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2011年5月

2011年5月31日 (火)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(6)

手塚がそれまで暮らしていた古典的なまんが世界を現実が外部から脅かした。ここでいう現実とは、戦争それ自体に留まるものではない。人間存在を圧倒的に超越してしまう不条理な何ものかであり、リアルに描写された戦闘機はその象徴に過ぎない。ただ、精緻で正確であることがリアリズムではないのである。その意味ではラストのむしろ淡々と落下する焼夷弾の方が手塚が直面した不条理さを正確に表現さえしている印象がある。人が死にゆく存在であるという発見は、手塚少年をもはや戦前、戦時下のまんが技法がカリカチュアライズされた世界に留まることを許さなかった。そのような不条理さに直面することで、「爆弾を落とされても顔が煤だらけ」になるだけの従来のまんが記号は限界を顕にする。つまり、圧倒的な不条理や暴力を作品世界に導入することによってキャラクターは、その不条理さを感じる心と、現実の前に無残に傷つき死んでいく生身の身体の二つを獲得してしまったのだと言える。多用された感情を示す記号は、キャラクターが心を獲得するためにもがいている姿にさえ思える。無論『勝利の日まで』の中では心のあり方は具体的には描かれない。それは戦後まんがを待たなくてはならないものだからだ。しかし、死にゆく身体を獲得したキャラクターは死という現実と直面する自我を持たざるを得ないのである。そのようにして、手塚は戦後まんが史へと踏み出していったのだと言える。このように記号的表現では描き得ない身体や自我を発見してしまった時、しかし、手塚はまんがという技法を放棄することは選択しなかった。あくまでも記号的なまんがを基調としながら、しかもそれによってリアリズムでなければ本来描き得ないものを描こうとし始めるのである。手塚が習作版『ロストワールド』の冒頭に、「これは漫画に非ず、小説に非ず」と記したことは有名だが、それは、まんがという形式で、まんがが描き得ないものを描こうとした手塚の自覚の表れである。この漫画では描き得ないものは決してストーリーや悲劇を直接は意味しない。むしろ、戦争体験を経て手塚の中に発生した強烈なリアリズムへの志向なのだと言える。ストーリーや悲劇は、その結果として選び取られていった方法だとさえ言える。夏目が指摘したように手塚治虫はリアリズムを表現する具体的な手段としては、彼が限界を感じたはずの古典まんが表現における記号をより細かに組み合わせ、修正することで、表現の幅を増やすことに求めた。また、映画的な構図やカット割りも、記号的な表現の限界を補う意味で戦後まんがに持ち込まれることになった。『新宝島』の冒頭の映像的手法は、そのような意味で、戦前と戦時下を経た歴史的所産なのである。

しかしそのことによって、手塚まんがの根本的な矛盾は戦後まんがに持ち込まれることになる。本来平面的でも、心も身体も奥行きも持たない。だからこそ、記号、符牒で充分であったキャラクター表現を用いて、本質的にはその技法では表現できないものを手塚は表現しようとしてしまったのである。戦後まんがが手塚以降諸外国のまんがと比して特殊な発展を遂げるのは、手塚がまんがに、表現すべきものとしてリアリズム的な心と身体を持ち込んだからである。しかも、本来それを語ることが不可能な記号的表現によってこれを追求するという根源的な困難さとともにである。その戦後まんがの始まりにおける決定的な矛盾が、そのまま、戦後まんがの表現技法を進化させる原動力にもなり、同時に、戦後まんがの主題そのものにもなっていくのである。

2011年5月30日 (月)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(5)

