教をユダヤ教や異教から分離し、キリスト教徒の間で正しい信仰と誤った信仰を区別した。多神教的な世界ではこのように明確に真理の独占を主張することは一つの革新であった。そして、「異端」という言葉の創造は真理の主張の楯の半面であった。他のすべての信仰を他者化/異端化することによってキリスト教信仰の唯一普遍性は成り立つからである。ここで改めて強調したいことは、イエスの福音をめぐって様々な解釈の潮流が存在したこと、したがって、その中でのちのカトリック教会に連なる流れが普遍的真理の地位を独占するにいたったのは、あらかじめ決定されていた事柄ではなかったということである。初期教会が直面していた多数の可能性が渦巻く状況に「正統と異端」の対立という表現を用いるとすれば、それは事後的に確立した関係から遡及的にみてのことである。誤解を恐れずに言えば、生成期には複数の「キリスト教」の可能性があった(そして、おそらくつねにあり続けた)のではないだろうか。”そして、それを端的に示すのが2~3世紀にかけてキリスト教史上の最古最大の異端とされたグノーシス主義の運動です。ただし、グノーシス主義とは正統派の教会による呼称で、彼ら自身は自分たちこそが真のキリスト教徒であると主張していました。この当時(2~3世紀)のキリスト教には多様なカリスマ的指導者と多様な聖書が存在し、複数のキリスト教の可能性と選択肢が渦巻いていたと言えます。キリスト教内部での論争を通して「異端」というスティグマが結晶化され、グノーシス主義は「異端」として決定的に退けられ、キリスト教徒は異質な反対物として封印されてしまいました。これに対して、「キリスト教」の名は自らを「カトリック」つまりは普遍的と規定する教会によって排他的に独占されることになりました。これは、ローマ帝国によるキリスト教の国教化の過程とも重なるものです。さらに4世紀までに、教会組織の形成に伴い、司教を中心とした聖職者のヒエラルヒーによる新たな教会指導層が聖書の真理を解釈する権威となっていきます。この権威はイエスによって使徒に与えられ、特にペテロから継承されたものとされ、司教の合議体によって確かなものとされました。つまり、真理の権威の制度化が進められていったわけです。これに伴い正統教義の文書化が進み唯一の真理を生み出すカトリック教会が5世紀には確立します。

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