河合忠彦「ダイナミック戦略論」(13)
第6章 ダイナミック・ポジショニング理論 ここから、ダイナミック戦略論の構築作業に入る。作業は2段階で行い第1段階として、「法則型」のBCGマトリックスの一般化による、よりダイナミックな戦略論の構築を行う。次章で、第2段階として「プロアクティヴ型」のダイナミックな一般理論の構築を行う。 BCGマトリックスは第2章で見たように、ダイナミック理論ではあるものの、次の3つの理由で高度に不確実な(タービュラントな)環境に対応できるものではなかった。その第1は、企業がすでに持っている製品及びM&Aによって取得可能な製品については適用可能だが、これから生まれるまったくの新製品については適用困難であり、したがって“高度に不確実な環境が提供する機会に乗じて新規ビジネスに挑戦する”と言うような状況に関してはム略であること。第2に、BCGマトリックスが有効なのはある製品が有効なのはある製品がどのセルに属するか、したがってどの戦略が適しているかを“安定的なものとして”決定できる場合だが、それが可能なのは成長率が比較的安定的な場合に限られ、高度に不確実な環境では不可能であること。第3に、BCGマトリックスでは有望な製品は自社内で育成するいわゆる“内部成長方式”が想定されているが、変化のスピードが速い環境では、それでは間に合わない可能性があること。このようなBCGマトリックスの限界を克服するため、スタティック理論の一般化によってダイナミック理論を構築する方法にならい、元の理論で前提とされていた要因を変数としてモデル内に取り込む。ここでは、上記限界の克服のために、どのような変数を取り込めばよいかを、限界をもたらした原因に即して考える。第1の原因は既存の製品しか考慮していないことであるが、これは事業分野を変数として扱っていなかったことを意味する。したがって、この克服には既存ビジネスだけでなく新規ビジネスへの進出も考慮すればよい。第2の原因は成長率が不安定な場合には使えないことであるが、これは成長率の安定性を変数として扱っていなかったことである。したがって、この克服には成長率の安定性を変数として扱う。第3の原因は、成長方式を変数として扱っていなかったことである。したがって、この克服には内部成長と外部成長とをその変数の値とする。このように限界をもたらしている原因に対応して取り込む変数のいずれを取り込むかは、限界をもたらす原因として、どの要因のウェイトが大きいと見るかに依存することとなる。 では、実際に上記の3つの変数候補のうち2つを次元としたマトリックスを作成する。このマトリックスの第1の次元は[既存ビジネス─新規ビジネス]で第1の原因に対応するもの、第2の次元は[内部成長─外部成長]であり第3の次元に対応するものである。ここで得られるマトリックスをBP(ビジネス・ポートフォリオ)マトリックスと呼ぶ。BCGマトリックスはすでに世の中にある製品を分析対象とするのに対して、BPマトリックスは、それに加えてまだ世の中にない全くの新製品をも分析対象に含む。このようにBPマトリックスはBCGマトリックスの上位マトリックスとしての意味を持つ。BCGマトリックスはBPマトリックスの「内部成長かつ既存ビジネス」のセルについてのみ適用可能なものと位置づけられる。ところで、BPマトリックスとBCGマトリックスでは、その客観性にかなりの違いがある。BCGマトリックスでは企業がすでに持っているビジネスと買収可能なビジネスが対象となるので、ほぼ正確なプロットが可能である。しかし、BPマトリックスの対象はマーケット成立前の新規ビジネスであり、環境変化についての洞察にもとづき自社の資源や能力を十分に勘案して決定するにしても、主観的な要素が強くならざるをえない。したがって、実際には両マトリックスを併用する場合、まずBPマトリックスによって将来のビジネスと既存のビジネスの基本的なポートフォリオを決定し、既存のビジネスについてはさらにBCGマトリックスでさらに細部を決定する。しかし、プロセスは一方向的ではなく、ある程度行きつ戻りつ相互作用的に進める。ところで、ボートフォリオの決定に際し中心的な課題となる資金配分について、BCGマトリックスの場合とは、次の点で違いが生ずる。第1に、BCGマトリックスでは、外部資金に依存せず、既存ビジネスからの利益や資金を新規ビジネスに投資することが前提であり、投資額は結果的に決まるが、BPマトリックスでは、投資額は、新規ビジネスの育成に関するトップの判断による、より戦略的なものとなる。第2に、一般にBPマトリックスではBCGマトリックスの場合よりも資金需要が大きく、したがって撤退ないし育成すべきビジネスの選別はBCGマトリックスだけの場合よりも厳しく為される必要があり、それでも足りない場合には外部資金の利用を考えなくてはならないことである。 このような[BP+BCG]マトリックスによる戦略分析だけでは、戦略形成のフレームワークとして十分ではない。それが実践的なフレームワークになるためには、どのビジネスが有望なのか、それを実現する競争優位性の源泉は社内にあるのか、などについての分析的枠組みも不可欠だからである。
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