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2011年1月

2011年1月31日 (月)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(9)

次に、他の理論にRBVを持ち込んだ例の一つとして、ゲマワト=ピサノ理論を検討する。彼らは、企業環境が安定的な場合とタービュラントな場合に分けて議論している。ここでは後者の部分を取り上げて検討する。このような環境に適合する戦略とはどのようなものか、それは3つのダイナミック・テストをクリアしなくてはならない。まず第1のテストは、“その理論は時間の経過と共にどのように構築されていくかについての一貫した説明を提供できる”というもので、第2のテストは“その理論は、模倣の脅威に直面したときの付加価値の維持の仕方を説明できるか”であり、第3のテストは“その理論は企業環境における変化にいかに対処するかについての有用な洞察を提供できるか”というものだ。これに基づき、かれらは既存の理論を分析する。その上で、不確実性に対処するための強力なアプローチは、“成功の確率を高める、また大きなコミットメントは不可避の予期できぬチャレンジに直面した場合に、企業をたじろがせるのではなくむしろ向かっていかせる”優れたケイパヒリティを開発することである。それは具体的にはティースらのダイナミック・ケイパピリティに他ならない。この理論もティースらの理論と同じように評価できる段階にない。

最後にサンチェスの戦略的柔軟性+RBVの理論を検討する。ハイテク産業において、より多くの新製品を導入し、より広汎なラインを提供し、より急速に製品をグレードアップすることによって変化する技術的及び市場機会にかつてなく素早く反応するという柔軟性を備えた登場した。このような企業行動を可能にしたのが、戦略的柔軟性だ。ダイナミックな環境では企業が競争優位性を獲得するには、製品市場での競争を可能にする代替的行為案、“戦略オプション”、という形での戦略的柔軟性を作り出さなくてはならない。戦略的柔軟性は企業にとって利用可能な“資源の固有の柔軟性”と、これらの資源を代替的行為に用いる上での“企業の柔軟性”に同時に依存している。“柔軟な資源”とは、より広汎な製品に使えるもの、ある製品から別の製品への用途の転換のコストがより小さいもの、ある製品から別の製品への用途の転換の時間がより短いもののことである。また、“柔軟な調整”とは、製品戦略の再定義、資源の有効な再利用などにおける柔軟性を意味する。このような柔軟性をもたらしたのは、近年の2つの変化で、ひとつは“資源の柔軟性”をもたらした技術変化(情報技術と製品デザイン)であり、これらは製品アーキテクチャが標準化されたモジュラー部品によって構成されるようになったためである。また、技術変化によってもたらされたプロセス及び製品の柔軟性である。もう一つは、このような技術の変化が同時に“柔軟な調整”という経営革新をもたらした。具体的には①モジュラー・デザインにより開発・生産プロセスにおけるモジュラー組織の使用が可能になったこと、②CADDなどが企業間の迅速な電子的なインターフェイスとして使われるようになったこと、③モジュラー・デザインと情報技術の使用により、コンカレントな製品創出プロセスが可能になったことである。以上の議論に基づいて、サンチェスはダイナミックな製品市場での競争優位性を追求するための新しいドミナント・ロジックは、次の

5つであるとしている。①技術と市場機会との間のリアルタイムの媒介、②資源利用におけるダイナミックな効率、③コンピタンスの利用(レバレッジ)による多角化、④戦略的意思決定における柔軟性、⑤タービュラントな環境におけるダイナミックな均衡の達成。このようなサンチェスの理論の特徴について見ると、第1に、“戦略的柔軟性”という、そり自体資源にかかわりない視点にRBVの資源の概念を結びつけ具体的かつ説得的な理論を示したことがあげられる。ティースやゲマワトではできなかった[環境の変化→戦略の変化→必要な環境の変化]という因果関係についての明確な分析を加えている。第2に、ティースらのダイナミック・ケイパビリティの1つの具体化と見ることが出来る。サンチェスの戦略的柔軟性の概念は新製品の創出能力に関するものであり、その柔軟性の増大は、需要不確実性に見舞われた企業に対して強力な対応手段を提供するからである。また、それは新製品を投入して環境自体を自己に望ましい方向に変化させることを中心とするものである。ただし、戦略的柔軟性をCADDなどによる開発・生産プロセスでの柔軟性だけに焦点を当てているため、対応できる需要不確実性のレベルが限定される点が理論の問題点であろう。

2011年1月30日 (日)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(8)

第4章 ダイナミック・ルール(2)

前章に続きダイナミック・スクールの残り2つについて検討する。まず、法則スクールは、スタティック理論の一般化によってダイナミック理論を構築しようと言うものと考えていい。その代表的な試みとしてタヴニの理論を検討する。タヴニによれば、今日の企業環境は“ハイパー・コンピティション”、伝統的に競争と考えられてきたものを超える激しい競争、の状態にあり、伝統的に企業の競争優位性の源泉と考えられてきたものが無力になってきており、新しい競争優位性の源泉を見出さなくてはならないという。そこで、タヴニの提示するのが、“ダイナミックな戦略的インタラクション”という視点である。これは長期間にわたる競争企業間での行動と反応の連鎖であり、これを理解することが優位性の源泉を明らかにする出発点となる。その軌跡を特徴づけるのは2つのタイプの競争のエスカレーションである。第1のタイプは4つの競争舞台内でのエスカレーションである。4つの舞台とは伝統的な優位性の源泉であり、コストと品質、タイミングとノウハウ、要塞化、資金力を指し、それぞれについて形成されるエスカレーションである。第2のタイプはそれら舞台間のエスカレーションである。現実のエスカレーションはこの2つのタイプが組み合わさって生ずる。ハイパー・コンピティションに於ける成功は、現状を破壊するための、また現状を破壊しようとする他企業に対抗するための一連の新たな優位性を展開できるかどうかにかかっている。そのための処方箋としてダブニの新7-Sフォーミュラを提示する。すなわち、(1)優れたステークホルダー満足、(2)戦略的予言、(3)スピードへのポジショニング、(4)驚きへのホジショニング、(5)競争ルールの変更、(6)戦略的意図のシグナリング、(7)同時的かつ連続的な戦略攻撃で、企業が成功するためには、それらのいくつか、ないしすべてを用いなくてはならない。この理論の特徴は、第1に、より内容的でしかも一貫した体系として構成されていて、それだけ説得的であること。第2にポーター理論を特殊理論とする一般的なダイナミック理論となっていること、これらのことから、競争不確実性に関するダイナミック戦略論として優れているが、需要不確実性に適用するには不十分と言える。

最後に残ったプロアクティヴ・スクールを検討する。これに属する修正RBVスクールをとりあげ、そのうち既存のRBVの中からいわば自己改革としてそれを行おうとするものと、他の理論にRBVを持ち込んでそれを成し遂げようとするものの2つのタイプがあり、まず、前者のタイプとしてティース=シューエン理論を検討する。そこではまず、半導体、情報サービス、ソフトウェアなどのハイテク産業におけるグローバルな競争は、競争優位性がいかに実現されるかについての新たなパラダイムを必要としている。しかし、既存の戦略論のパラダイムは、企業が既に持っている競争優位性をいかに維持するかについての分析はできても、このような急速に変化する環境で新たな競争優位性を構築できるかについての分析は不得手だからである。そこで提示されるのが、RBVの拡張としてのダイナミック・ケイパビリティ・アプローチである。先に述べた競争の勝者となったのは企業内外のコンピタンスを効果的に調整し転換する経営能力(ケイパビリティ)を備え、タイムリーな反応と急速で柔軟な製品イノベーションを実現した企業であった。この新しい形の競争優位性を実現する能力がダイナミック・ケイパビリティである。ここには2つの新たに重要な局面が込められている、“ダイナミック”とは、変化していく企業環境との適合を実現するためにコンピタンスを更新する能力を意味し、“ケイパビリティ”とは、変化していく環境の要請に適合すために、企業内外の組織的スキル、資源、職能的コンピタンスなどを適切に使用・統合・再構成していく上で、戦略的マネジメントが主要な役割を果たすべきことを強調するものである。この理論の特徴として、次の2点があげられる。第1に、既存のRBVが不十分だという認識の上に立って、本書と同じような評価に立っていること、第2に、ダイナミック・ケイパビリティ・アプローチの中身については何も示していないことだ。だから、この理論に対する評価が出来る段階にはない。

2011年1月28日 (金)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(7)

そして、それ以外の理論としてアイゼンハート=サル理論を検討する。まず、“ファースト・ムービング・マーケット”、つまり変化のスピードが速いマーケットという視点を導入する。これはニュー・エコノミーのニュー・ビジネスに典型的に当てはまる。この理論の前提として、今日の経済環境の最大の特徴は変化のスピードが速いことで、伝統的な戦略論では対応できない、つまり市場の変化に追いつけないという認識がある。そこで提示されるのがシンプル・ルール理論である。ファースト・ムービング・マーケットで競争優位性を得るための最大の機会はまさに市場の混乱の中にあり、混沌の中を突き進んで逃げ足の速い機会を捉えるためには、キーとなる戦略プロセスも、ルールも少ない方が好都合だからである。その内容は次の5つのカテゴリーに分けられる。第1はハウトゥー・ルー、あるキーとなるプロセスについてそれがユニークとなるように遂行の仕方を決めるものである。第2がバウンダリー・ルール、境界条件を決めたものであり、多くの機会の中からすばやく選択するのを容易にしようとするものである。第3がプライオリティ・ルール、競合するいくつかの機会に資源を配分する基準を提供し、決定を容易にするためのものである。第4にタイミング・ルール、キーとなる戦略プロセスのリズムをセットし、生まれつつある機会や会社のほかの部署のペースに経営者を同期させるものである。そして、第5に退出ルール、古くなった機会から退出するのを助けるものである。これらのルール戦略の適用関する注意点としては、第1にルールの数は多すぎても少なすぎてもいけないこと、第2にルールを頻繁に変えないこと、第3にもととなる戦略プロセス自体が古くなった場合には、もとを変えること、つまり、シンブル・ルール戦略の優位性は短期的なことを前提とすべきであること。このようなアイゼンハート=サル理論の特徴は、ファースト・ムービング・マーケットという特定の産業(市場)を対象としているが、形式的・抽象的理論としての性格が濃いこと、企業組織については何も論じていないこと、環境の特質から出発して必要な戦略に至るまで一貫した論理で展開しているが、説得力が弱いことである。この理論は不確実性理論に依拠せずに不確実性型の理論展開しているが、技術革新の進展などにより新製品分野が切り開かれるという大きな環境変化と、それに伴う需要の構造的不確実性が明示的に扱われていない点ではもの足りない点が残る。

2011年1月27日 (木)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(6)

