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2011年4月22日 (金)

熊野純彦「和辻哲郎─文人哲学者の軌跡」(3)

1927年、博士論文を提出し、最初で最後の欧州留学に出発します。この果実が有名な『風土』としつ結実します。和辻は帰国後、「日本語における存在の理解」という論文を発表します。この中で、日本語は、たしかに分節能力に限界があるものの、かえって真実の存在の了解を保存するに適しているとも言います。「しる」とは、単に認識や知識と関係していたばかりでなく、「道」を知るという単に知的な問題だけではなくして実践と密接に結合したものとして実践哲学的に捉えられていた。さらに、「しる」はまた「いちじるしい」という意味をもつ「しるし」という形容詞とも関連し、存在の所有とも関連することが指摘される。「ものがある」ということは人間が有つのであるとして、「がある」や「である」は人間の存在に属し、「である」はその存在の仕方の限定を表現したものとして、「存在」という哲学一般の基礎的問題が、「所有」という論点に収斂していき、理論哲学の問いが、実践哲学なそれへ変容していくことになります。このように和辻倫理学は、単なる倫理学の体系から、近代日本における哲学体系となっていくのです。

京都帝大に招かれ、『人間の学としての倫理学』を発表します。第1章では人間観の変遷を追いかけますが、そこにマルクスの影響が見えています。和辻はマルクスの言を用いて、“孤立せる人などというものはどこにもない。人は常に社会的関係において有るのである。だから人の本質は社会的関係の総体に他ならない。”このように和辻はマルクスの唯物史観の根本テーゼは人間存在を人の意識の根底に考えであると見ます。この場合の人間存在とは、「間柄」であると著者は指摘します。つまり、和辻はマルクスの言う存在が、その実質においては関係であると見て、内容的には自らの言う「間柄」といっちするものだと考えていた。さらには、マルクスの説く自然のなかに風土を見ていた。

この後、倫理の意味を問います。この問いは言葉によって表現されます。言葉によって表現される限り、問われているのは共通化されています。言葉とは、歴史的・社会的な生の表現であり、客観的に存しているものです。そして、倫理の倫とは人間関係そのものであると同時に、その秩序、あり方のことで、これを倫理と置き換えても意味内容は変わらない。理とはことわりでありすじ道だからです。つまり、倫理とは人間関係であり、そのすじ道です。それでは人間とは、もとは世間のことで、人のあいだで、人間とは社会であると共にまた個人なのだといいます。そのように考えると「ひと」という言葉もヨーロッパとは別の含意がある。人間はひとりのひとであるとともに、ひととひととの関係であった。人間が一人である側面は人間の個人性といっていいし、人間が同時に人間関係であるという半面については、人間の世間性とよべる。人間関係はこの両性格の統一であり、行為的連関として共同態であり、しかも個人の行為として行われると言います。このような統一が倫理であるから、倫理学は人間存在の学であるということになります。さらに、和辻は人間存在の二重構造を規定しようとします。行為する個人は人間の全体性の否定として生起し、人間の全体性は個別性を否定しる動きです。このような二重の否定運動として、人間存在の根本構造は個と全の二重構造として解明されます。これに対して、個と個の間という図式が欠けているという根本的な批判があります。ここに和辻倫理学の社会性の欠如ともつながる側面があると著者は言います。また、和辻はさらに進めて、哲学的立場が表明され、言葉を書くのは共に生き、語る相手を待ってのもので、他者との関係を前提としている。学問も同様であり、問いは公共的な、人間の問いであると説く。つまり、問うことを共同のことへ収斂させて行こうとする。だから問うということは他者と共に問うことだ。そうであるにせよ、他者と私は、それぞれに身体を備えている。そこで隔てられている。身体を携えていることにおいても、人はなお人間であり。ひととひととは間身体的に存在し、関わり合い、他者との関係から、ことばもまた誕生する。日常の実践的な連関において意識するとは他者との関係からといえる。ひとは関係の中で、関係として存在している。他者との関係そのものが、私が私であることにとって不可避であって、私はつねに他者と関係している。このことこそが倫理の始原的意味である。この限りで、倫理学は第一哲学となるわけです。

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