こういった手塚の発見は『勝利の日まで』における第三の技法、第三の文体として最終的に現われる。それは、次のような下りにおいて、まさに発見され、あるいは発生するのである。トン吉くんと名付けられた少年が空襲に遭い、地価の防空壕に避難している。彼は迫り来る戦闘機の爆音から「一体何機編隊か当ててみよ」という教師の質問に対し、「見た方が早いや」と防空壕の外に身を乗り出す。そして、彼方から飛来するB29の数を数える。B29はやがて、彼の頭上に来る。この数コマで特筆すべきなのは、記号的な作画技術で描かれた少年とリアリズムで描かれた戦闘機が同一のコマの中に描かれる、つまり、記号的な世界に現実が侵入してきたことにある。それは夢であることに担保された世界でリアルな戦闘機による空中戦が繰り広げられるのとは全く異質の事態だ。B29は彼の上めがけて爆弾を落とす。この下からB29を見上げるシーンは、手塚の体験に基づくリアリズムであり、戦前のまんがからの単なる引用に止まらないことに留意すべきだ。また、映像的手法を構成する一要素である遠近法が一連の空爆シーンで用いられているにも注意を喚起したい。手塚の映像的手法はただアニメーション的手法や、手塚以前にこの手法をまんがに導入していた何人かのまんが家たちからの引用ということにとどまらず、記号的非リアリズム表現が、それを超えるものを表現することを求められたとき、手塚の中で発生したのだと言える。『勝利の日まで』の直前に描かれた別の習作では、ストーリーまんがでありながら、このような遠近法的構図はほとんど用いられていない。つまり、ストーリーまんがと映像的手法とは実は異なるきっかけで手塚の中で発生しているのである。手塚まんがにおける技術革新は手塚が戦後まんがに導入したドラマツルギーとの関わりの中で論じられ、時に手塚さえもそのように自己言及してきたが、それは必ずしも正しくないのである。再び、このシークエンスに戻る。次のコマで爆発が起き少年は飛ばされるが無傷であり、「先生、今のは何キロ爆弾です」と、先生のセリフをふまえたギャグを口にさえする。衝撃を表わす星や、気が遠くなったことを示す渦巻といった約束事の記号が描かれている。この時点ではトン吉くんが受けた身体的ダメージはまんが表現の約束事の記号の中に回収することが可能である。リュティ的に形容すれば、トン吉くんは平面的で、傷付く身体を未だ持ってはいない。だが、防空壕の外に放り出された彼を、今度はグラマンの機銃掃射が襲う。グラマンは頭上から二度にわたって彼に迫る。トン吉くんは必死の形相で逃げる。注意すべきは、このくだりにおいて、対象物との遠近をまんがの構図の中に取り入れ、左右へのキャラクターの平板な移動ではなく、画面の奥から手前(あるいはその逆)に激しく移動させ、かつ、逃げまどうトン吉くんの数コマの中に一コマだけ機銃を発射するミッキーマウスのショットが挿入されるという、手塚の映像的手法がほぼ完成された形で突然、出現する点である。こまシークエンスこそが手塚まんがにおける映像的手法の発生の瞬間である。決して映像的手法はストーリーまんがの副産物ではないのだ。しかし、この『勝利の日まで』において、手塚が戦後まんがに持ち込む手法が発生するに至ったのは実は映像的手法と止まらない。映像的手法も、リアリズムと記号まんがの非表現の拮抗の上ら成立したものだが、記号的まんが表現は更に決定的な変化を遂げるのである。グラマンの機銃掃射を受けたトン吉くんは力尽き転倒し、そして十字砲火に襲われる。そして、次のコマで「アッ」と仰け反り、胸許を押さえるトン吉くんが描かれる。その胸許からは三筋の血が流れ落ちているのだ。こコマは極めて重要である。つまり、手塚はここで記号の集積に過ぎない、非リアリズム的手法で描かれたキャラクターに、撃たれれば血を流す肉体を与えているのである。著者は、この一コマに手塚まんがの、そして戦後まんがの発生の瞬間を見る。のらくろ的な、ミッキーマウス的な非リアリズムで描かれたキャラクターに、リアルに傷つき、死にゆく身体を与えた瞬間、手塚のまんがは、戦前・戦時下のまんがから決定的な変容を遂げたのである。

2011年5月29日 (日)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(4)