次に、マッキンゼー不確実性戦略論を検討する。ここでは、戦略形成のための環境分析は不確実性のレベルに合わせて行うべきだとして、不確実性を4つのレベルに区分し、それぞれについて分析手法を使い分ける。レベル1は、“確実な将来”で、戦略形成に十分な程度に将来を確実に予測できる確実性の世界であり、ボーターの競争要因図式などの標準的な戦略的手法を用いる。レベル2は“代替的将来”であり、ある選択肢から数個の結果がしょうずること、かつそれぞれの発生確率を推定できるような場合である。この場合には変数的シナリオを描けるので、それぞれの価値と確立を推定し、ゲーム理論などを用いてリスクやリターンを評価し決定する。レベル3は“範囲としての将来”であり、生じうる結果がある(連続的な)範囲で推定できるだけで、変数的シナリオを描けない場合である。シナリオの作成まではレベル2と似ているが、しかし、生じうる結果の全体を見渡す必要とポイントを絞る必要がある。レベル4は“真に曖昧な将来”であり、複数の複雑性の次元が相互作用しあっているために将来予測の手かがリが何もなくね範囲すら予測できない場合である。この場合は、できるだけ知りうる事実をシステマティックに考える。このような環境分析に続いて、戦略そのものの分析の枠組みを示す。それは戦略の中身に関するものと、戦略形成のダイナミクスに関するものから成っている。まず、戦略の中身を明らかにするために2つの次元を導入する。第1の次元は戦略的姿勢であり、これには3つのタイプがある。第1のタイプは構造形成であり、産業構造を自己にとって望ましいものにしてしまおうとするものである。第2のタイプは適応であり、現在の産業構造に適応していこうとするものである。第3のタイプは保留であり、環境がより確かになるまで様子を見守るというものである。そして第2の次元は行動である。戦略的姿勢を達成するのに必要な3つのタイプの行動を意味する。第1のタイプは大きな賭けであり、巨額の設備投資やM&Aのようなハイリスク・ハイリターンの行動である。第2のタイプはオプションであり、最悪のシナリオが生じた場合の損失を最小限に抑えつつ、最善のシナリオが生じた場合の大きな利益をねらうものである。第3のタイプは無難な行動である。続いて、以上のような戦略の中身を用いて不確実性の各レベルごとの戦略形成のダイナミクスが明らかにされる。まず、レベル1では大部分の企業は適応戦略をとる。そこで選択されるのは無難な行動といえる。レベル2以降では構造形成戦略は今冬から秩序を作りだすことができるが、レベル2では必要に応じてコースを変更できるようなオフションで補完することが求められる。また、適応や保留の戦略をとることも可能である。レベル3では、構造形成は特定の結果を実現しようとするものではなく、市場のおよその方向性を決定しようというものになり、大きな賭けに近いものとなる。また、保留戦略をとられることも多い。第4のレベルでは、構造形成戦略は相対的に低いリスクで高いリターンを得られる。保留は危険を伴うことがあり、オプションが必要となる。以上が理論の概要である。このような理論の特徴としては、第1に使える手法をすべて列挙している点でウォートン理論と同じだが、不確実性のレベルで使い分けようとした点で特徴的である。第2に、レベルを分けたと言っても不確実性の内容に即してではなく、不確実性の大きさによって分けただけで、原因まで立ち入ったものであない。第3に、戦略の中身の議論をしている点である。このようなマッキンゼー理論はダイナミック戦略論として①不確実性のレベルを分けていること、②そのレベルごとに戦略を使い分けるとしている点で、優れたフレームワークと言える。しかし、戦略的姿勢=戦略的意図のレベルに止まっているということは、その意図を具体的戦略として実現するにはいかにすればよいかまでは述べていない点も不満が残る。

2011年1月26日 (水)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(5)

第3章 ダイナミック・スクール(1)

1990年以降のアメリカ経済はITバブルへと突き進む。この時は、成長軌道に乗ったとは言っても、各企業にとっては技術革新、グローバル化、規制緩和、消費者ニーズの変化などの構造的変化が連続する中での困難なものだった。このような現実の世界の変化に合わせて戦略論もダイナミックな環境下での企業の存続・成長を追究するものが求められた。ここでは3つのタイプ、法則型、不確実性型、プロアクティブ型についてそれぞれ検討する。

まず、不確実性型については、ダイナミックな環境変化を不確実性のレベルで扱うもので、不確実性に関する戦略論以外のところで発展した理論を援用するウォートン戦略論、マッキンゼー戦略論、それ以外のアイゼンハートの戦略論を検討する。

まず、ウェートン・ダイナミック競争戦略論は、経営者は企業が置かれた競争状況を理解し、優位性の新しい源泉を見出し、競争相手がすぐには対抗できない戦略を作るための枠組みが必要であるとして、次のようなものを提示した。すなわち、ダイナミックな競争戦略のプロセスを、①変化しつつある競争環境における優位性の理解、②競争企業の行動の予測、③ダイナミック競争戦略の代替案の定式化、④それらの代替案の中からの選択の4つのサブプロセスである。そして、各サブプロセスで用いるレンズやツールとして、①ではいかなる優位性を作る必要があるかに関するポーター理論を中心とするS--Pアプローチと、その優位性をいかに作るかに関するRBV、②ではゲーム理論、③では代替案を考える際に考慮すべき重要な要素の検討の仕方が示され、④では様々なシミュレーション手法が提示される。この理論の特徴として次の3点があげられる。第1の点は環境の不確実性の中身を体系的に論ずることはせず、環境にはさまざまな不確実性があるので、とにかく使える手法は総動員しよう、という立場をとっているということである。第2の点は、①~④の戦略プロセスに即して各種の手法が整理されていることである。しかし、手法間での統合の努力はされていないため、各サブプロセスのどの手法を組み合わせれば全体として整合的な戦略策定プロセスになるかについては何も触れられていない。第3の点は、ゲーム理論に主役の座を与え、他の諸手法は副次的に扱われている点である。このようにウォートン戦略論には体系性がない。これはゲーム理論を応用して競争不確実性の戦略理論に当てはめ、あとは関係のありそうなものを寄せ集めたためで、実践的には重要かもしれないが、ゲーム理論を中心に据えたため駆け引きの側面に限定されてしまっている。そして、複雑適応系プロセスやダイナミック戦略能力といった概念が見られない、といった限界がある。

2011年1月24日 (月)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(4)

規範的戦略論の最後として、80年代後半に日本の企業進出によりアメリカ企業が自信を喪失していく中で生じてきたRBV(リソース・ベイスト・ヴユー:資源論)について取り上げる。RBVは企業の持続的競争優位性の源泉を企業が有する“価値があり、希少で、しかも模倣困難な各種の経営資源”に求める考え方である。この流れは、単一事業(専業企業)を対象とする研究と、多角化企業を対象とする研究に大別できる。まず、事業レベルRBVはバーニーの理論に代表されるが、戦略形成プロセスは環境分析と自社の強み・弱みの分析とからなる。環境分析はSWOT分析で言う環境の脅威と機会の分析に相当する。しかし、この環境分析には限界がある。それは、個々の企業の差異をごくわずかしか考慮していないことだ。ここで扱われるのは、企業が直面する脅威や機会における差異に限られ、具体的には規模の経済、製品差別化、生産コストなどにおける差異を反映するにすぎない。しかし、これらは戦略マネジメントで企業間の差異と見なされたものから見れば低レベルにすぎない。これを補完するのが、強み・弱みの分析である。この分析フレームワークとしてVRIO分析を提示するが、その前提として、企業を生産資源の束と考え、企業によりその束は異なり、これらの資源のうちあるものは模倣に非常にコストがかかるということ、そして、この資源と見なしうる企業属性を広く考えるということである。そして、VRIO分析は次の4つの問いについて分析を加えていく。第1の問は“価値に関する問い”である。ある資源が、企業が機会を利用しあるいは脅威を回避するのを可能にする、即ちこの意味で価値があるならば、それは強みであり、逆の場合は弱みになる。これはポーターの価値連鎖分析を応用できる。そして第2の問いは“希少性に関する問い”である。第1の問いをクリアした価値ある資源がごく少数の企業しか持っていないものであれば、競争優位性をもたらす可能性がある。つまり、第1と第2を組み合わせた資源、価値がありかつ希少な資源が企業に競争優位性をもたらす。第3の問は“模倣可能性に関する問い”である。価値があり希少な資源を持っていない企業がそれらを獲得したり開発しようとすればコスト的に不利になるというものである。このような不利をもたらす理由として次の4つがある。ひとつめはユニークな歴史的条件、ふたつめは因果関係の曖昧さであり、三つ目は社会的複雑性、そして四つ目は特許である。つまり、有利な資源を持つ企業は、これらの手段により有利性を防衛していると言える。ここまでのVRIO分析の3つの問いは企業に持続的競争優位性をもたらすものと言える。そして第4の問いは、“組織に関する問い”であり、第1~第3の問いの資源をフルに実現するための企業組織体制ができているかという問いだ。このようなバニー理論の特徴は第1にボーター理論が企業競争優位性と外部環境との関連でのみ論じていたのに対し、各種の企業の資源との関連を重要性を指摘し、より統合的な競争優位性の理論を構築したこと。第2に、ダイナミックな環境変化(不確実性)にいかに対処するかという問題意識はほとんどないこと。VRIO分析の限界についてバーニー自身が、この分析が有効なのは環境の機会と脅威が比較的安定的か予測可能な形で変化する場合で、安定的な場合には、競争優位性をもたらす資源の有用性は変わらず、予測可能な場合にも、ある程度の手直しによって有用であり続ける可能性があるからである、と。

