河合忠彦「ダイナミック戦略論」(7)
そして、それ以外の理論としてアイゼンハート=サル理論を検討する。まず、“ファースト・ムービング・マーケット”、つまり変化のスピードが速いマーケットという視点を導入する。これはニュー・エコノミーのニュー・ビジネスに典型的に当てはまる。この理論の前提として、今日の経済環境の最大の特徴は変化のスピードが速いことで、伝統的な戦略論では対応できない、つまり市場の変化に追いつけないという認識がある。そこで提示されるのがシンプル・ルール理論である。ファースト・ムービング・マーケットで競争優位性を得るための最大の機会はまさに市場の混乱の中にあり、混沌の中を突き進んで逃げ足の速い機会を捉えるためには、キーとなる戦略プロセスも、ルールも少ない方が好都合だからである。その内容は次の5つのカテゴリーに分けられる。第1はハウトゥー・ルー、あるキーとなるプロセスについてそれがユニークとなるように遂行の仕方を決めるものである。第2がバウンダリー・ルール、境界条件を決めたものであり、多くの機会の中からすばやく選択するのを容易にしようとするものである。第3がプライオリティ・ルール、競合するいくつかの機会に資源を配分する基準を提供し、決定を容易にするためのものである。第4にタイミング・ルール、キーとなる戦略プロセスのリズムをセットし、生まれつつある機会や会社のほかの部署のペースに経営者を同期させるものである。そして、第5に退出ルール、古くなった機会から退出するのを助けるものである。これらのルール戦略の適用関する注意点としては、第1にルールの数は多すぎても少なすぎてもいけないこと、第2にルールを頻繁に変えないこと、第3にもととなる戦略プロセス自体が古くなった場合には、もとを変えること、つまり、シンブル・ルール戦略の優位性は短期的なことを前提とすべきであること。このようなアイゼンハート=サル理論の特徴は、ファースト・ムービング・マーケットという特定の産業(市場)を対象としているが、形式的・抽象的理論としての性格が濃いこと、企業組織については何も論じていないこと、環境の特質から出発して必要な戦略に至るまで一貫した論理で展開しているが、説得力が弱いことである。この理論は不確実性理論に依拠せずに不確実性型の理論展開しているが、技術革新の進展などにより新製品分野が切り開かれるという大きな環境変化と、それに伴う需要の構造的不確実性が明示的に扱われていない点ではもの足りない点が残る。
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