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2011年4月20日 (水)

熊野純彦「和辻哲郎─文人哲学者の軌跡」(2)

和辻は東京大学に入学します。地方の農村から東京という都会に出てくるわけです。当時の大都会の風景に和辻は目を見張ったのでしょう。このような農村を後にして都会に学んだ知識人の思考が、和辻の人間存在の空間性を「交通」と「通信」という現象から解き明かそうとする思考の源になっていると言います。和辻によれば、交通機関は本質的に「道」、つまり、人々がその上を動いて互いに交わり結合するところ、です。交通は人間関係の空間的表現であり、交通の仕方の固定したものが道です。交通とは人間と人間とが関係しあう具体的な姿であり、その交通を可能にするのが主体的な意味での空間です。交通が作り出し、交通をつくりだし、交通によって維持されているのが道です。その道を人が移動し、行き交う。このような道は、さまざまな人間の交わりのなかで、歴史的につくられてきたものです。道の延長や広がりは人間同士、集落、共同体の関係の延長に重なります。そして、和辻は交通論の中で、大都会の四つ辻の光景に触れ、多様に分化を遂げた経済的組織の中で、忙しく立ち働く都会の人々の群れを、“人間関係の動的な構造”と表現します。それは、地方の寒村から上京した学生の見た光景だったと思われます。

和辻は大学卒業と時を同じくして、結婚し、東洋大学で講座を持ちます。当時『日本古代文化』を刊行します。これは、当時の考古学的な研究を踏まえながら、なお、古事記や日本書紀の記述に価値を見出したことで広く知られるものです。しかし、単純に日本回帰とも言い切れないと著者は言います。例えば、日本民族が混合民族であることを強調している点。また、倫理学体系との関連では、「清明なる心」が、上代人の価値意識から取り出されてくる論脈です。和辻は、神話を「自然児の神化」と捉えて、「道徳的評価においても自然の無条件的肯定が見られる」ことに注目していました。上代人たちは「善悪の彼岸」に存在していたと言います。キヨアカキ心への注目も自然児としての上代人を評価する文脈のうちにあったといいます。「清明心」は、『倫理学』の中では「信頼」論の文脈で援用され、さらに『尊皇思想とその伝統』にいたり、「全体性の権威」という視点と、「清明心」を強く結合して論じ、「私」を保つことは、その見通されない点においてすでに清澄でなく濁っており、従ってキタナキ心クラキ心に他ならないが、さらにはそれは全体性の権威に背くものとして、当人自身にも後ろ暗い、気の引ける、曇った心境とならざるを得ない。と言っています。これは信頼を重んじる和辻の基本的な倫理観が出ています。

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