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2011年4月19日 (火)

熊野純彦「和辻哲郎─文人哲学者の軌跡」(1)

Watuji 和辻哲郎の倫理学を軸に据えて、この文人哲学者の軌跡を追いかけた物。まず、晩年のエッセイをとりあげ、引退の静かな生活の中で日の出の太陽がまっすぐ上に上がっていかないことに気付いたという、注意しなければ読み飛ばしてしまうような掌編。ここで著者は注目すべきこととして、次の2点を挙げる。一つ目は、老境に入った和辻が朝日が真っ直ぐに昇らないということに対して子供のように驚き、素直にその驚きを書き綴っていること。もう一つは和辻のこの驚きが「黄道十二宮の知識」へと思いを馳せ、世界に対する驚嘆の感情が、はるか古代の知に対する驚愕の念を呼び起こしていること。和辻にあっては、哲学的な思考は何よりもまず、問題となる事柄の始原と原型を探り当てることを動機としていた、と著者は言います。

まず著者は、そんな和辻の哲学者としては珍しい自叙伝をたよりに軌跡を遡ります。和辻は、関西地方の小さな農村の医科に生まれた。と言うことは、農作業に直接かかわることはなく、といっても地主のような搾取する側にもなかったといっていい。和辻の父は医師として、医は仁術を実践するような人だったらしい。また、母親は、そのような職業事情から、農家のように農作業を手伝う必要もなく、地主のように奉公人を差配するというわけでもない、現在の専業主婦のような、当時としては珍しい存在のようだったという。著者は、和辻の家族論は、共同体論の基調からするとひどく異質なほどに近代家族像の影響が強いと指摘します。近代の成人女性は生産現場から排除され、家庭の中に収容されて「主婦」となっていく側面もありますが、和辻の家族論には、それだけに収斂しきれない二重性があると言います。家族は、二人共同体としての夫婦、三人共同体としての親子、あるいは兄弟姉妹などの各々の部分から構成されている。ここに、共同体の体系の一環で家族を見る姿勢が見られる。一方、これらが「家」という外から区切られた空間で、生活し、生命そのものを再生産する。この生命の再生産を共同するものが家族に他ならない。この空間の内部で生起するのが消費の、あるいは愛用の共同で、その共同の背後には、生産の共同の労働の共同がある。かつての農村共同体であれば、家政は生産と消費の両面でエコノミーの末端だった。和辻は、同じ竈で飯を食うことに家族の特徴を示している。というように伝統的なイエの姿を見ながらも、総体として近代的なものと言えた。そこに出ている屈折のひとつとして、主婦の問題の他に、マリノウスキーの性衝動の調査レポートの反映も指摘し、貞操の義務なども近代的なバックボーンによるものと著者は指摘しています。

和辻の家族論が、生家のあり方を負荷された思考であったと同じように、地縁共同体を巡る和辻倫理学の所論は、少年期の記憶と深く結びついていると著者は言います。和辻は地縁共同体を論じるに当たり、まず土地の意味から、論を起こします。ひとは家の外で労働すると同時に、隣と同じ道具によって労働を開始する。道具ばかりではない。耕作にとって不可欠な灌漑装置等の生産手段もまた、隣人たちと共用される。“ここに土地から見出される道具の社会性があり、そうしてその社会的な道具を見出す過程が「労働」なのである”この場である地縁共同体は、“文字通りに隣近所の共同存在、すなわち土地の共同としての共同存在”にあって、“土地の共同が同時に技術の共同や労働の共同を意味する”。ここで、エコノミーは家政から離れて人間存在の経済となります。また、このような共同体の歴史性について、ひとつの村の成員は、かつてはみななお幼い子供として隣の児の言葉や身振りをまねた。彼らは長じて遊び仲間となって、遊びの仕方を学び、そのことで共同体の生活での技術に習熟していく、このような子供から大人へのいとなみと、その背後にある蓄積され、また共有されたわざである、という彼の少年期の記憶と結び合っているが、彼自身は共有することはなかった。著者は、和辻は、かつての友とともに歳月を身に刻み込んだわけではないと言います。“今のこの村のかつての姿”を知ってはいても、かつての村の今の姿を和辻は知らない。そこで、和辻が倫理学構想において志向し、反復しようとした“始原的なるもの”は。たんに夢見られて、決して与えられることのなかった始原であって、それゆえにこそ痛切に求められたものだった、と一種の憧れのようなものと著者は指摘します。

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