河合忠彦「ダイナミック戦略論」(8)
第4章 ダイナミック・ルール(2)
前章に続きダイナミック・スクールの残り2つについて検討する。まず、法則スクールは、スタティック理論の一般化によってダイナミック理論を構築しようと言うものと考えていい。その代表的な試みとしてタヴニの理論を検討する。タヴニによれば、今日の企業環境は“ハイパー・コンピティション”、伝統的に競争と考えられてきたものを超える激しい競争、の状態にあり、伝統的に企業の競争優位性の源泉と考えられてきたものが無力になってきており、新しい競争優位性の源泉を見出さなくてはならないという。そこで、タヴニの提示するのが、“ダイナミックな戦略的インタラクション”という視点である。これは長期間にわたる競争企業間での行動と反応の連鎖であり、これを理解することが優位性の源泉を明らかにする出発点となる。その軌跡を特徴づけるのは2つのタイプの競争のエスカレーションである。第1のタイプは4つの競争舞台内でのエスカレーションである。4つの舞台とは伝統的な優位性の源泉であり、コストと品質、タイミングとノウハウ、要塞化、資金力を指し、それぞれについて形成されるエスカレーションである。第2のタイプはそれら舞台間のエスカレーションである。現実のエスカレーションはこの2つのタイプが組み合わさって生ずる。ハイパー・コンピティションに於ける成功は、現状を破壊するための、また現状を破壊しようとする他企業に対抗するための一連の新たな優位性を展開できるかどうかにかかっている。そのための処方箋としてダブニの新7-Sフォーミュラを提示する。すなわち、(1)優れたステークホルダー満足、(2)戦略的予言、(3)スピードへのポジショニング、(4)驚きへのホジショニング、(5)競争ルールの変更、(6)戦略的意図のシグナリング、(7)同時的かつ連続的な戦略攻撃で、企業が成功するためには、それらのいくつか、ないしすべてを用いなくてはならない。この理論の特徴は、第1に、より内容的でしかも一貫した体系として構成されていて、それだけ説得的であること。第2にポーター理論を特殊理論とする一般的なダイナミック理論となっていること、これらのことから、競争不確実性に関するダイナミック戦略論として優れているが、需要不確実性に適用するには不十分と言える。
最後に残ったプロアクティヴ・スクールを検討する。これに属する修正RBVスクールをとりあげ、そのうち既存のRBVの中からいわば自己改革としてそれを行おうとするものと、他の理論にRBVを持ち込んでそれを成し遂げようとするものの2つのタイプがあり、まず、前者のタイプとしてティース=シューエン理論を検討する。そこではまず、半導体、情報サービス、ソフトウェアなどのハイテク産業におけるグローバルな競争は、競争優位性がいかに実現されるかについての新たなパラダイムを必要としている。しかし、既存の戦略論のパラダイムは、企業が既に持っている競争優位性をいかに維持するかについての分析はできても、このような急速に変化する環境で新たな競争優位性を構築できるかについての分析は不得手だからである。そこで提示されるのが、RBVの拡張としてのダイナミック・ケイパビリティ・アプローチである。先に述べた競争の勝者となったのは企業内外のコンピタンスを効果的に調整し転換する経営能力(ケイパビリティ)を備え、タイムリーな反応と急速で柔軟な製品イノベーションを実現した企業であった。この新しい形の競争優位性を実現する能力がダイナミック・ケイパビリティである。ここには2つの新たに重要な局面が込められている、“ダイナミック”とは、変化していく企業環境との適合を実現するためにコンピタンスを更新する能力を意味し、“ケイパビリティ”とは、変化していく環境の要請に適合すために、企業内外の組織的スキル、資源、職能的コンピタンスなどを適切に使用・統合・再構成していく上で、戦略的マネジメントが主要な役割を果たすべきことを強調するものである。この理論の特徴として、次の2点があげられる。第1に、既存のRBVが不十分だという認識の上に立って、本書と同じような評価に立っていること、第2に、ダイナミック・ケイパビリティ・アプローチの中身については何も示していないことだ。だから、この理論に対する評価が出来る段階にはない。
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