この時期の作品は、習作ということもあり、公開されているものは少ない。この中で著者は、とりわけ、『勝利の日まで』に注目する。『勝利の日まで』は無地の大学ノートに描かれ、数編のショートストーリーから成るオムニバス形式で、昭和12年ごろの戦意高揚まんがによく見られた構成だった。ここには、戦前に手塚が体験したまんがのキャラクターが総出演している。その顔ぶれを見ると、大正末から終戦直後までのまんがが網羅されていて、手塚のまんが体験が昭和まんがのカリカチュアライズであるという自負が決して大袈裟でないことが窺える。ここでは、記号的表現、ないしはリアリズムのあり方に照らし合わせた時、三種類の水準から成り立っていると、著者は言う。第一の水準は、田河ら戦前のまんがの中に手塚が見出してきた古典的な記号的キャラクターの作画方法。第二は、ひれとは対極にある精密なリアリズム。そして第三は、その矛盾する二つの手法を統合した特異な水準。この三つの異なる手法が、『勝利の日まで』には共存している。第一の水準では、あらゆる戦前、戦時下のキャラクターたちが登場する。彼らの登場する場面では、コマ運びも会話も古典的まんがの文法に従っている。これらのキャラクターたちは、実は決まった行動以外取り得ない存在であり、まんが記号説を前提とすれば、これらのキャラクターの表情だけでなく動きまでも、あらかじめ一定量の類型化された記号の集積として定められた枠内に収まらざるを得ない。これらのキャラクターが空襲という事態に対して、ただ類型的な対応をすることによってしか行動できないのは、彼らがまんがのキャラクターである以上、当然のことである。しかし、ここで特徴的なのは、星や汗、煙などのようなまんがの約束事の記号が多用されている点だ。先ほどの夏目の指摘もあるが、この『勝利の日まで』は悲劇的な作品ではない。したがって、記号の多用という事実をもって、手塚におけるストーリーまんがの導入とは、必ずしも関連があるとは言えない。とは言え、ここで手塚は記号を多く描くことに強い関心を示していたことは事実である。それが悲劇の導入には還元できない、より根源的な体験が齎したものであると著者は指摘する。多用される記号は、汗や驚きといった焦りや驚きといった感情の動きをしめすもので、動きを示す斜線も多く使用されている。これは、作中で空爆や空襲警報といった戦時下に否応なく置かれたキャラクターが描かれるからであると、著者は言う。動員された戦前のキャラクターは彼らが決して作中で体験してこなかった、いわばキャラクターとしての約束事の動きの範疇の枠外にある動きを作中の空襲によって強いられているのである。にも拘らず、かれらの動きも表情も既に記号化された約束事の中を決して逸脱できない。だからこそそれが感情や動きを示す記号の過剰につながっている。このように、キャラクターたちに約束事との軋轢を強いたものこそ、戦争であると著者は指摘する。手塚少年は戦前のまんがの記号をあらゆる水準で動員しながら、同時にその限界を実感していたはずであり、それが感情や動きをめぐる記号の多用となって表れている。こういった記号が用いられていないのは、日常がかろうじて維持されている場面と空爆される街や米軍機の描写で、とくに後者では平板な画面ではなく奥行きが与えられ、濃淡のある写実的な画風でえがかれ、まんが的な日常性の中に止まり得なくなっているために用いられた著者は指摘する。これらこそが、第二の水準である徹底した写実主義である。そして『勝利の日まで』の奇妙さとは、登場するキャラクターも風景も日常を構成する品々もすべてが旧来のまんが技法に忠実に記号的に表現されながら、ただ空爆する戦闘機とそれが描かれるコマだけが不気味なまでに写実的であり、かつ映画的なアングルで描かれている点にある。後半に行くに従って、日本のキャラクターたちはリアリズムの侵入に圧倒されていく。定められた記号の世界の中で安穏としていたキャラクターは、しかし米軍機という無機質な金属の塊の出現に対してただお約束の行動をとることしかできない。いわばリアリズムによって描かれた戦闘機は、古典まんが世界を根底から脅かす現実から侵入したものだと言える。そこには実際に空爆される側にあった手塚の体験が反映しており、自身を空爆する米軍機は当然のことながら記号や約束事によって、まんが的に表現のしようがないほどに現実的であったと言える。手塚は単に現実的なリアリズムで戦闘機という「モノ」を描写したのではなく、その向こうにある圧倒的な現実を描写してしまったのである。戦時下のまんがの中でも、代表的なものとして夢オチのような手法により、科学的なリアリズムと記号的な非リアリズムの棲み分けをさせている。手塚もまた夢による棲み分けを『勝利の日まで』で試みたが、同時に作中に侵入したリアリズムはそのような棲み分けを不可能にしていった。リアリズムによって描かれる戦闘機は平面的な世界の外部から現われ、まさに古典的まんが表現の記号的世界を破綻させてしまう存在であった。手塚は平面的なまんがのキャラクターと自分を同一化することで、まんがの記号的なキャラクターがその心においても身体においても傷つく生身の存在であるという新しい側面を発見してしまうことになる。

2011年5月28日 (土)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(3)