次に企業レベルRBVを検討する。この理論の主題は企業の多角化を可能にするのはいかなる資源かということであり、一般的には企業が所有する資源で新製品を生み出すに有用なものと回答するだろう。その答えの内容には次の2つのタイプが考えられる。第1のタイプは、競争力のある製品を直接構成するものとしての資源であり、第2のタイプは競争力のある製品の創出を可能にする体制やプロセスである。その第1のタイプとしてプラハラッド=ハメル理論を検討する。1980年代以降アメリカでは、企業環境は大幅に変化し構造的移行期と呼ぶべき状況で競争の基礎も大きく転換した。このとき多くの企業がリトスラチャリングなど様々な施策を行ったが、それのいずれもが他社にキャッチアップを目指すものでしかないこと、戦略そのものではなく、その実行に関するものでしかないことだった。これに対し、日本企業は他社に先んじた新製品や神事器用の創出を重視する戦略で、好業績をあげていった。プラハラッドらは、産業構造の変化のマネジメント、基本的な考え方の変更、競争優位性の分析単位の再考などの必要性を示唆し、既存理論や考え方に代わる新たなフレームワークの構築を目指した。その第一歩となるのが、コアコンピタンス、顧客に特定の利益をもたらす新製品を次々に生み出すようなスキルや技術の束であり、競争優位性の源泉はそのようなコア・コンピタンスそのものにあると考えた。これを前提として企業間競争が展開される3つのステージが示され、それぞれにおいて企業がとるべき戦略を明らかにしていった。第1のステージは“産業の将来を見通す競争”であり、①5~15年後にはどのような消費者ニーズに応えようとするのか、②そのためにはいかなる新しいコンピタンスを得る必要があるか、③顧客とのインターフェイスをいかに再設計するか、などのようなイメージ競争で、このイメージから具体的な戦略アーキテクチャーをつくる。これはトップマネジメントの責任でなされる。第2のステージは、第1のステージの戦略アーキテクチャーに沿って、将来必要になるコンピタンスを構築し、体制をつくっていくステージで、第3のステージはポジショニング理論が対象としてきた段階である。次に第2のタイプとして、ストーク=エヴァンス=シュルマン理論を検討する。環境がダイナミックになるにつれて戦略もよりダイナミックにならなくてはならないと言う。ダイナミックな環境で競争優位との源泉となるのは行動のダイナミクスであり、企業の目標顧客の目から見て自社を競争企業から際立たせるような、模倣困難なオーガニゼーショナル・ケイパビリティを発見し発展させることだ。それは次の4つの原則からなる。第1に、企業戦略のビルディング・ブロックは製品やマーケットではなくビジネスプロセスである。第2に競争での成功は、企業のキープロセスを顧客に優れた価値を提供することを可能にする。第3に、企業は伝統的な戦略的事業単位を職能と結びつけ、かつそれを超えるサポート・インフラを整えそれらのケイパビリティを創出する。そして第4に、ケイパビリティは必然的に横断的で、最終的にはCEOが戦略主体となる。これらの理論とも、環境の変化を強く意識し、それを乗り切るために優位性をもたらす資源は何かと言う理論を展開している。このように企業レベルRBVはダイナミック戦略論的な性格が強いが、そこに大きな限界もある。それは、特定の固有の資源に優位性の限界を求める方法では陳腐化の恐れが大きいこと、そして、非常に不確実性の高いタービュラントな環境は扱えないことである。特定の固有の資源へのコミットメントが前提とされるために戦略の柔軟性が限定され急激な技術革新期にはむしろマイナスになる可能性が高い。

2011年1月23日 (日)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(3)

次に考えるのはポジショニング・スクールである。さきの2つのスクールでは戦略とは個々の企業の状況に応じて個々に作られるものだったが、ポジショニング・スクールでは、戦略を企業がとるべき、持続的優位をもたらす市場での位置と見なすことから、産業や置かれた状況のいかんを問わず、基本的に数個の代替案に限定されるものであり、その中から選ばれるものであった。そこから基本戦略という概念が生まれた。この基本戦略をどう考えるかによって、2つの流れがある。一つはPPM理論であり、もう一つはポーターによるものです。まず、PPM理論は、いくつかの戦略タイプからなる多角化戦略の分析モデルで、よく知られているのがBCGマトリックスである。これは70年代企業の安定成長が企業の課題となり、多角化が戦略論の問題意識となったのに応えたものである。BCGマトリックスは、縦軸に市場成長率の高低、横軸に相対的マーケットシェアの大小を組み合わせて4つのセルとした分析ツールで、多角化戦略の形成に不可欠な製品の分類のために作られたものである。各セルには花形製品(、成長率高、シェア大)、金のなる木(低、大)、問題児(高、小)、負け犬(低、小)と、そのセルに属する製品の性質を示す名前が付けられ,その製品について企業がとるべき戦略、育成、維持、選択的投資、撤退などが示される。これをツールとして用いれば、多角化戦略の決定は極めて簡単であり、企業がその時点で所有している各製品を、マトリックス上にプロットし、そのセルに示されている戦略を採用すればいいのである。これに対して、ポーターの理論は、より本質的・普遍的な分析の枠組みと言えるが、戦略の(競争)優位性の源泉(製品の特異性、低コスト)と標的とする市場(全体、部分)のマトリックスを組み合わせる。製品の特異性を武器とし全体市場を標的とするのが“差別化戦略”、低コストを武器として全体市場を標的とするのが“コスト・リーダーシップ戦略”であり、これが二大基本戦略となる。これに対して標的を特定市場に限定するのが“集中戦略”ないしは“ニッチ戦略”である。しかし、BCGマトリックスのように単にプロットすればいいというものでなく、“5つの競争要因”の図式と“価値連鎖(バリューチェーン)”の図式との関係を考えることになる。“5つの競争要因”とは、市場の魅力度を競争企業間の敵対関係の強さ、代替品の脅威、供給業者の交渉力の強さ、買い手の交渉力の強さ、新規参入の脅威、の5つの要素から見るものである。また、“価値連鎖(バリューチェーン)”とは自社の競争優位性の源泉の分析に必要なものであり、自社の生産、マーケティングその他の活動のどこで価値が生まれているかを分析するためのものである。これらの2つの流れは、戦略形成の主体を特定メンバーに限定していること、戦略形成と実行を分離可能としている点は先行スクールと共通している。これに対して、戦略内容のいくつかの固定的な基本戦略とみなし、戦略の決定はそれらの中からの選択として捉えたことである。これらの不確実性への対応度については、BCGマトリックスは、製品には寿命があり、関連して需要の不確実があることを前提にしてモデルを構築している。とはいえ、企業が既に持っている製品を対象にしているため、新製品や高度に不確実な環境に挑戦する新規ビジネスの分析には無力であること、BGCマトリックスは成長率が安定的な場合に限る(安定していないとプロット位置が頻繁に変わり、戦略が一定しない)こと、そして、製品を自社内で育成する内部成長方式を想定していることなどから、高度に不確実な環境には対応しきれない。また、ポーター理論は一時点での戦略決定の図式であるため、不確実性を想定していないと言える。これらのポジショニング・スクールは、80年代半ば以降、安定成長の局面に適したものでしかなく、分析が環境サイドに偏り、戦略形成能力サイドを等閑視したことにより、急速に衰退していった。

2011年1月21日 (金)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(2)

第2章 規範的戦略論

規範的戦略論とは、企業が存続・成長するためにはいかなる戦略をとるべきか、その処方箋の書き方を明らかにしていこうというもので、時代状況により、複数の流れ(スクール)が存在する。

規範的戦略論のさきがけとなったのは、1940~1970年代のデザイン・スクールである。この時期の米国経済は成長期から安定成長期にシフトしていった時期で、企業は既存事業に新規事業を加える多角化により安定的な成長を目指す“多角化”と“計画化”の時代であった。この中心的理論となったのがSWOT分析といわれるものだ。これは、環境が与える機会(O)と脅威(T)に対し、自己の強み(S)と弱み(W)をそれぞれ分析し、両者を適合させれば戦略は成功し、競争優位性を獲得できるとするもの。実践においては、S,,,Tの分析のためのチェックリストをつくり、これにより分析の結果、適合させる戦略を形成する。このような枠組みの基礎には、戦略形成の主体は、もっぱらトップ・マネジメントと考えられている。戦略がトップによって作られ、ミドル・マネジメント以下によって実行される。例えば、組織は戦略の実行のために作られることになる。これは、コンサルティング・ビジネスやビジネス・スクールにとっては適合的といえた。このようなSWOT分析は基本的な思考の枠組みとしては有効といえる。しかし、この手法では環境不確実性の分析は不可能で、この分析が用いるチェックリストは、モデルではないたげでなく、フレームワークにしては網羅的過ぎ、何が解決すべき問題なのかを企業に教えることは出来ても処方箋はかけないという本質的な限界がある。この場合処方箋は、別のモデルを外部から導入しなくてはならない。例えば、需要不確実性が発生し、その原因をチェックリストで探したとして、原因が1つであれば、それに対する対策を立てられるかもしれない。しかし、一般にこの種の現象には非常に多くの要因が関係しており、それらの要因をリストアップし、それらの関係を説明できるモデルが必要だが、それはSWOT分析の中には存在しないからだ。

次に、プランニング・スクールである。これは1960~70年代の安定成長期に、多角化により複雑化した企業活動をコントロールして安定成長を達成するために、より包括的で長期的な計画の必要性からうまれたもので、包括的経営計画論とも呼ばれる。これらよる策定プロセスは、前提の明確化、プランニング、計画の実施と見直しの3つのサブ・プロセスからなる。まず、前提の明確化では、企業の目標の形成とその実行可能性の検討が中心となる。この実行可能性の検討においてSWOT分析が利用される。そして、次のプランニングが中心的なプロセスであり、前提に基づいてより具体的な目標とその実現の方法を策定する戦略的プランニングと、これで策定された目標達成のために3~5年スパンのより具体的プログラムを年度単位で策定する。そして、短期プラニングは文字通り短期の実行計画である。これに続いて、最後の計画の実行と見直しにおいて、計画の実施のための組織化、計画の達成状況の評価と計画の見直しを行う。現在でも、長期経営計画とか5ヶ年計画などの形で名残をとどめている。これは、デザイン・スクールを精緻化、公式化したものと言える。計画の精緻化により戦略形成の主体はプランナーという専門家が実質的に担い、トップはプランナーの示す代替案から1つを選んで承認する存在でしかなくなっている。それは、反面として、細かな作業に目を向けるあまり、肝心の戦略の中身についての検討が疎かになったことが指摘できる。その結果、戦略プロセスは洞察、創造性、総合を排除してしまい、戦略とはほとんど関係ない業績コントロールという数のゲームに堕してしまった。戦略プログラミングとまで言われてしまった。この理論では環境の不確実性を体系的に扱うという問題意識はない。それ以前に環境は安定的か、変化があっても予測ないしコントロール可能と前提されていた。この前提は計画の立案にとっては好都合だが、不確実な環境の中でそれを無視して作った単一の計画への固執の危険を内包している。なお、この理論の改善型としてコンテンジェンシー・プランニングという、目標を弾力的に、複数のシナリオを環境の変化に応じて柔軟に使い分けようとする理論も現われた。しかし、複数の意味あるシナリオを作成するためにも、環境変化の不確実性の中身分析のためのモデルが必要であり、それがなければ、結局、単一の計画を作るのと大差ない。

2011年1月20日 (木)

河合忠彦「ダイナミック戦略論」(1)

Dinamic 以前に取り上げた「ホンダの経営戦略」が興味深かったので、同じ著者の体系書を手に取りました。本書が上梓されたのが2004年で、そのときの経済情勢が反映していることも考えながら、本書の目的を著者は言います。1990年代以降の失われた10年であらわになった日本企業の戦略能力やリーダーシップ能力の欠如、これに適切な処方箋を示せなかった経営戦略論の打開をはかること。これは、従来の戦略論が安定期を前提に構築されたものでスタティック戦略論だと著者はいいます。これに対して、環境が大きく変化する状況に対応するダイナミック戦略論を著者は提案します。そして、第2の目的として、その理論をもとに日本企業が1990年代に競争力を失った原因を探るということです。そして、第3に、経営戦略論のテキストを提供することが目的としています。私の関心は第1と第2です。第3の目的は研究者や学生向けでしょうか。

