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2011年4月30日 (土)

山口瞳「血族」

Ketu_2  戦災や戦後のドサクサを凌いで、手許に残った古いアルバム。ここに父母の結婚写真がないことに主人公が気づく。父親の大学卒業の記念写真はあるのに、なぜか。という物語の発端から、大いに期待をもたせる。ここで、謎の探求が始まるのかと、一転して、作者の思い出が断片的に語られていく。それも、時系列に物語的に語られるのではなく、エピソードごとに、時間は行ったり来たりする。そこで、鮮やかに浮かび上がってくるのは、母親。文庫本の表紙カバーにあるように美しい女性、粋で、豪放磊落ともいえるのは、ある面で純粋性の現われでもある。その母親が、父の事業の成功により羽振りの良かった時も、どん底のような生活の時も、生き生きと動き回る。なんと魅力的なひとなのだろうか。というのが、前半。これはこれで、ひとつの小説(か随筆かは分からないが)

後半になり、作者は重い腰をあげて、冒頭の謎の答えを探し始める。作者自身、不吉な予感におののきながら、なかなか踏ん切りがつかず、躊躇していたのを50歳を過ぎて、その母親の過去を探し始める。そこで、徐々に明かされる母親とその兄弟の過去、親戚だと思っていた人々が実は赤の他人でも、その過去から、この題名にも表われる血族として浮かび上がってくる。前半のエピソードで、ほんの些細な点で仄めかされていたことが、後になって伏線としてあったのに、初めて気がつかされる。

冒頭の謎の提示から、徐々に母親の過去が明かされるに従って、その謎が解かれていく、というスタイルはミステリー仕立てと言える。しかし、母親を知る関係者の大半が亡くなってしまったことや、過去を明かす痕跡の大半が失われてしまったことや、作者自身、もうこれ以上知りたくないとの思いから、探求を途中で放棄してしまう。このあたりの事情は、作者と同世代のひとなら通じるであろうが、私のような、作者の年代と半世紀以上はなれた世代の人間には、リアリティーが感じられない。どこか中途半端の感を否めない。作者にとって、身を切られるような切実なことなのだが、それが作者とその同時代のような文化を同じうするところにとどまり、世代の異なる若干異質な文化にいる私には伝わらず、欲求不満を感じることになる。

世評の高い作品のようだが、私には、サービス不足としか言えない。

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