第3章 ミッキーマウスに撃たれた少年

手塚の「まんが記号説」について現状のまんが研究における研究を整理してみると、まんが表現における絵画的側面が一定量の類型化された記号の集積である、という手塚の自己規定は、主として夏目房之介によって緻密な検証がなされている。勿論、手塚が用いたまんが表現の記号そのものは、必ずしも手塚の創意ではないことは田河の記号へのフェティッシュな言及や手塚が自身の表現を昭和まんが史のカリカチュアライズとして見ていることでも明らかだ。それらは戦前、戦時下に彼が先行する世代のまんが家たちから継承した技術であり、それ自体はある意味で手塚まんがの保守性をも意味する、それでは手塚まんがの記号的表現の新しさはどこにあったのか。夏目房之介によれば、手塚はそれ以前に存在した古典的な記号を微分化していくことで心理や感情表現をより豊かにしていったという。手塚はのらくろやディズニー的なキャラクターにより複雑な心理や感情を与えようとしたのである。

著者は、ここに手塚まんがの、そして、彼の方法に根源的に呪縛されている戦後まんがの本質的な困難さがあることを指摘する。つまり、手塚まんがの新しさがその感情表現の微分化にあったとすれば、しかし、問題はそれを記号的表現という古典的な手法の修正において行おうとした点にある。古典的まんが表現が記号的であるのは、そこで修正されるものがユーモアやナンセンス、スラップスティックといった主として喜劇的な方向に収斂していくからである。そこで必要とされる感情や心理は、主として外からの刺激に対する反応としてのそれであり、だからこそそれを表層的な記号として類型化することが可能だった。キャラクターとは内面を表層にまとう記号によって類型化された存在である。こういった古典的まんがにおけるキャラクターの表現のあり方について、著者はスイスの昔話研究者マックス・リッティがメルヒェンの特性として指摘した「平面性」という概念を援用する。すなわち、リッティは、メルヒェン抽象的様式に基づく文芸と規定する。そこでは人物の内面や人格といった心の領域における「奥行」は語られず、ただ線的な物語の進行の中でキャラクターは「極端な」美しさや悪を体現する存在として描かれる。リッティは、このようなメルヒェンの登場人物はその内面においても身体においてもあたかも紙に書かれた存在のように「平面的」である、としたのである。このような、内面においても身体においても「奥行き」を持たない、というメルヒェンにおけるキャラクターの本質的なあり方はそのまま手塚以前の古典的まんが表現におけるキャラクターの「記号性」に正確に当てはまる。当然、このような「平面性」は手塚まんがの中にもはっきりと見て取れるのだ。古典的まんがのキャラクターは、内面においても身体においても本来、傷付かない存在なのである。このように手塚の言うまんが表現の「記号性」とは、古典的まんが表現の「平面性」と密接に結びついているのである。

夏目は、さらに手塚の作品が、他の作者の手によるものよりも、主として汗や涙の使用頻度が極めて高く、しかも、年代が後になるにつれて、増加していく傾向が瞭然としているとする。夏目は、このことは手塚が自らのまんがに悲劇を持ち込もうとし、その傾向が後の作品になるにつれてはっきりしてくるためである、と解釈する。古典的では物語基調であった喜劇性が手塚まんがでは悲劇性にとって代わった、という仮説であり、そのことが汗や涙といった記号を駆使した表現の増加となって表れている、というわけだ。夏目がいうように、手塚が悲劇的要素の強い物語を書くことが結果として記号的表現の微分化を促したとしても、それではそもそも手塚に本来、古典的まんがの範疇以外の事を語らしめようとした動機は一体何なのか。そのためには、手塚まんがにおける記号的表現の受容と変容の過程を追う必要があり、その時注目すべきは『新宝島』以前に書かれた習作群であると著者は言う。

2011年5月27日 (金)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(2)