第1章 ダイナミック戦略論とは何か

最初に示したように1990年代の日本企業の苦闘に対して、経営戦略論は取るべき適切な戦略を示せなかった。ひの大きな理由は、環境変化がそれ自身が変化を起こすような内的な論理により変化しているが、従来の戦略論はそれを固定的な外的与件として考えている。これは安定期においては思考を単純化できる点で理論として望ましい面もある。しかし、一般に、変化が急激でスケールが、つまり、ダイナミックに起こると、その変化の内容が掴みにくく、掴めたとしても、どのような戦略をとればいいか分からない。このとき企業にとっては自社の製品への“需要レベルでの不確実性”が生じ、最終的には企業の“業績レベルでの不確実性”かせ生じる。この時に必要とされるのは、不確実性を扱いうる理論ではないか。本書の目的は、既存理論の検討を通じてダイナミック戦略論の構築の可能性を探り、それを踏まえて実際にその構築を試み、さらにその有効性を様々な事例によって検証することにある。

それでは、ダイナミック戦略論をどのように構築していくか、ということについて著者は3つの方法を提示しています。第1の方法はスタティック理論では構造的に安定的と見なされ“前提”として扱われていた要因を“変数”として理論の中に取り込み、スタティック理論で成り立った命題を特殊命題として含む、より一晩的な命題を導き出す方法です。これを法則型ダイナミック戦略論と呼びます。例えば、M・ポーターの理論に対して、前提として固定的に扱われていた“産業構造の変化”を組み込んだより一般的な理論を構築することは可能です。このような方法は、環境変化に対し、それと他の諸要因との関係を因果的に解明した上で対処しようもので、変化の方向性が見え始めた段階以降にはきわめて有効ではないかと考えられます。しかし、その以前の段階、すなわち、方向性が全く分からないというような不確実な段階では、かならずしも有効でないという限界があります。つまり、この場合環境の変化は、企業の外的なものとして、これに如何に適応するかと言う点から議論を進めるので、積極的に環境を動かすとか環境を自社に有利な方向に利用するといった議論は出てきにくい。

第2の方法としては、構造的変化が生じつつある環境では、ある戦略をとった場合にどのような結果が生ずるかは不確実であるため、不確実性のもとになる変化と戦略の結果の因果関係の解明は断念し、戦略の結果のレベルだけで不確実性を把握し、それに対処しようと言うものである。これを不確実性型ダイナミック戦略論と呼びます。

第3の方法は、法則型の限界を乗り越えようとするもので、法則型では環境の構造的変化は企業にとってコントロールできないものと前提され、それにいかに適応するかで議論が進められてきた。これに対して、企業がこの変化に影響を与えることが出来、また与えるべまだという立場から戦略論を構築しようとするものです。これをプロアクティブ型ダイナミック戦略論と呼びます。この第3の方法では、他の2つの方法とは違って、戦略の内容以前に戦略決定のプロセスが重視され、したがって戦略形成能力や組織能力が重要な意味をもってきます。

本書では、この3つの方法を検討しますが、著者は第1と第3の方法を基本としたいようです。それは、第1と第3の方法は不確実性のレベルに関して分業が成り立つため、両者を上手く使い分けて、あらゆるレベルの不確実性をカバーするダイナミック戦略論を模索したいためです。

2011年1月19日 (水)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(9)

終章 なぜ日本にだけ<鑑賞>という言葉が生まれたのか

ここまでのところで見えてくるのは、①<鑑賞>にはさまざまな意味があると言われながらも、実際には批評とは異なり、芸術に肯定的な意味を持つ言葉であったこと、②<鑑賞>を行う人が変化してきたことの2点である。

明治の<鑑賞>という言葉が生まれたころは、批評から享楽まで幅広い意味合いを含み込んでいた。その後、対象となる芸術がクラシック音楽に限定されていくにつれて、昭和以降、批評が専門家に、鑑賞はそれ以外の人と分化が進む。そのプロセスで音楽が、「きく」対象となり、独自の<鑑賞>概念が形作られていく。このこしは視点を変えて言えば、分化、つまり、分業化というのは仕事などで言えば効率化、つまり合理化を目的として行われることであり、批評と鑑賞の分業もまた、合理化であるとも言うことが出来る。国民全員が批評家という専門家になるには難しく時間を要するけれど、批評は専門化が請け負い、その他の人はそれほど難しい経験や探求を積まなくても、理解し味わったり愛好すればよい。鑑賞は、クラシック音楽を社会に成立させようとする人々と、その人々が他の人々をクラシック音楽に巻き込もうとする際に、クラシック音楽と人々を結びつけるために生み出された言葉であって、クラシック音楽の聴衆をより多くの人々にひろげようとする過程で鑑賞が形成されたと言える。

なぜ、全国民がクラシック音楽界に巻き込まれなければならなかったのか、という疑問が残る。現実に国民の誰でもが聴衆になれるような環境はステレオやレコードの普及や各地に音楽ホールが建設されコンサートが頻繁におこなわれる昭和50年代以降になってからだ。欧米のように芸術とその環境が存在していたのと、異なり、日本の場合は、明治初年当時、芸術を成り立たせることと、芸術が成立する社会のための教育制度を整えることを同時に行い、両者を切り離すことは出来なかったことに由来する。

もし、明治初年のクラシック音楽の輸入が単なる欧化政策の一環で、欧米に日本が文明化されていることをアピールするのであれば、国立のコンサートホールや、いくつかのプロオーケストラの存在程度で可能なことだ。しかし、日本の場合は、明治以前に伝わっていたものの多くを意図的に保護せず、国民全体を巻き込んでクラシック音楽界を築こうとした。これは日本が文明化された国家であることを示すにとどまらず、国民全員が文明化された近代的な国民であることを示そうとしたことに他ならない。鑑賞という態度を国民全員が見につけるということは、国民全員が近代的な人間として音楽とかかわるということでもある。<鑑賞>は感じ方は人それぞれ自由でよいと、主観的であってよいと言われるのは、そのベースにクラシック音楽が芸術であり、芸術であるから他の音楽よりも好きになってしかるべきだという客観的な価値判断がある。だから、関係者はポピュラー音楽への警戒感を露骨に示している。では、どのように、クラシック音楽をよしとする価値観を共有するか、どのようにしてクラシック音楽の魅力だとされている事柄を理解するか、<鑑賞>教育の課題として考えられつづけてきたことである。

そもそも、コンサートホールでクラシック音楽をきくエチケット、本書の言葉で言えば「世界共通のルールとしての鑑賞」から考えると、西洋芸術のルーツは古代ギリシャの人文教育にあり、野蛮な人間に対して人間らしい人間に導くことが目指されていたという。この人間らしい人間が持つべきものとして重要視されたのが言語であり、理性であった。この理性が近代には学問、法、芸術の三種類の価値領域に分極化する。こうして理性が重視されるに従って、蔑まれていったのが身体と言える。そこで、身体と関わりなく理性で音楽でかかわっていくことを示すために、音楽をきく以外の行為を行わないという「世界共通のルールとしての鑑賞」が用意された。コンサートホールではこのように個々の聴衆がひとり瞑想のうちに音楽を聞くという場を共有するのである。これは一面では、他人と快楽をともにすることにより楽しんでいる自分の姿を確認し合うことができるという理由がある。そして、さらに近代以降の社会では感情や興奮をコントロールすることが理性的とされた。コンサートホールで身体を動かさないからこそ、近代的な人間として感情をコントロールし、理性的に感動していることを表明できるということになるのだ。こうしてみると近代芸術の成立と理性的な受容の態度は表裏一体のものだと言える。すべての人間は理性を持っているという考えは、芸術はすべての人間に開かれていることになる。しかし、現実は芸術に積極的にアクセスする人間は限られたものだった。そこで、芸術と人々とを仲介する専門家が登場する。ところが、専門家が使用する専門用語は閉鎖的で神秘化され、芸術と人々との距離はさらに広がることになる。それでは、その段階をすっ飛ばそうという「芸術は理屈ではない、自由に心で感じればよい」という言説が説得力を持っていく。

国民全体を聴衆としてクラシック音楽へと誘うということは、国民全体を理性を備えた近代的な人間へと導こうとすることだと言えば、議論の飛躍だろうか。

本書は音楽をきくという行為、クラシック音楽を鑑賞するということの意義の変遷を追いかけることで、この特異性を考えていくというものです。以前にも「音楽好きの脳」とか、人は音楽をどのように受け入れるのかということに関連する本を読んだことがあります。著者の議論は類型になりがちですが、とても分かり易い。ここで言っているように、音楽で言うとクラシック音楽と流行歌の関係は、表現にかかわるもの全般にいえることです。演劇の世界で言えば、歌舞伎俳優は人間国宝として国家から顕彰されるのに、商売として多くの利益を生み出すテレビドラマの売れっ子タレントが何らかの表彰を受けるには、それなりの格調高いとされている芸術的作品と見なされる品目で、それは往々にして興行としては儲からない、で新境地をひらいたとか評価されなくてはならない。また、絵の世界で言えば日本画とか画壇といったものはすでに経営的には崩壊しているのに、国家的な保護で展覧会が開かれ、補助金が下りる。これに対して、まんがやアニメーションは表現の規制が行われる。この背後に流れるものを分析して見せたと言う点で、以前読んだ「芸術崇拝の思想」にも通じるところがあると思います。

もともと、このような著作に興味を持つようになったのは、例えばクラシック音楽で評論家や批評家と呼ばれている人たちが、自分がどのように音楽に接しているかと言うことに対して、無自覚でいるとしか考えられないような文章に多く触れてきたことへの欲求不満からでした。この演奏はいい、とか、この作品はいい、とか、彼らが言う場合に、どうしていいと言えるのか。かれらと意見を異にする人、ベーシックな音楽観を異にする人への言葉がないということです。そういう異質な人に話すには、先ず自分から、私はこうだというのを、相手と共通できる地盤まで下りていって、そこから違いを認識させていく議論が必要なはずです。それをしないと、単に好き嫌いの言い合いに終始することになってしまいます。例えば、著名な吉田秀一という音楽評論家は、文章はたいへん文学的で上手らしいのですが、なぜその演奏をとりあげたのかという議論は巧みに避けていて、たまに、そういう箇所にくると、この良さが分からない人はそもそもクラシック音楽など聴かなければいいのだ、と断言して決め付けてしまう。そういう不誠実さを目の当たりにしていると、そもそも、音楽に接するとはどういうことなのかと考えてみたくなったというわけです。この著者の議論は首肯で切る部分は多いのですが、少し物足りないところがあります。それは、きくという行為を切り離して独立させたのはクラシック音楽に特徴的なことかもしれませんが、レコードやCD、携帯音楽プレーヤーといったものは、一人しずかにきくために作られ、世界中多くのひとが利用している。クラシック音楽以外のきくだけではない参加する音楽も、この機器に取り込まれている。こういう状況まで踏み込んで分析してほしい。「芸術崇拝の思想」の著者ならここに文化帝国主義の幻影を見るかもしれません。

