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2011年2月26日 (土)

大竹文雄「経済学的思考のセンス」(2)

次に年功賃金について、年功賃金制度とは、勤続年数が延びるにしたがって賃金も上がっていく制度だと考えられている。年功賃金に関する議論の中で、労働者の生産性と賃金の関係という視点が抜け落ちることが多い。勤続年数が長くなると労働者の生産性が高くなるから賃金も高くなるという可能性である。この視点が欠けている人の議論においては、年功賃金制度を年金制度と同じように見て、企業の中で若い人たちが中高年を養っていると考えているように考えているように見える。つまり、年功賃金を賦課方式の公的年金制度と同じように見ている。賦課方式とは、勤労者が支払う公的年金がそのまま退職者への公的年金給付として支払われるシステムである。賦課方式の年金制度はねずみ講に似ている。ねずみ講のように新たな加入者が増えれば増えるほど、元の加入者は得をしていく。もし、このような企業の若い人が、中高年の高い給与を支えていることが年功賃金の理由であれば、従業員数が減少している企業で、年功賃金が成り立つとは考えられない。しかし、現実には従業員数の減少が続く企業でも年功賃金が成立しているのである。そのような企業では年功賃金をねずみ講として捉えることはできない。もし、ねずみ講型賃金制度としての年功賃金を保ってきたために過去の日本企業の人件費が安く抑えられ、高い利潤を生みたすことができ、その結果として株価も高かったとすれば、それは単に株価の評価が正当になされていなかったということである。

このような年功賃金制度は、日本特有のものであると考えられることが多い。しかし、このような賃金制度はホワイトカラーにおいては世界共通に見られることが分かってきた。このような年功的な賃金制度が存在してきた理由に関しての代表的な考え方が4つある。第1は人的資本論で、勤続年数と共に技能が上がっていくため、それに応じて賃金も上がっていくというものだ。第2はインセンティブ論で、若いときは生産性以下、年を取ると生産性以上の賃金制度で、労働者がまじめに働かなかった場合には解雇するという仕組みにして、労働者の規律を高めるというものだ。第3は、適職探し理論で、企業の中で従業員は生産性を発揮できるような職を見つけていくのであり、その過程で生産性が上がっていくという考えだ。第4は生計費理論で、生活費が年齢と共に上がっていくので、それに応じて賃金を支払うというものだ。まず、第1の理論について、勤続を重ねると技能が上がっていくという人的資本理論の考え方である。人は学校を出た時とまったく同じ技能レベルにとどまるのではなくて、毎年いろいろな経験を積んで、技能が上がっていく。人々の生産性が上がっていくということであるから、賃金が上がっていくのは当然である。もしそうであれば、中高年がふえるということは、より高い技能を持った人が増えるということを意味するので、生産性が増加することになり、年功賃金は問題なく維持できるはずだ。次に第2のインセンティブ理論は、労働者がまじめに働いているかどうかを常に監視し続けるのしコストがかかって難しいので、「まじめに働きます」と誓約書を書かせる代わりに、若い時の働きの成果の一部分を供託金として、その企業に捧げさせる。そして、長期間まじめに働いた場合には、企業はそれを返却するというシステムで、これが年功賃金システムだと考えられる。途中で、さぼっていることが発覚して解雇された場合には、供託金としての将来の年功賃金の部分を失うことになる。このようにして、長期間真剣に働こうと思っている労働者に入社してもらい、まじめに働いてもらう制度として考えられる。勤続年数が短いときには生産性が賃金より高いが、勤続年数が長くなると逆に賃金の方が生産性より高くなる。ここで、生涯の賃金と生産性合計は等しい。これがインセンティブ理論である。この場合、企業は必然的に定年を必要とする。なぜなら、年功賃金による中高年労働者は、生産性より高い賃金をもらっているため、この企業を辞める動機がない。したがって、あらかじめ決められた定年でこま企業から退出することを決めておかないと、生涯の生産性と賃金の収支が合わなくなってしまう。ただし、このモデルが成り立つためには三つの条件がある。第一に、企業が倒産しないこと、第二に、企業が年功賃金の約束を破らないこと、第三に、労働者が生産性よりも高い賃金を受け取る段階になって、労働者の技能に予想外の陳腐化が発生していないこと。この三つである。ただし、本当に技能の陳腐化の範囲が当初の想定の範囲に入るのか否か、を判定するのは非常に難しい。第3は、人は勤務を経るに従って、だんだん自分に適した職を見つけていくという考え方である。企業内には色々な職種があり、様々な職種を経験していくうちに、自分が最も生産性を発揮しやすい職に移っていく。そうすると、生産性の上昇に従って賃金も上がっていく。労働者の潜在能力は変わらなくても、適職を見つけることができれば、その労働は高い生産性を発揮できるのである。第4は、労働者の必要な生計費のパターンに合わせて賃金を支払うと考える生計費理論といわれるものである。このような生計費理論が年功賃金の理由であったとすれば、従業員の年齢構成の変化は、年功賃金の崩壊につながるだろうか。そうではない。生計理論においては、年功賃金は貯蓄の一形態であるから、企業は労働者に代わって賃金の一部を貯蓄していただけで、従業員の年齢構成が変わっても、その分、従業員から預かった賃金による貯蓄が多いはずだ。これらのことから、ねずみ講型の賃金制度が民間企業で成り立っていたと考えることに無理があり、年功賃金の経済的説明からも、高齢化と年功賃金崩壊は無関係だということが分かる。労働者は勤続年数が長くなると技能を蓄積する。労働者がまじめに働いているかどうかを監視するコストは大きい。労働者の能力を短期間で見分けることも難しい。生計費に応じた賃金パターンを支払うのが好まれるのも自然だろう。つまり、年功賃金制には合理性がある。では、なぜ年功賃金制が崩壊しているように見えるのか。

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