第2章 まんが記号説はいかにして生まれてきたか

自らの絵をデッサンに基づく美術的な絵とは全く異質の、「写実」とは一切関係のないもので、まんが表現における絵を、たまたまお話をつくる道具としての絵らしきものとする「まんが記号説」の基本となる考えが手塚の中で成立したのは昭和40年代前半ごろのことだろう、と著者は推定する。ちょうどこの時期は、トキワ荘グループによって手塚まんがの方法が映像的手法として論理化されていった時期である。しかし、手塚は自身の創作方法を全くの別の側面から論理化していたのだ。手塚は、昭和44年にまんが入門書『まんが専科初級編』を刊行する。そこでは、当時の人気コミックのキャラクターたちを絵柄の構成要素に分解し、分類している。それは、「まずじぶんの画風をかためよう」という内容の作画上のオリジナリティのあり方についての解説の中で行われている。ここで、まんが家の画風を構成要素に還元し、個性とは構成要素の順列組合せにすぎないとするこの手塚の考えは、ギャルゲーのキャラクター萌え要素のデータベースからの順列組み合わせとみなす東浩紀のいわゆるデータベース論を連想させるが、そもそもギャルゲー的な萌えキャラクターがそのように作られてしまうのはポストモダンや動物化の所産ではなく、手塚的な方法の延長に無自覚にそれらの表現があるからであるといえる。構成要素に還元され易いものとしてまんが的な記号はあらかじめ、戦後まんが史の中に自覚的に用意されていたのであり、ギャルゲーのキャラクター表現の中に突然、現われた考え方ではない。このような順列組み合わせによってまんがの絵を規定する考え方は、別の部分で表情集をつくっていることにも窺い知れる。「驚くと目がまるくなる」「怒ると必ず目のところにシワが寄る」というような説明とともに、キャラクターの感情に応じての表情の「記号」のバリエーションが例示されている。さらに、こういった画風を構成する諸要素や表情のバリエーションに加え、「見えない線」を描写する「約束事」としての記号を習得すればまんがは描けると言い切っている。このように、手塚はまんが表現における絵画的側面をあらゆる水準でそれを構成する記号の諸要素に還元しようとしたのであった。

それでは、このような「記号」や「類型」に自身の表現方法を見出す視座はいかにして生まれたのか。手塚は、「まんが記号説」に基づき自らを近代まんが史の中に位置づけようとしていた形跡もある。手塚は戦後の第一期の漫画を漫画のルネサンスと考えていた。戦後の第一期の漫画とは、当然、彼自身のことを示すと思われる。つまり、戦後処理の時代、すなわち占領下のまんが史を手塚が重視していたことが窺い知れる。この点について手塚は明瞭な歴史観を持っていたことは推察できる。手塚は、昭和63年のインタビューで、自らまんが体験を北沢楽天と岡本一平から語り始める。そこで、手塚はまず、自身がいかに戦前の日本で流通していたまんがの技術の影響下にあるかという視点であった。明治期に流入したカトゥーンの影響下にある楽天と絵画的な素養に裏打ちされた一平の絵を峻別するとともに、類型化された人間をその属性を直截に語る名とともにキャラクター化されている楽天の性格の描き分けに影響をうけたと、手塚は自己言及する。ここで語られているのは「まんが記号説」に基づく楽天論であることは言うまでもない。楽天のまんが表現に手塚は自身の起源としての記号性を見出しているのだ。まんがにおける表現上の「記号」をパーツに還元して解釈していく批評は夏目房之介らによって試みられているが、手塚にとってまんが表現とは人間像そのものが類型化してまず認識され、その上で類型を表象するにふさわしい「記号」が動員されるジャンルであることが分かる。まず人間像そのものを「記号」「類型」として把握する視線がまんが記号説の根本にあるのだ。重要なのは手塚がそのことに自覚的であった、ということである。人間像の類型化は否応なく、その時々の表現者や受け手に内在する偏見を無自覚的に反映する。現在、我々が目にするメディアも例外ではない。しかし、そのことに自覚的なメディアの送り手は少ない。手塚はそのことに徹底して自己言及しており、それを自身の方法として積極的に位置づけようとする。そう考えた時、手塚が楽天らについて一通り言及した後で「ぼくの漫画には、昭和の初めからの一種の漫画史の影響が全部あるんですよ。手塚漫画は昭和の漫画史のカリカチュアライズしたものといってもいい」と語っているのは重要である。それはただ自身の表現が近代まんが史の強い影響下にある歴史的所産であるということだけでなく、まんがというカリカチュアライズされた、つまり「記号」化された表現を更にカリカチュアライズしたもの、言い方を換えれば、近代のまんが表現に蓄積された「記号」を手塚まんがはデータベース的に集積したものだと手塚によって自覚されていたことが理解できる。手塚はいわば私自身がまんが史だと語っているのであり、これは実に強烈な自負である。

実際、終戦直後の子供たちにとって未知のものであった戦前のまんが表現の多くを継承し、それを動員して表現したことが手塚の「新しさ」の一面であった。その意味でも、手塚自身が戦前のまんが史そのもののカリカチュアライズであったとする手塚の自己規定は興味深い。インタビューの、このような文脈の中で、手塚は田河水泡の『のらくろ』に言及し、田河の絵の個性をパターン化に見出す。例えば、歩く人がどう歩いたかを示すのに、足跡の代わりに土煙を並べるという方法を採用し、それが、田河の独特のフォルム化されて、初めて見る人は何だろうと思うくらい極端にデフォルメされたと指摘する。ここで手塚の言う「デフォルメ」は、表現する対象の特徴を誇張し、よりそれらしく見せるという「デフォルメ」ではなく、土煙を表現する記号が、しかし、指示対象の土煙を読者にもはや想像させないほどに独特のフォルム化されていることに田河の「デフォルメ」の個性を見るのである。ここで手塚の言う「デフォルメ」はリアリズムか切断されている状態をさす。手塚にとって田河しはこういった記号の発明者として何より評価される。