2011年1月18日 (火)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(8)

第7章 ポピュラー音楽にかなわないクラシック音楽─<鑑賞>教育の失敗

音楽鑑賞教材に対しては、多くの批判がありました。それらは主に、①一貫性がない、②保守的である、③クラシック音楽の中でもロマン派・古典派に偏重している、④クラシック音楽として正統的でない、⑤クラシック音楽に偏りすぎている、などです。さらに、もっと根本的な批判として共通の教材という制度により固定観念が生まれカリキュラムや教材の開発が進まないという批判でした。鑑賞教育により何を目指すかという議論から、いかに共通教材を教えるかに移ってしまったというわけです。

何よりも、音楽鑑賞教育の失敗と見なされたのは、子どもがクラシック音楽を好きにならないということでした。では、子どもたちはどのような音楽を愛好していたのかといえば、流行歌であった。この中で、ポピュラー音楽の愛好の仕方と、クラシック音楽の愛好の仕方が意識して区別されるようになる。ポピュラー音楽は感覚的にきけばよいが、クラシック音楽は感覚に終わってはならず、精神的にきくことの重要性や芸術的感動を得ることの必要性が説かれた。このため、以前はあったクラシック音楽に親しむというニュアンスは薄れていったと言える。これに対応して、ポピュラー音楽をただきく場合をリスニング、クラシック音楽をきく場合に対応するのがアプリシエーションと区別されていく。そこで、リスニングとアプリシエーションが切り離されていく。

これは教育現場での教員養成についても、大きな課題となった。教師自身が感動できないものをどうやって子どもに教えられるのか、という意見が現場からあがったのである。また音楽専科の教師は演奏家として訓練されるため、音楽鑑賞を低く見る傾向にあり、さらにクラシック音楽以外の音楽をほとんどきかないため、クラシック音楽の正統性に疑いを差し挟むことはなく、一般的な教員や子どもとも認識の溝は埋まらなかった。

一方、太平洋戦争に敗戦した戦後日本は文化国家を標榜した。これは、戦時体制が文化や芸術を抑圧したことへの反省や文化が平和に結びつくとの認識からで、当時の人々にとっては平和は切実であった。その一環でクラシック音楽が重視されたのであった。文化庁による芸術政策も進められた。芸術祭や文化ホールの建設など、民間でも音楽家養成学校や楽器メーカーによる教室などで底辺を広げる動きが始まった。ただし、この弊害としては、芸術は無料で享受できるとの風潮が広がり、数多く立てられた文化ホールが赤字に悩まされる原因はここにもあった。演奏施設や演奏者が揃ってくるに従って、聴衆が追いつかないという状況。鑑賞教育をいくら施しても、聴衆は育たない。関係者はポピュラー音楽への批判をもって、クラシック音楽の浸透を阻むものとしていた。その根底には、いったん優れたクラシック音楽に接すれば、子どもはその芸術性に気づくはずという傲慢ともいえる楽天主義があったようです。

2011年1月17日 (月)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(7)

第6章 みんなできこうクラシック音楽─<鑑賞>は日本人の義務

戦後が遠くなり、高度経済成長の時代に入ってくると音楽鑑賞教育が義務化され、きくべき音楽教材が学習指導要領で指定されることになる。他の科目、算数などでは全国的な平均も見やすいが、音楽鑑賞となるとそうも行かない、そこで国家的標準を満たさせるため、というわけだ。また、教育現場からも要請があったという。さらに、子どもに対して、適切な音楽を選曲し、きかせば、子どもはそれを好むようになる。学校教育が子どもの流行歌を作り出せば、望ましからぬ大人の歌(つまり、流行歌)などを口にする必要はなくなる、と考えられた。これに並行して、各地の学校に音楽鑑賞設備(ステレオ装置)が設置されていく。しかし、教育現場では<鑑賞>について様々な議論がなされてきても、方法としてはただ「きかせる」こと以上に発展させることは難しかったようです。

鑑賞教育が義務化されたことにより、改めて<鑑賞>とは何かという問いかけが為され、多様な解釈が林立する状態を招いたが、<鑑賞>が美を受け取る行為であるである点では一致していたといえる。しかし、どれだけ基本認識が共有されていたとしても、それを教育する具体的で確実な方法は誰にもわからない、というのが実情だったと言えます。

2011年1月16日 (日)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(6)

第5章 音楽は「ただきく」ものではない─<鑑賞>と「きく」ことの違い

昭和25年ごろより朝鮮戦争などを契機に占領軍の方針が転換し、米国の指導が強まった。また、諸井三郎による指導要領は高度すぎるということで、改訂が行われた。その中で、米国の影響が強まり、<鑑賞>は英語のアプリシエーションの訳とされた。その意味は、音楽の本質・美をききわけ、ききとり、享受すること。さらにリスニングに当たる聴取とを意図的に対比した。つまり、聴取は断片的な音を感覚的に聞く聞き方であり、この音色は何の楽器の音かなどの取り扱い。これに対して鑑賞は全体的、統一的な音楽を精神的に聞く聞き方となります。鑑賞の意義は音楽を美的対象として受け入れることとされました。

ここでの「きく」ことには知的な面とマナーの面が特徴的です。子供たちはやがて社会人となるので、その際のために音楽をきくエチケットを身につけておく事を求めた。また、それ以前の知的な鑑賞が復活した。しかし、また、実際には鑑賞教育はあまり実施されなかったといっていい。これは、音楽科の教員の多くが演奏家としての教育を受けていたことや、鑑賞の意義が教育現場に浸透していなかったこと、また、鑑賞の定義づけが抽象的で、高度な印象を与えてしまったむこと、さらに、このような<鑑賞>に対して評価を加えることの難しさ、などによるためと考えられます。このころから、ただ「きく」ことと<鑑賞>の差異化が進む。それはまた、流行歌に対してクラシック関係者が抱いていた脅威も影響している。彼らに言わせれば、レコードが与える音楽(つまりは流行歌)に屈服することで主体性を失い、音楽への真の感動を失ってしまうという危惧があるという。

2011年1月15日 (土)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(5)

第4章 音楽を愛そう─日本国民は将来みんなクラシック音楽鑑賞者

太平洋戦争の敗戦により、占領軍の指導を受けながら教育基本法が施行される。そこで、音楽鑑賞教育が新たに始められた。この指導要領の作成にあたったのが作曲家の諸井三郎だった。彼は、音楽美に触れることで人間性および精神生活を高められると考えており、それが知識や技術の教育に対する、芸術教育の意義であると考えていた。さらに作曲家としての立場から、日本の音楽を世界水準に待て持っていくという理想を抱いていたという。そのためには、専門家だけでなく、根本的土台を支える聴衆、子どものころから豊富な音楽経験を持つ優れた聴衆の育成がひつようであった。その対象とした音楽はクラシック音楽であった。彼の理想は、留学先のドイツで出会ったような音楽愛好家だが、このような理想と当時の民衆の趣味に大きなギャップが存在し、そのギャップを急激に埋めることは容易でないことも分かっていた。そこで、段々と向上させることが、現時点での目標であると考えていた。しかし、教育現場では、鑑賞教育は普及しなかった。なぜなら、教師が実際にどう教えていいか分からなかったからである。しかし、諸井の鑑賞に対する考え方は共有されていった。<鑑賞>は知識や教養という捉え方でなく、精神の訓練でもなく、心の活動を豊かにさせることが鑑賞の目的であるという。このような心の強調に伴い批判されるようになったのが言葉だった。音楽の美は言葉で表わすことはできないのだから、美辞麗句を用いて音楽を説明することは真の鑑賞を阻害することであり、直接の音楽の美しさを味わうことにあるのだ。と心と言葉が対立的に扱われるようになった。しかし、当時の大多数の国民にとって音楽はうたったり楽器を奏でるもので、きくものではなかった。

2011年1月14日 (金)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(4)

第3章 音楽をきいて精神訓練─クラシック音楽の<鑑賞>で身に付ける日本精神?

昭和に入ると、ダンスホールやジャズレコード、アメリカ映画の人気やラジオ放送の開始などもあり、人々の音楽とのかかわり方が、「する」こから「きく」ことへとかわっていった。とくにレコードの流行は、音楽を深刻な態度できくことの流行でもあった。当時の名曲喫茶(クラシック音楽のレコードを店内で流す喫茶店)では、ベートーヴェンのレコードを深刻な顔をしてきく人が多く、おしゃべりをははかる雰囲気であった。音楽鑑賞教育が次第に定着していく。当時鑑賞教育では、人格の重視され、大正期の精神性の強調がさらに進み、音楽と人格・心が、同一化、合致するものであると捉えられるようになる。これと期を一にするように鑑賞が主観的でよいか、それとも客観的であるべきかというジレンマが現われる。これは、突き詰めれば、「好き嫌い」か「正否」かということだ。音楽教育では音楽を楽しむことを重視する方向が強かった。いずれの立場を重視するにしても、鑑賞の題材となる音楽はクラシック音楽であったということだ。しかし、実際に取り上げられたのは、前章で紹介したアメリカのライトクラシックやポピュラーミュージックであり、それも有効に使用されたかは疑問がある。しかし、昭和16年鑑賞は法制化され、観賞用のクラシックレコードは免税措置を受けて発売された。これ戦時体制の中でクラシック音楽を大衆レベル,全国レベルで国策宣伝・教化動員の手段として活用しようというしたものだった。このわうな統制した上で大衆へ広げるという文化政策のありかたはナチスドイツの文化政策に倣ったものだった。そこで、統制という名で規制されたのは流行歌だった。

だが、戦時体制という言うならばナショナリズムが高まった時代に、なぜ外国のクラシック音楽が役立つのだろうか。昭和初期、クラシック音楽は「学問的趣味」の様相を帯びるようになる。大正の中頃から学生文化がバンカラ文化から多様化に向かい、文学や音楽が「学問的趣味」として認められるようになる。その中で、とくにベートーヴェンが突出する。明治期の富国強兵が進むと大正期には「国家」から「個人」へと人々の関心が移り、個人の煩悩や苦悩が注目を浴びる過程でベートーヴェンの人格的葛藤が物語として人々の共感を得ていった。ベートーヴェンの作品以上に彼の人格や生き方が「人格形成」や「生きることの範例」として人々の関心を集めた。西洋文化に親しんだ大正教養主義が思索や読書、芸術鑑賞を通して個人に集約される思想的基盤が形成されていった。昭和初期教養主義はマルクス主義の影響が加わり社会改革が志向される。この大正・昭和初期の教養主義に共通しているのは、青年らしい柔軟な感受性を開いて、善きもの、美しきもの、正しきものを受け容れことだった。このような昭和教養主義を背景として、一人ひとりの精神や情操の教育が行われ、それがひいては国家の改革に結びつくことになる。ここで芸術の鑑賞とナショナリズムが結びつく。芸術の鑑賞が精神の訓練、向上に資するわけである。この動きに伴って鑑賞の概念の抽象化が進んだ。大正には美や喜びを直観させることが鑑賞とされたが、それでは精神の訓練や向上には馴染まない。

