河合忠彦「ダイナミック戦略論」(10)
最後に、プロアクティヴ・スクールのもう一つのサブスクールである複雑系スクールについて2つの理論を検討する。その一つ目としてチャクラバシ理論を取り上げる。チャクラバシは“インフォコム産業”、インフォメーションとコミュニケーションにかかわる産業、に焦点を当てて“戦略のフレームワーク”を提示することを狙いとする。この理論が対象とするインフォコム産業は次の3つの特徴を備えている。第1に技術的進歩の結果、各産業を守ってきた多くの参入障壁が低くなってきていること、第2に生産規模を拡大すればするほどコストが低下し収益が増大し、均衡よりは不安定をもたらすこと、第3に、力の接近したライバルたちが互いに勝敗をつけられぬままに激しく技術革新競争を展開し、変化を加速していることである。そして、これらの特徴は、さらに単一の均衡に収斂しない点で特徴的である。他方、これらの産業の企業は均衡に達したい思いながら、どの軌道が成功につながるかの判断が困難なために退出遅れがちになり、競争を続けてしまう。こうして予測できない型で行動する競争者がタービュランスを生み出す状態が生まれる。このような状況に対しては既存の理論では対処できないと批判を加えつつ、次の3つ要素からなる新しいフレームワークを提示する。第1の要素は戦略の再構築であり、これはさらに①“イノベーションによる一番乗り”を連続的に行うこと、②ネットワーク効果を管理すること、③流れに乗ることの3つからなる。第2の要素はトップとミドルが戦略形成の責任をシェアすべきということである。第3の要素は、企業は諸資源をレバレッジし、強化し、多様化する組織能力を持たなくてはならないということである。この理論の特徴は、第1に、インフォコム産業と言う具体的産業を対象として戦略論を展開しており、このように対象を絞り込むことにより、“いかなる環境変化が生じているか”“必要とされる戦略は何か”“その戦略の実現のために必要とされているものは何か”という形で議論がシステマティックに展開されており、全体として一貫した体系を生み出していることである。第2に、この理論の“柔軟なコミットメント”の概念は、“柔軟性”と“コミットメント”という背反的な概念のパラドキシカルなブレンドを意味するものであり、重要な視点といえる。第3に、この理論は環境の変化とともに、競争優位性の源泉、それをもたらすコンピタンスは変化するので、コンピタンスを変化させていかなくてはならないという修正RBVの基本認識をクリアしているだけでなく,サンチェス理論とは異なる形でそれを具体化したものと見ることが出来るということである。この理論は新産業の創出を含む産業構造の変化に伴う構造的不確実性を問題にしている。ここで競争優位性を得るにはカオスに反応するのではなく、連続的イノベーションによってカオスを作り出し、それに乗ずる必要があるとしている。
最後に、ハメルの理論を取り上げる。ハメルによれば、今日は変化の予測が困難な革命的変化の時代であり、製品のライフサイクルが短くなるだけでなく、戦略のライフサイクルも短縮されつつある。このような革命の時代の唯一の確かな競争優位性の源泉は“ビジネス・コンセプト・イノベーション”、さらにはそれを見つけ出す洞察力である。では、ビジネス・コンセプト及びそのイノベーションとはいかなるものか。ハメルによれば、ビジネス・コンセプトとは、①コア戦略(いかに競争するかについての企業の選択にかかわるもので、ビジネシ・ミッション、製品、差別化の基礎から成る)、②戦略的資源(競争優位性の背後にあるもので、コア・コンピタンス、戦略的資産、コア・プロセスの3つが含まれる)、③顧客インターフェイス(顧客との接点に関するもの)、④バリュー・ネットワーク(企業外にあって企業の資源の不足を補いあるいはそれを増大させてくれる供給者、パートナー、協力企業などとのネットワーク)の4つの要素からなるものであり、それらの内容にイノベーションをもたらすことが、ビジネス・コンセプト・イノベーションである。ハメルによれば、このようなビジネス・コンセプト・イノベーションを実現するには“革命ないし反革命”を起こすしかない。このような革命の担い手はトップではない。トップの役割は、この場合、戦略を作ることではなく、優れた新しいビジネス・コンセプトを絶えず生み出す組織を作ることである。このようなハメルリ濾過の特徴は次の点にある。第1に、革命の時代には競争優位性の唯一の源泉はビジネス・コンセプトのイノベーション、すなわち戦略的資源を次々に転換していくことだとしている点、第2に、RBVとは系譜の異なる複雑系パダイムに依拠している点である。
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