しかし、田河の『のらくろ』は次第に変容していくことを手塚は指摘する。当初、輪郭部だけで構成された絵に影を入れだし、リアリズムに接近していく。これは戦時下に描かれた『のらくろ』に見られる傾向だと、手塚は言う。前後になると、変化は決定的になる。リアリズムはのらくろにまで及び、「人間がのらくろの皮を被っているような骨組み」という指摘は、本来写実から切り離された記号としてあったはずの田河の作風にリアリズムが導入され、それがキャラクターの表現にまで及んでしまったことの破綻を指摘している。そして、このような手塚の指摘は、戦時下から終戦直後にかけての手塚の中に生じた決定的な変化でもあった。と著者は指摘している。

2011年5月25日 (水)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(1)

Atom_21章 映像的手法という神話。

手塚治虫のまんが表現の起源は、通常、昭和22年に刊行された『新宝島』とされている。そして、この『新宝島』が戦後まんがの出発点とされてきた。それは、一つには、40万部から80万部を売ったと言われ、その商業的成功が「赤本」を中心とした戦後で最初のまんが出版ブームを作ったとされてきたこと、もう一つは手塚治虫の影響下に出てきた藤子不二雄や石森章太郎といったトキワ荘グループのまんが家たちによる神話化によるとろだ、と著者は指摘する。

トキワ荘グループのまんが家たちは昭和40年代以降、まんが家としての地位が確立し、自己のまんがの方法論を理論化しようと試みた時、それと同時に自身のまんが体験を回想した文脈の中で『新宝島』体験がいささか特権的に語られていた。そこで語られていたのは、手塚まんがの革新性を「映像的手法」に見出し、その上で戦後まんがの方法を『新宝島』に見出そうという歴史観に他ならない。つまり、戦後のまんが史及び戦後まんがの方法論は『新宝島』を起源とする映像的手法によって開拓されてきたことが定説であり、そういった「方法」における起源が手塚治虫を「まんがの神様」の地位に押し上げてきたとも言える。

その「映像的手法」とは、具体的に言うと、“映画のカメラ・ワークを意識して画面を構成していることがあげられる。そして、コマ運びが映画的に進行するのである。『新宝島』以前のまんがは、どちらかというと、コマとコマとの間に断絶があり、一つのコマで多くを説明しようとしていたのである。ついでながら、コマというのは映画用語であり、映画の一コマは、意味を成していない場合もありうる。つまり、いくつかのコマが集まって、一つのシーンとなり、シークエンスへとつながっていくのである。一コマで意味を持っているものは、映画というより写真であり、それが映画としての価値を発揮するのは、各ショットの積み重ねにより、観客を一定の方向に引っ張っていけるからである。まんがにも同じことが言える。『新宝島』の一コマは、絵としてなっていない場合がたくさんある。しかし、ストーリーまんがとして、作品全体をながめたとき、その一コマは、実に効果的であり、妥当性を持ってくるのである。ここのところが、これまでのまんがの観念とは、大きく違っている点である。だから、一枚の絵としての構図や、デッサン力といったものより、『新宝島』では、全体の構成が大きくものをいっていて、それが映画的なプロットとなって表現されている。”これを見た当時の読者の一人であったトキワ荘グループのあるまんが家は、静止しているまんがが動いて見えたと述懐するのだ。

ところで、興味深いことに、手塚自身は映像的手法について語っていないということだ。つまり、「映像的手法」という言い回しで手塚まんがの方法を語る言説としては後付だった。トキワ荘グループによって読者に対して論理的に言語化され、戦後まんがの方法として認知されていったものだ。