2011年1月13日 (木)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(3)

第2章 子どももみんな音楽をきこう─信じられた芸術鑑賞の力

大正に入ると、政治・社会・文化の各方面で大正デモクラシーと呼ばれる民主主義的、自由主義的な運動が起こる。明治には科学的であることで権威づけられていた芸術が、大正に入ると科学に対抗するものとしてその精神性が喧伝されるようになる。これは日露戦争後の物質的な豊かさへの不安がそうさせたと想像される。このなかで芸術に対して下劣な流行歌が蓄音機の普及などに伴い人気を博していく。これに対して、関係者は西洋音楽の普及に尽力したが、実際に芸術に触れる機会がなく、書物を通じた啓蒙が広まった。このような時に<鑑賞>には音楽の理解に向けた努力と思慮分別が必要で、その結果音楽を好きになれるという議論まで飛び出した。また、教育界からは、芸術性の陶冶による人格形成のために芸術を中核に教育を展開することを目指すドイツ芸術教育思想の影響から、<鑑賞>教育が着目され、いってみれば芸術にのめり込むようなことをすすめるようなことか。このような中で蓄音機が普及により音楽教育が変化する。そこで、アメリカの大手レコード会社のガイドブックをもとに、今で言うライト・クラシックのようなものを実際にきかせる教育が行われるようになったという。ここで使われたガイドブックはアメリカ流のappreciaition、子どもには余計な説明は不要でありきくということそのものを重視するものであった。

2011年1月12日 (水)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(2)

第1章 音楽をきくのは専門家─明治の<鑑賞>は批評?

明治中頃の日本では、西洋音楽にまつわるものが文明のシンボルとして機能していた。一方、伝統的に音楽の地位は低かった。このとき、西洋音楽の受け入れを主導したのはエリートたちだったが、彼ら自身も馴染みのない「芸術」をどのように受け止めるべきかで悩んだ。そのひとつは「音楽は真(科学)である」という捉え方である。音楽は西洋知に貢献するとして扱うというもので、バウムガルテンの美学思想の影響によるもの。この過程で、音楽の序列が出来ていくことになる。西洋音楽は「文明的音楽」と呼ばれ、進歩した音楽と位置づけられた。この中で日本国内の身分差と音楽も結び付けられていく。三味線を使用する民間の俗楽は淫靡卑猥で品性が下劣とも、見なされこれに替えて,日清戦争後の大東亜を視野に入れた日本は大国民として恥ずかしくない国民となるためには西洋音楽を広めなければならない。とはいえ、クラシック音楽に接触できる機会は限られており、唯一、社会的に展開されたのは学校教育における「唱歌」の授業であったと言える。しかし、唱歌はあくまでも教育の一環であって、芸術ではなかった。それは、明治政府に、従来の日本にはなかった拍節的な唱歌を利用して児童らを国民皆兵化するという意図があったということだ。より直接的に言えば、明治政府には唱歌や唱歌遊戯(唱歌に合わせて行う集団的動作)によって号令に合わせた行動を身につけさせるという意図があったのである。これは、何万人もの兵を戦場で秩序正しく整然と行動させるという目的に適う。また、唱歌は身分や地域に関係なく全国民が接しうる唯一の音楽であったことから,日本国民である自覚を持たせる役割も課せられていた。唱歌は全員で斉唱するもので、万民の心が同じ調子になることで、万人協同一致の精神が涵養されるという。このように唱歌はいわば「うたう」という参加する音楽であり、演奏を「きく」という行為ではなかった。当時は、オーケストラなども整備されておらず、西洋音楽の器楽を聴く機会はきわめて稀であったといえる。その中で、音楽を「きく」対象として捉えようという動きが生まれてくる。このような、音楽を「きく」対象として意識され始める過程で<鑑賞>という語・概念が徐々に生成していくことになる。明治に日本で音楽を「きいて」いたのはほんの一部の決まった顔ぶれであったという。一方、唱歌の現場では、教師たちが他人の歌をよくきかなければ、自分も歌うことが出来ない、と考えるようになっていった。しかし、このような唱歌の授業は子どもたちには不評であったようだ。

2011年1月11日 (火)

西島千尋「クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか」(1)

Kiku 音楽が「きく」対象として意識されたのは、19世紀中頃のドイツにおいてであり、それまでは音楽は踊りのため、労働のため、儀式のため、社交のためのものであり、ただ「きく」ために存在していたものではなかった。

日本では芸術とかかわることを<鑑賞>という。しかも、この言葉はもともと日本にあった言葉ではない。明治以降に使用され始めた言葉のひとつだ。しかも、<鑑賞>が指し示す意味は変化しつづけてきている。この変化の過程は、近代国家日本がいかに芸術とかかわるべきかの模索の経緯を表わしていると言える。しかも、興味深いことに、他国には<鑑賞>にあたる言葉はない。

序章 日本だけにある<鑑賞>と言う言葉

<鑑賞>と言う言葉には二つの意味がある。ひとつは世界各国にも共通する音楽のたしなみ方を意味し、もうひとつは最初に述べた日本独自の意味の鑑賞である。共通する音楽のたしなみ方とは、コンサートホールで聴衆として一定のルールを守ることであり、エチケットを守っていれば、心の中でどう思っていようが、それらしいコンサートになるわけです。実は、クラシック音楽のコンサートには、このようなマナーを含めてクラシック音楽に集中するしかけが為されている。例えば、コンサートホールは外界から遮断し、訪れる人を非日常的な空間に囲い込む、またホール内でも座った人の視線はステージに集中するように仕掛けられている。演奏が始まる前に証明は可能な限り落とされるが、それは誰が隣に座るが重要でなく、関心をステージに集めるためと言える。しかし、ステージでスポットライトを浴びる演奏者や指揮者が主役かと言えば、そうではない。例えば、オーケストラの服装は黒か白に限られている。これは召使の服装で、いわば音楽という主人に仕えていることを示している。このような様々なしかけ、聴衆が守るべきルール、そして芸術作品という考え方によって、クラシック音楽のコンサートは集団的な反応形式が重視される。その集団的な側面が<鑑賞>のひとつの側面、世界に共通する意味である。

それでは、<鑑賞>のもう一つの意味、つまり日本独自の鑑賞について考えてみよう。それは、個人の内面に踏み込む内容をもつ。ある音楽と関わっているとき、その人がどうきいている、どのように感じているかは分かりようがない。だが、クラシック音楽には理想とする聴き方があるという考え方がある。これは美学の用語でいう「美的体験」に似ている。自然対象や自然の光景、人工品のなかでは特に芸術作品を対象として、その感覚的な美質を味わい、さらに技術的・精神的な構築物である芸術作品の場合には、その制作の技法を評価し、そこに絶えず意味を探求し、さまざまな解釈の可能性を比較考量しつつ、全体の思想を把握するという、感覚的で技術的、かつ知的な多層的理解の、ダイナミックなプロセスである。しかし、<鑑賞>の対象は芸術に限定され、評価・判断の要素はふくまれていないようだ。また、外国語、例えば英語にも、appreciationのような似た言葉があるが同じではない。

<鑑賞>は明治中期に美術の分野で批評の意味合いで使われ始め、文学や音楽にも波及していった。大正から昭和にかけては批評は客観で<鑑賞>は主観という使い分けがなされていくが、批評がプロなら鑑賞はアマチュアといような、この区分も曖昧で、戦後になると<鑑賞>独自の概念が形成されていく。このような<鑑賞>の変遷の意味するところは何なのか。当初の鑑賞は翻訳語のひとつで専門用語であったのが、批評と使い分けられることで非専門化し、次第に主観性が強調されていく。この過程は専門家から、より多くの人々を鑑賞の主体として想定する過程であるであるとも捉えることが出来る。しかも、専門用語であった明治から大正にかけては権威を生み出す行為であった鑑賞が、徐々に権威に従う行為へと変化していった。このことを極言すれば、近代日本は、権威に従う鑑賞者を求めてきたとも言えるのではないか。

2011年1月10日 (月)

西田宗千佳「世界で勝てるデジタル家電~メイドインジャパンとiPad、どこが違う?」(5)

第5章     本当に勝つなら「ルール」を変えろ

アップルはよい製品を作ったことで勝ったと言われるが、それは部分的には正しい。これまでも述べてきたように商品作りのバランスにおいて非凡であるが、それで勝利したわけではない。例えば、生産性に対する圧倒的な手当てやネットサービスとのタイアップなど。つまり、優れたハードを大量に売ることを本質的なビジネスの源泉に定め、その上で優れた操作性、配信サービスといった武器を用意し、ハードウェアの魅力を高めた。それを支えたのは低価格な機器を生産し、高い利益率で売るというシステムだ。アップルは携帯電話のビジネスを異なったルールに書き換えてしまったといえる。ライバルが、そのルールで戦う限りアップルを凌ぐ利益率を上げるのは難しい。少なくとも他社がアップル並みの成功を収めるには、再びルールを書き換える必要がある。

また、家庭用ゲーム機のビジネスでは過去にルールを書き換えることでライバルに勝利した例がある。1990年代のソニーのプレイステーションがそうだ。プレイステーションはゲームの表現に3Dを導入したことで知られているが、それはハードウェアの差別化に過ぎず、勝利の要因はソフト供給をROMカセットからCD-ROMに変更し製造コストと時間を短縮し、ビジネス環境を再整備したことであり、サプライチェーンで最終的に勝利をおさめたことにある。これに対して10年後、任天堂はニンテンドーDSで携帯ゲーム機で本格的にタッチペン操作を導入したゲーム機となったが、勝利の要因は、従来顧客ではなかった30代や40代を掴み「脳トレ」などで従来のゲーム以外の顧客をつかんだことだ。ゲーム機においてさまざまなルールが模索されるのは、機械を売れば終わりと言うビジネスを脱しているからだ。

また、テレビの世界で3Dは日本製品が優位性をもっている画質を再び差別化のキーにしようという戦略といえる。

このように、日本の競争力が失われたと多くの人が言うが、それは日本の技術力が失われたからではない。技術力はあるのだ、しかし、それを日本国内で消費されるデッドエンドで浪費したことが間違いのもとなのだ。たしかに、日本国内には、それなりの市場があるためデッドエンドの商品を作ってもそれなりに売れ、利益を生むことが出来た。だが、海外の各国では国内市場が小さいため海外に出ざるを得ず、日本が見失ったいくつかの市場を真剣に攻め、自国の外で強みを発揮した。今後家電の多くが、iPhoniPodのようなルールで作られ、販売されていくとすれば、勝つためには量が必要で、その上で品質の追求していかなければならない。日本だって高度経済成長期は海外で戦ってきたのだ。今だってゲーム機は海外で勝負している。

