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2011年2月27日 (日)

大竹文雄「経済学的思考のセンス」(3)

まず考えられることは、技能そのものが陳腐化しまう可能性だ。技術革新が目まぐるしく起こっている場合に、例えば、長期勤務してコツコツ積み上げてきた経験が、コンピュータを中心とした技術革新によってまったく役に立たなくなる場合のように、長い間積み上げてきた経験や技能が十分に発揮できなくなってしまうことは日常的に起こっている。技能に応じた賃金を支払うシステムであれば、技能が低下してしまえば賃金は上がらなくなってしまう。その段階ではたしかに年功賃金制度は崩壊したように見える。しかし、このような技術革新が常に生じているのであれば、企業と労働者はそのリスクにあらかじめ備えて置き、そのための暗黙的な保険制度を賃金制度に組み込んでいてもおかしくない。また、インセンティブ理論のように年功賃金を供託金制度として考える場合、例えば定年間近になって供託金をすでにほとんど返してもらった人たちは働く意欲が大きく低下してしまうだろう。定年間近の人たちにやる気を持たせるシステムを導入しないと、この人たちのやる気は出ない、それは若い人たちに悪い影響を与える。そういう人たちに対しては、業績によって賃金を変えるというシステムを付加することで、このような年功賃金システムの弱点を補強することができる。例えば、管理職に対する業績主義的な人事制度をとったり、年俸制を導入するケースは年功賃金制が崩壊する証拠ではなくて、むしろ、年功賃金制度がもつ中高年労働者への意欲低下効果を補うためのシステムだということである。一方、新たな方向性として成果主義的な賃金制度がある。ただし、日本企業が市場主義的な度合いを高めたことが、成果主義でなかった賃金制度を成果主義的賃金制度に変えてきた理由だと考えるのは明らかに間違いだ。むしろ、長期的な雇用期間全体にわたる成果主義的な賃金制度や昇進制度を用いた成果主義的な賃金制度から、より短期的な成果主義的賃金制度への変更というのが、このような状態の正しい説明だ。長期的な成果主義には数多くのメリットがあるが、企業の倒産可能性が高まったり、成果と昇進の関係があいまいになると、まったく機能しなくなる。このような状態に対応するため、新たなインセンティブ制度として、各時点の市場価値により近い賃金を支払うという成果主義的賃金制度が導入されてきたと考えられる。

今度は、反対の側面から見てみよう。年功賃金が経済合理的に説明できる4つの理論をさきに説明したが、これらには、それぞれ問題点がある。第1の人的資本理論は、技能が勤続年数とともに技能が必ずしも上昇するとは限らない職場、例えば、技術革新の急激な職場では、ベテラン労働者の技能が陳腐化して若い人の生産性の方が高いという場合も多い。第2のインセンティブ理論は、そもそも解雇が困難な日本の企業でどこまで、この理論が妥当するか難しい。第3の適職探しの理論は、職種がそれほど多くない企業であっても年功的な賃金制度が存在することを説明できない。第4の生計費理論は、そもそも家族形態が多様化している中で特定の生計費に合わせた賃金構造を作ること自体が難しくなってきている。このような点を考慮して、年功賃金を説明するための近年の理論として、習慣形成理論がある。人々は賃金(生活水準)が上がっていくことそのものを喜ぶ、その反面として、そういう生活習慣に慣れてしまうとそれが当たり前になって、その後生活水準を下げる辛さを知っているから生活水準を徐々に上げていくこと選んでいるというものだ。実際に、2002年に意識調査を試みた結果として、生活水準を上げていくことが楽しみで、そういう生活費の変化のパターンを選びたいから年功賃金がいいという解釈もできるようなものだった。そのため、賃金総額が変わらないことが分かっていても、毎年、賃金が上がっていくほうが仕事への意欲をもたらすという解釈も可能だ。つまり、賃金総額を引き下げても年功賃金でも人々の満足は得られるわけである。

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