これらのことから、次のようなことが仮説的に考えられる。一つ目は、手塚治虫にとって映像的手法とは、必ずしも自身のまんが技術にとって中心的にものとして自覚されていなかったのではないかということ。二つ目は、手塚はそもそも自身の方法を体系化する論理性を持たず、手塚的方法のうち映像的手法に関する体系化は昭和40年代に石森、藤子といったトキワ荘グループの人々によって、むしろなされたのではないかということ。三つ目は、それらの方法の体系化、言語化の過程においてこそ、戦後まんがの起源としての『新宝島』が再発見されたのではないかということ。手塚自身、後のリメイク版の後書で『新宝島』の神話化に水を差す発言をしている。また、トキワ荘グループと同世代の人の中でも、『新宝島』体験を絵のバタくささに見出したとい回想している人もいたことから、『新宝島』体験が全ての読者にとって映像的手法の体験ではなかったことを示す一例といえる。

ここで、著者は映像的手法以上に手塚まんがの本質を規定するものとして、まんが記号説を提出する。ここでは、その前段階として、手塚の絵のデフォルメについて考察している。デフォルメとは描写の対象の特徴を誇張して表現する画家技術で、一部では手塚まんがの本質的な手法だとされてきた。しかし、例えば『新宝島』に登場するジャングルや海賊かちは、ジャングルや海賊をデッサンしてデフォルメしたものとは全く異なる絵として、ジャングルや海賊は、それらしく描かれている。それは、まんがという表現の中のジャングルや海賊という類型的なイメージにいかに正確に対応する類型的な図像を持ち出してくるということだ。そして、手塚はそういう技術に秀でていた。だから手塚にとって、デッサンとは対象を正しく写実する方法ではなく、描かれた絵、それ自体のバランスにすぎない。

2011年5月24日 (火)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(10)

第8章 日本に自生するアーキテクチャをどう捉えるか?

最後に著者は今後の指針について考える。但し未来予測はできないと言う。それは、生態系や進化といった概念モデルを採用した時点で、おのずから要請される立場といえる。進化論というフレームワークは、ある複雑な現象を目の前にしたとき、その変動を動かしている原動力を、偶然的なものに認める。そこでは、時代や世代を切り取って観察してみれば、優れたものが生き残っているように見えるが、それはあくまで事後的に見いだされたものにすぎず、偶然何が起こるか分からない以上、次の世帯゛に当てはまるとは限らない。さらに、生態系は相互依存的であり、何か一つでも欠けてしまえば、予想もしなかったような変化を全体に齎すこともある。

その一方で、生命現象の比喩というものは、そのような得体のしれない現象の全体性を把握するために用いられてきた。例えば、我々はウェブやグーグルの急速な成長を、進化論や生態系の比喩で認識しつつ、旧来型の企業組織やメディアといったものが機能不全に陥っていると論じている。しかし、かつての大企業組織や産業社会やメディアといったものが出現したとき、我々は、それを生命の比喩で捉えていた。さらにいえば、そもそも自然現象や生命現象の中に、ある種の「分業」を見出すという発想自体が、実は人間社会の認識を通じて出てきたものともいえるわけだ。このように考えれば、ウェブに生態系を見出すという認識自体が、二重三重の反復と転倒を重ねた上にあるのは明らかだ。これは、今ではインターネットやウェブが急速に成長しつつあり、我々はその得体のしれない巨大なシステムを。なんらかの予定調和的な秩序として捉えようとするニーズを抱えているということを意味する。

ウェブ上で行われている分業と協働の力は、少なくともこれまでのインターネットの歴史においては、偉大なる先人たちによって自由意志的に行われていた。しかし、あまりにもインターネットが大衆的に普及した現在、それはもはやいつの間にか巨大に蠢き続ける、自然成長的なものとして立ち現われている。これは、我々がウェブを便利なものとして使っている間は、取り立てて問題にならない。しかし、ウェブ上のソーシャルウェアは、しばしば既存の社会や個人に対して牙をむける。つまり、ウェブを生態系として看做すということは、片方ではその成長と進化をオプティミスティックに捉えることに繋がると同時に、自分たちで作ったはずのものが。自分たちではコントロールできない外的な強制力として現れるということを意味している。

しかし、問題はインターネットの自由の本質は、そのアーキテクチャが自然成長性に開かれているという点にあった。だからこそ、その自由で自然な生態系のあり方護持する必要があった。そして、このようなインターネットの拓かれた性質、例えばアプリケーション層に新たなアプリケーションを構築する自由、によって、この日本という場所には2ちゃんねるやニコニコ動画、ミクシィといった日本特殊型のソーシャルウェアが次々と生み出されるにいたった。しかし、その多くはインターネットの自由や理念を信奉する人々にとって正面から肯定的できる代物ではないという扱いを受けてきた。一言でいえば、インターネットが自由で多様な生態系であるからこそ、この日本という場所には、反理想的ともいえるようなアーキテクチャが自然発生してしまうということだ。そして、問題は、そのように我々に感じさせているものこそが、少なくともこの日本という場所でウェブやソーシャルウェアについて考える際、生態系や自然成長性といった認識モデルを中半端なものにしてしまうということだ