昨年から、日本の製造業に関するものを何冊か読んでいますが、国際標準化との戦略だったり、ビジネスモデルとの関連だったり、開発と生産の関係だったりと、それぞれ切り口はことなるものの、共通しているのは、今まで通りのことを続けていればジリ貧になるという認識です。おそらく、検索でこのブログを訪れている人は、多かれ少なかれそういうことで悩みつつ、ウェブを検索してヒントでも、と思っている人もいるに違いないと思います。私も、メーカーに勤めている人間として、他人事ではない、切実な問題でもあります。そして、私がこれまで読んできた著作から感じるのは、それぞれの著者は危機感を持っている一方で、日本の製造業、技術を熱く信じているということです。私も、これらを読むたびに力づけられるような気がします。いろいろ危機的とか言われていますが、こう人たちがいる、こういう人たちを生んでいる、日本の製造業というのは、我ながら、やはり、凄いなと感心したりもし、正月早々、力がこみあげてくるような思いに、正直、とらわれました。この本、具体的で読みやすく、非常に分かり易いのですが、著者の危機感の強さからか、論旨の運びに心配事をどうしても言いたくなって、ぶれてしまうところがあります。それが、読み方によっては悲観的ともうけとられてしまう恐れがあるのが、ちょっと懸念というところです。

2011年1月 9日 (日)

西田宗千佳「世界で勝てるデジタル家電~メイドインジャパンとiPad、どこが違う?」(4)

第4章 日本は「オーバークオリティー」なのか

「日本のデジタル家電は、品質が非常に高い。モノ作りの技術や本質で、日本が負けているわけではない」という声があります。たしかにそうだと思います。では、日本の家電が優れている点はどこなのでしょうか。他方で「技術的に優れている」ことは、本当に「商品として優れている」ことなのでしょうか。それを考えていきます。

例えば、日本の携帯電話に対してiPhoneのほうがバッテリー容量が約1.8倍あるのに、待ち受け時間は43%も少ない。この両者の差は省電力機能の差です。両者は電力消費の特性が異なります。端的にいえば何もしていないときの消費電力をいかに少なくするかの能力の差なのです。例えば、メールを受信するときには、メールを読む以外の作業をしていない。そのような時に携帯電話をフルパワーで動かすのは無駄です。そのため、日本の携帯電話は、このような時、ほとんどの処理をオフにしてしまいます。携帯電話内のCPUは、自分に処理が回ってこないことを検知すると、動作を極力止めてしまうように作られている。この細かなコントロールの積み重ねが、最終的に大きな省電力機能となる。それが日本の携帯電話の「多機能なのにバッテリー動作時間が長め」という相矛盾する要素を同時に実現している。しかし、これに対して著者は本当に消費者のニーズに合っているかという。例えば、消費電力を節約するため日本の携帯電話は操作の反応速度が鈍く「もっさりしている」。

別の例として、著者はノートパソコンをあげています。日本には薄型で軽量なパソコンが多数存在します。これに対してアメリカのパソコンは堅牢につくられていて日本製のものほど軽くない。日本のパソコンは軽量で柔構造ゆえに精密機械であるパソコンが振動に対応できるように精密な設計が行われてます。その組み立ては職人技術の世界で、どうしても高価なものとなります。現在、このような付加価値に日本人はお金を払っていますが、他の国の人はあまり買いません。

もうひとつ、日本のメーカーが執拗に追い求め、差別化を追求するポイントがテレビの画質です。とくに黒の表現では、韓国や中国のメーカーの製品とは一線を画したクオリティを有しています。しかし、それが商品としての売れ行きにつながってはいないのです。つまり、画質が付加価値として購買に結びついていないのです。これに対して、韓国のサムソンは画質をある程度犠牲にして、テレビそのものの厚みを劇的に薄くしたデザインが非常に高く評価され、価格を抑えることでアメリカで成功をおさめました。人々の欲しがっていたのは高画質ですが、その分高価で手に入らないテレビではない。少々画質が劣っていても、デザインがよくて、今までよりリビングで栄えて、手に入りやすい価格のテレビだったのです。サムソンは、それをいち早く分析し勝負をしかけ、勝利したのです。

日本の家電のオーバークオリティとは、動作検証に対する考え方だと筆者は言います。例外処理やエラー処理の部分を厚くしすぎることはコスト効率の上でも問題となるし、ユーザーのニーズに柔軟に対応できにくくしています。

あるIR担当者の雑感(17)~アナリストプラットフォームその後

昨年末、以前にここでも取り上げたJASDAQ市場のアナリストレポートが公開されました。最初に公開されたのは三社でした。私も、以前にこのブログで色々と書きましたが、そういうことは脇において、まずは、このような新しい試みに果敢にチャレンジしたこれらの会社、経営者や担当者の方々の挑戦的な姿勢や勇気には頭が下がります。また、やり方は別として、市場に上場している会社をとにかく投資家に分かってもらおうと試み、とにかく実行に移した大阪証券取引所の姿勢は、素晴らしいことだと思います。まずは、始まった事そのものは、慶事として、今後、これがうまくいくことを祈っています。私の勤務先は参加していないので、偉そうなことを言える立場ではありませんが。理想としては、これがうまく行って、他の会社も、「やっぱり当社もやるべきだった」と後から後から、参加会社が増えてきて、全部の会社が自発的に参加することでしょう。そして、それを投資家がJASDAQは面白いかもしれない、注目してくれる、ということでしょう。

で、肝心の内容としては、会社の事業紹介とその分析、最近の業績、今後に向けての事業の方向性、そしてリスク分析をある程度のボリュームの中で、書かれているようでした。多少バラツキはありますが、基本的なフォーマットがあって、それを押さえるようにレポートが書かれているようです。内容も一回の取材としては、よくまとまっていて、そんなに悪いものでもないと思います。これから、他の会社のレポートも順次公開されていくことになるでしょうが。この水準が維持できれば、それなりのアーカイブができるでしょう。そして、それらの会社について、年間二回の報告が都度公開されれば、たいしたものになるかもしれません。

しかし、だからと言って、私の勤め先の経営者に向かって、「これはいいです。是非ともウチも参加すべきです」と言えるものか、というプラスアルファのようなものは、あるようには思えませんでした。もし、私の勤め先の会社が参加するとしたら、真っ先にやって最初だからという話題性を享受するか、他のほとんどの会社が参加して、取り残されそうなるか、どちらかしかないと思っていました。今回の最初のレポートを見て、その考えは変わりません。

というのは、レポートについて、書かれる会社にとって(と言っても、私の勤務先の会社は、この20年で2~3回レポートを書いていただけただけなので偉そうなことは言えません)は、それはアナリストが投資家に会社のことを紹介してくれるというだけではないと思うのです。会社にとっても、市場からどのように見られているか、ということが形に残って現れてくるものなのです。そこには、経営に対する懸念や希望がでてくるはずです。このような情報を会社も得ることができる。自分の姿は自分で見ることはできないので、鏡に頼るしかありません。アナリストレポートは会社にとって、いわば鏡のひとつとして捉えられるのではないか。そういう意味で、今回公開されたレポートを、それぞれの会社がどのように読んだのかというのが、非常に興味があります。私が、もし、それらの会社の担当者だったら、物足りなく思うのですが。

2011年1月 8日 (土)

西田宗千佳「世界で勝てるデジタル家電~メイドインジャパンとiPad、どこが違う?」(3)

第3章「プラットフォーム」で家電は変わる

現在のデジタル家電の動作はプラットフォームという基盤によって動いています。このような構造はゲーム機から生まれたと筆者は言います。その理由として、一つはゲーム機はコンピュータであること、二つ目はソフトで大きく価値が変わるということ、三つ目は、iPhoniPodにつながる共通項として、圧倒的な量産が前提の商品であること、の三つです。このコンピュータと量産、そしてその特性を生かしたビジネスモデル構築と言う点で、その後の家電に与えた影響は大きい。ゲーム機自体は高い製品でなく、ゲームそのもので価値を演出する必要がある。そこで重要なのは価格で、任天堂は、他社が簡単に追いつけないように性能面で差別化を図りつつ、低価格な製品を作れるよう技術開発を行った。そこでポイントとなったのはカスタムLSIです。この製造を担当したのはリコーで、任天堂はリコーに対して、かなりまとまった台数を一括購入することによりコストを下げた。さらに、任天堂は、量産を前提とするだけでなく、同じ製品を長期間販売する戦略を取った。これにより、1台あたり生産コストをさらに下げることができる。この間技術が進歩しても、同じゲームソフトを動かすために敢えて性能を上げずに、開発リソースを低コスト化に絞ることで、さらにコストを下げる。

以下、著者は携帯電話やテレビの世界でプラットフォームがどのように機能しているかを詳細に分析します。

家電においてデジタル技術の比率が低かった時代には、パーツそのものの性能が上がらないとコストも性能も上がらず、よい家電はできなかった。だが、デジタル技術の重要性が増すにつれてプラットフォームに左右されるようになった。LSIは他社から購入できる。機能の不足や改善はソフトの改良によって行うことができるというように、モノ作りの形は、以前とは変わってきているのだ。ここでアップルは、グラフィックや操作性といったプラットフォームの余力が商品の価値を決めることにいち早く気がつき、それを最初から量産し、複数の製品で使いまわすということでコストを下げるという戦略を取ったのだ。このように家電メーカーにとっては、自社製品を作るためのプラットフォーム戦略は「命」といえる。アップルがプラットフォーム戦略を重視するのも、そのためだ。

2011年1月 7日 (金)

西田宗千佳「世界で勝てるデジタル家電~メイドインジャパンとiPad、どこが違う?」(2)

第2章 アップルがしかける「超」量産の時代

仮に、iPhoneを落として画面を破損し、アップルのサポート窓口に持ち込んだとする。そうすると、壊れたiPhoneを引き取り、その場で修理対応のために用意された「新品」と交換してしまう。このような手順をとられれば、利用者としてはありがたい。そこで故障というトラブルで顧客が被るマイナスの感情を抑えることができます。しかし、大きな理由は、このような利用者のためだけではなく、修理を含むサポート業務を効率化する上では、細かく直すより新品交換の方が安くつくのです。

この理由は、まずサポートのコストです。修理のトレーニングを積んだ人員の配置。修理のための設備の用意。修理に費やす時間などを節約できることになります。しかし、これが成立するのは、修理のためのコストが交換する新品を余計に生産するコストを上回る場合のみに限られる。それは生産台数にもよる。

