西田宗千佳「世界で勝てるデジタル家電~メイドインジャパンとiPad、どこが違う?」(2)
第2章 アップルがしかける「超」量産の時代
仮に、iPhoneを落として画面を破損し、アップルのサポート窓口に持ち込んだとする。そうすると、壊れたiPhoneを引き取り、その場で修理対応のために用意された「新品」と交換してしまう。このような手順をとられれば、利用者としてはありがたい。そこで故障というトラブルで顧客が被るマイナスの感情を抑えることができます。しかし、大きな理由は、このような利用者のためだけではなく、修理を含むサポート業務を効率化する上では、細かく直すより新品交換の方が安くつくのです。
この理由は、まずサポートのコストです。修理のトレーニングを積んだ人員の配置。修理のための設備の用意。修理に費やす時間などを節約できることになります。しかし、これが成立するのは、修理のためのコストが交換する新品を余計に生産するコストを上回る場合のみに限られる。それは生産台数にもよる。
そういった製造を請け負っているのがEMSと呼ばれる、いわば家電製品の製造を担当する企業。ここにも、修理ではなく交換の対応にしている理由がある。それは、薄型で分解が面倒なつくりになっているためだ。それは、iPhoneやiPadの現物を見ると分かるのですが、ツメを引っ掛けたり、ピッタリとした部品をハメ込んだりして作られている。このようなつくりは、組み立ては決められた手順でハメ込むだけになり、作業が極めて効率的になる。しかし、その反面、分解が難しくなる。このときに修理を前提にしなければ、分解の必要性は少なくなるというわけです。つまり、EMSで猛烈な数をつくるというビジネスモデルならではのこちだ、ということなのです。
中国で大量生産といえば品質の面で不安があるかと言えば、しかし、商品としてのクオリティーは他社の製品をはるかに凌駕している。その中で、性能や機能でなく「価格に比した、商品としての満足感」だけでいうなら、これを越える物はない。モノとしての満足感が高い、とくにデザイン面で評価が高い。だがその本質はデザイナーにあるのではなく、デザイナーを生かす環境づくりにある。つまり製品化にともなう制約の点だ。とくに、今言ったようなEMSの生産上の制約を、アップルはEMSに言うことを聞かせている。つまり、売るためには、顧客満足度を高めるためにはどうするべきかという視点て考え、デザイナーの意見を最大限取り入れる努力をしているのが、アップルの強さなのだ。
そのようなデザインとモノ作りの発想を突き詰めた典型例としてユニボディという手法を取り上げます。これは、アルミを切削してボディー素材を作る手法で、通常使われる圧延に比べ時間がかかる。これには理由がある。まず、デザイン上の理由。そして、部品を分割しないことで剛性に優れ傷みにくくなるという強度上の理由、そして、部品数が減ることで組立コストが下がる。最後に、リサイクルが容易である点で、これはアルミの切削くずはリサイクルが容易である点です。しかし、これだけでは他のメーカーだって同じように切削加工を行うはずだ。ここでアップルは、さらに、ボデイーデザインを共通化しているのだ。実のところ、ボディー一つあたりの製造コストは、樹脂製の他社の方がずっと安いはずだ。だが、たくさんのバリエーションを作ることはコスト増となる。これに対して、アップルは種類を絞り、生産効率を向上させると、トータルでのコストは変わらない。大量生産とクオリティーの問題を同じレベルで見て、他社とは別の方向性に向くことで実現させている。これは商品の魅力を最大限にという方針を徹底しているからと言える。
アップルが行っているのは、冷静に考えればシンプルな戦略といえます。製品は量産したほうが安くなり、量産するには相応の設備と人員が要る。生産設備と人員は安く外注できるところがあるのだから、そこを使う。だが、自噴たちが求める品質に到達させるところは譲らない。そのために、ユニボディのような生産方式をとり、デザインから設計まで多くの部分を自社でコントロールしている。組み立てコストが安く、パーツコストも安いのに、実際の売値は他社と変わらない。しかも、顧客はより先進的なものと思い、徹夜で列を作ってまで買い求める。つまり、安く作り、最大限の価値を生み出すというのが、アップルのビジネスと言えます。
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