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2011年2月 1日 (火)

あるIR担当者の雑感(18)~考えるということ

いま、3月期決算の企業の第3四半期決算が続々と発表されています。先週から今週の金曜日にかけて多くの企業の発表日が集中しているのでしょうか。私の勤務先は10日が発表予定日で、いま経理課の人たちが作業したり、監査法人の相手をしたりと忙しそうにしています。で、私の方も、決算短信の定性的情報(文章で業績の経過や決算内容などを説明する部分です)を作っています。正確には、若い人の養成の意味もあって、その人に作らせて指導しています。以前にも書きましたが、この場合、今期はどうだったかというストーリーをまず頭の中で組み上げていくのが、一番大切な作業と思っています。で、若い人はその作業に一番苦労しているようです。ストーリーと言っても雲を掴むような話で、確定した方法論のようなもの等はないもので、その要素である切り口とか視点というようなものは、その都度変わるものでもあります。(これは、企業の経営にしたってそうではないかと思いますが、絶えず変化する環境に対して、ルーティンで決まったことを繰り返していたら、その経営はどうなってしまうのか?)その企業の経営について投資家に説明するわけですから、そもそも対象が絶えず変化しているのに、ルーティンワークで決まったことを繰り返すようなことは、本来ありえないことではないかと、思います。それが、なかなか、若い人には難しいというのか、理解しにくいことのようです。その人に「どうしたらいいですか?」というように聞かれても、「まず、自分で考えてみなさい」としか答えるしかない、と今の私は思っています。先日、その人と同じようなやり取りをしていて、かなり戸惑っていたようでした。その人に言い分は「分からないから、聞いているのに、自分で考えろと言われても」というのです。さらに「考えろというが、どうやって考えればいいのか教えてほしい」とも。これは、私にとっては、カルチャー・ショックというようなものでした。まず、分からないから、とりあえず誰かに聞いてみる。これは当然のことですが、聞いたからと言って答えか返ってくるとは限らない。これは私にとっては、また、当たり前のことでした。だから考えるのであって、しかも、そのどのように考えるのか、ということは、誰かに聞くようなことではなく(せいぜいが参考程度のものならば、ありえるかもしれませんが)、自分で考えることと思っていました。その人は、「それでは、できない」と言います。これまでも、その人が作ってきた文章に対して、単に直すということはせずに、ここはどうしてこのように書いたのかと質問して、答えさせたりしていたのですが、その人は、そういうのを中途半端な責任逃れのように受け取っていたようでした。その辺りも戸惑いの原因かもしれません。

それから、経理課で作業している決算数字が出ないうちから、業績や決算内容の説明は考えられないと言うのでした。日頃から営業や倉庫の出荷などの現場とコミュニケーションしておいて、全体としての雰囲気や、受注や出荷の動向を把握しておけば、細かな決算数字が出るのを待つまでもなく、全体的な流れはつかめるはずです。それは、経営者が経理課の細かな数字を待つ前にも、経営の決断をすることもあり、同じ事のように思えるわけです。実際に、どの会社も決算発表を早めようとして作業を急いでいる中で、経理の数字が出てから、じっくり文章を考えるというような優雅な会社はないはずです。多分、ある程度のものは予め作っておいて、数字が出た時点で細かな点を確認したり、修正して発表という段取りのところが多いのではないでしょうか。

このような、実務日程上の制約もあり、IRというもの自体にある経営に通じるところなんかを考えると、毎回、雲をつかむような“考える”という作業をしていかなくてはならない、と私は思っています。だから面白い仕事であるのだけれど。これを若い人に、どのようにして理解してもらえるか、と悩んでいます。

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