そういった製造を請け負っているのがEMSと呼ばれる、いわば家電製品の製造を担当する企業。ここにも、修理ではなく交換の対応にしている理由がある。それは、薄型で分解が面倒なつくりになっているためだ。それは、iPhoneiPadの現物を見ると分かるのですが、ツメを引っ掛けたり、ピッタリとした部品をハメ込んだりして作られている。このようなつくりは、組み立ては決められた手順でハメ込むだけになり、作業が極めて効率的になる。しかし、その反面、分解が難しくなる。このときに修理を前提にしなければ、分解の必要性は少なくなるというわけです。つまり、EMSで猛烈な数をつくるというビジネスモデルならではのこちだ、ということなのです。

中国で大量生産といえば品質の面で不安があるかと言えば、しかし、商品としてのクオリティーは他社の製品をはるかに凌駕している。その中で、性能や機能でなく「価格に比した、商品としての満足感」だけでいうなら、これを越える物はない。モノとしての満足感が高い、とくにデザイン面で評価が高い。だがその本質はデザイナーにあるのではなく、デザイナーを生かす環境づくりにある。つまり製品化にともなう制約の点だ。とくに、今言ったようなEMSの生産上の制約を、アップルはEMSに言うことを聞かせている。つまり、売るためには、顧客満足度を高めるためにはどうするべきかという視点て考え、デザイナーの意見を最大限取り入れる努力をしているのが、アップルの強さなのだ。

そのようなデザインとモノ作りの発想を突き詰めた典型例としてユニボディという手法を取り上げます。これは、アルミを切削してボディー素材を作る手法で、通常使われる圧延に比べ時間がかかる。これには理由がある。まず、デザイン上の理由。そして、部品を分割しないことで剛性に優れ傷みにくくなるという強度上の理由、そして、部品数が減ることで組立コストが下がる。最後に、リサイクルが容易である点で、これはアルミの切削くずはリサイクルが容易である点です。しかし、これだけでは他のメーカーだって同じように切削加工を行うはずだ。ここでアップルは、さらに、ボデイーデザインを共通化しているのだ。実のところ、ボディー一つあたりの製造コストは、樹脂製の他社の方がずっと安いはずだ。だが、たくさんのバリエーションを作ることはコスト増となる。これに対して、アップルは種類を絞り、生産効率を向上させると、トータルでのコストは変わらない。大量生産とクオリティーの問題を同じレベルで見て、他社とは別の方向性に向くことで実現させている。これは商品の魅力を最大限にという方針を徹底しているからと言える。

アップルが行っているのは、冷静に考えればシンプルな戦略といえます。製品は量産したほうが安くなり、量産するには相応の設備と人員が要る。生産設備と人員は安く外注できるところがあるのだから、そこを使う。だが、自噴たちが求める品質に到達させるところは譲らない。そのために、ユニボディのような生産方式をとり、デザインから設計まで多くの部分を自社でコントロールしている。組み立てコストが安く、パーツコストも安いのに、実際の売値は他社と変わらない。しかも、顧客はより先進的なものと思い、徹夜で列を作ってまで買い求める。つまり、安く作り、最大限の価値を生み出すというのが、アップルのビジネスと言えます。

2011年1月 6日 (木)

西田宗千佳「世界で勝てるデジタル家電~メイドインジャパンとiPad、どこが違う?」(1)

Ipad はじめに

日本経済の退潮が言われて久しい。その原因として取り沙汰されているのは、曰く中国の安価な労働力を背景とした価格戦略に負けた、あるいはアメリカのソフト開発力に負けた。著者は、これらの意見を否定しませんが、これらは氷山の一角でしかないと言います。では、日本を苦境に追い込んだ氷山とは何か。この氷山の姿をよく表しているのがアップルのiPadだと言います。日本の企業からなぜこのような商品が登場しなかったか、を詳細に分析していくと、それが分かると言います。

第1章 iPadは何がすごいか

それでは、まず、その見本も言うべきiPadの分析から始めます。まず、iPadを使って、まず気がつく特徴としては、動作が滑らかで軽快であること、バッテリーが長く保つこと、そして、5万円をきるという価格の安さです。さらに、手で触って操作できるという良さもあります。要は、安くて、便利で、楽しい。

しかし、パソコンとして技術的な先進性で評価すると、さほど注目すべき点はなく、パソコンしても品質の高いものとは言えない。例えば、マルチタスク機能、複数のソフトを同時に利用し、切り替えながら使う機能、が限定的で、音楽を流しながらの作は難しい。こうなっている理由は、処理負荷が増大し、バッテリー動作時間が減ってしまうのを避けるため。実際、iPadに搭載されているCPUはパソコンで一般的に使用されているものに比べると10分の1程度の性能だ。また、iPadのつくりを見ても、日本のメーカーならもっと軽く、小さく作れると言います。このような点から、iPadのモノ作りあり方は、日本のメーカーの発想と真逆の発想と言えるものです。

IPadが機械として高性能でないからと言って、快適であるという話とは矛盾しない。それはパソコンとは利用スタイルが異なるからだと言える。先ほどの話でiPadのCPUは性能では高いものではないが、ごく小さなものです。CPUが小型のため空いたスペースに大きなバッテリーを搭載できるわけです。つまり、iPadではバッテリーの搭載を優先して、他のパーツの占める面積を小さくしていると言えます。しかし、携帯電話には長時間の動作、薄型化と並んで多機能化の要求が高いため、日本のメーカーは省電力化に注力しながらも、容量を削減する努力をしています。これに対して、iPadは正反対の方向性、つまり、処理性能はそこそこでいいから、サイズを小さくするというものでした。

そこで、iPadのCPUです。これはアップルのオリジナルですが、日本のメーカーは、種類が豊富なことやコスト面などから外販品を購入しています。ではなぜ、アップルはオリジナルのCPUを使用しているのか。その理由の第一は、データを蓄積しているメモリーとデータをやり取りするためのパス速度を通常の2倍に高速化しているためです。これは実際に使用すると違いを体感できますが、そのためコストが上がり、普通はパス速度は抑えた製品作りがされます。しかし、アップルはコストアップよりも実質的な速度アップを狙える設計を優先しました。そして、理由の第二点めは、小型で必要十分のCPUをもっとも割りのいい技術で作ろうとしたためと言います。普通は見方のLSIは高性能化、省電力化のために、より微細な製造方法を用いますが、多額の投資が必要になります。それに比べれば、iPadのCPUはその方法を取らないので、小型でも価格を抑えられる。しかも、大量に生産するので、コストを下げられる。

というのも、同じCPUをiPadだけでなくiPhoniPodにも使用しているからです。実は、iPadiPhonの二つの製品の違いはサイズくらいで、設計はほとんど共通していると言っていいものです。つまり、iPadiPhonを大きくすることで用途を広げたものと言えるのです。サイズを大きくすればバッテリーも大きくなるし画面も大きくなる。どちらも利用者が望むものです。そこにはパソコンともスマートフォンとも違う機器の市場が存在することを見抜いていたと言う他ありません。そのために、アップルはCPUやOSを自前で持っている。OSについては、単に自前で持っているから、というのではなく,利用者が求める価値にあったハードウェアと、それを生かす能力をもったOSを持っていることが重要なのです。例えば、アニメーションをなめらかに動かしたり、アプリの切り替え時に画面全体を半透明にして動かしたりとより高度な処理をする場合GPUというLSIが必要になります。通常、家電ではCPUをはじめとした機器を作るために必要な機能を一つの機能にまとめています。そして、5年くらい前までは、高度なGPUを搭載したLSIは多くありませんでした。たとえ機能があっても、それを操作性向上につかえるソフト、つまりOSがなかったのです。ところがアップルは、自社でOSを持っているため、OSと搭載製品の開発タイミングを自分たちの事情で合わせることができるため、他社に先駆けてGPUを搭載し、その機能を生かした製品としてiPhoneを開発することができたのです。この有利さが、もっとも実感できるのが操作性の部分で、例えば、タッチセンサーのタッチの快適性やレスポンスの速さです。これはGPUをしっかり使い、最適化されたOSを搭載しているからです。筆者は言います。“実のところ、タッチ機能も、美しいグラフィックも、日本メーカーはiPhone登場以前より、ずっと模索し続けていた。しかし、それを徹底的に追求したのは、アップルが最初だった。”

しかし、一方では、アップルが完璧を求めているわけではない。例えば、アンテナ問題。あるいは、iPhoneのデジカメ機能には色むらが生じるところがあります。しかし、それが商品性に影響するかという点で、iPhoneには写真を加工するアプリが多数あり、ここで撮影以降の楽しみを充実させている。これを利用する人にとっては、写真の質だけで価値が決まるのではなく、その写真をメールで送ったり、ブログに掲載したりする場合には、自分で思うように加工できることの方がありがたいも多い。

これをまとめると、こうなる。消費者の位置に立ったときの利用上の価値を考え、たとえば、軽いこと、小さいこと、カメラや通信の精度は、必要なレベルに達していれば許せる。その上で快適な利用環境が作られている。仮に、電波・カメラ・サイズ・操作性の4点で携帯電話を評価するとすると、日本のメーカーのようにはじめの三つが95点で操作性が60点の携帯電話よりも、最初の三つが90点でも、操作性が90点という方が合計点が高い。さらに、多くの人に取り操作性の持つ価値は相対的におおきい。とすれば、差かさらに広がる。iPhoneの人気の秘密は、そのような配分のうまさにある。

2011年1月 5日 (水)

去年のマイベスト

去年のマイベスト

このブログを昨年から始めて、未だ半年に至っていませんが、取りあえず節目ともいえるので、年間のマイベストを考えてみたいと思います。これは、私が昨年一年間読んだ本や聴いた音楽の中から選んだもので、発売されたものとは異なります。だから、当然、古いものも入ってます。去年は、ブログを始めた影響からか後半は見栄はって難しげなものばかり手を出して、小説類はほとんど読みませんでした。ここにあげたのは、純粋に読む楽しみに満ちた本。ブログで読書ノートをお見せしている者が、こんなことを言うのも変ですが、読書の楽しみというのは極言すれば、非生産的な楽しみで、読書というのは壮大な時間の無駄遣いなのです。ですから、タメになるとか、情報が得られるとかいうのは、あくまでも副産物に過ぎません。わたしも、それを目的にはしていません。だから、いっぱい本を読んでも何が書いてあったか全く覚えていなくても、それはそれでいいのです。じっさいに、そうしたほうがいい本もあるのです。だから、ここでのメモも自分なりの要約だったり、引用だったり、内容には全く触れない感想だけだったりしているでしょう。例えば、下の2冊目はブログでは全く触れることもしませんでした。そういういい加減さが読書にはあると思います。

まずは読んだ本から

・楠木建「ストーリーとしての競争戦略」

・八木雄二「天使はなぜ堕落するか」

・その他(他にあったと思いますが、忘れました)

次に音楽は

・茅原実里「Parado

・カプソン兄弟他によるブラームスのピアノ四重奏曲第1番

・グレムザーによるプロコフィエフのピアノ・ソナタ全集

・ドホナーニ指揮ウィーン・フィルによるメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」

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