このように、日本に自生するアーキテクチャを真正面から捉えることはできないのか、ということに対して、著者は二つの回答を提示する。その一つは、米国的なインターネット社会のあり方を唯一普遍のものとみなす必要はないというものだ。インターネットの自治的で開かれたあり方は、そもそも米国社会の自治社会と契約社会と共和制の伝統の上に成り立っている。つまり、インターネットが登場する前に、まさに自治・分散・協働的で個人主義的な社会のあり方が先に存在していた。つまり、技術が社会を変えるのではなく、社会が技術のあり方を決めると言える。だとすると、日本社会にインターネットという通信技術を移植することで、ただちに日本社会のあり方が米国社会のようなものに突如として変わるということはあり得ない。むしろ、日本という場所に、日本的なソーシャルウェアが自生的に現われてくるプロセスは正しいとすら言える。その進化の過程を、我々は、ウェブの多様な生態系のあり方の一つとしてみなすことができる。少なくともグーグルを中心としたウェブの姿だけを唯一の生態系と看做す必要はない。

もう一つは、一方で日本社会という性質も確固たる実在ではなく、例えば、社会が技術のあり方を決める、について、技術決定論がおかしければ、社会決定論も同様におかしい。つまり、社会と技術が明確に切り分けられ、確固とはしていない。ということだ。本書の中でも、技術(アーキテクチャ)と社会(集団行動)が密接に連動するかたちで変容していくプロセスを見てきた。ソーシャルウェアの進化プロセスは、前世代や別環境のソーシャルウェアにおいて、規範や慣習のレベルで実現されていた社会的な振る舞いが、アーキテクチャによる規制に置き換えられていく過程として考えられた。社会が技術を形作り、技術がまた社会をつくる。アーキテクチャと社会との間には、こえしたフィードバック・ループが複雑に絡み合って存在している。これまで、本書では、規範・法・市場・そして文化といった他の要素との相互影響の中で、アーキテクチャの進化プロセスが進んだ過程だ。今後も、我々の社会は、このようなアーキテクチャと社会の諸システムとの共進化的現象を目の当たりにすることになる。

ということで、ネットの動きに対して、アーキテクチャという切り口での議論をして見せたものというなのでしょうけれど、これを読んでいて、ビジネス書の戦略論とか組織論に置き終えてもいいような議論に思われました。2ちゃんねるの特徴を分析する際に、日本のユーザーの特殊事情やら、その相関関係で偶然も重なってスキームが確立していくということなど、経営学で日本的経営が戦後の日本社会での復興(=成長)をしていく中で、社会との相関関係で出来上がってきたことに通じるのではないか。対象がネットでアーキテクチャというようなカタカナ語を使っていて、東浩紀が推薦文なんかを書いているので、ゼロ年代とか最先端とかというようなイメージで受け取られてしまいがちだろうけれど、題材から切り離して、議論の展開だけを追いかければ、オーソドックスな経営書とかなり重なるので、私のような中年サラリーマンには読みやすいものだった。題材は別として、議論の内容は特に目新しいというものでなく、著者には社会科学系の古典をもっと読みなさい、あなたの言っていることは、ほとんど全部書かれてありますよといいたい。だから、この方の売りとしては、オジさんにも分かるように、2ちゃんねるやニコニコ動画やミクシィや初音ミクのことを、その内容というよりも、効果というのか、提供者の戦略というオジさんのボキャブラリーで説明してくれている入門書といったものではないだろうか。著者に対しては、よくお勉強しましたね、褒めてあげるというような、学生のレポート程度のものだと思う。とくに著者の独自の思考とか、そういうものは感じられなかった。

2011年5月23日 (月)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(9)

第七章 コンテンツの生態系と「操作ログ的リアリズム」

ここでは、ソーシャルウェア上に生み出されるコンテンツについて見ていく。その題材として「初音ミク」と『恋空』を取り上げる。

「初音ミク」は、あたかも人が歌っているかのような楽曲用の歌声を、ユーザーが自由に制作することができるソフトウェアで、架空のシンガー初音ミクが歌うという設定のものだった。この初音ミクは、ニコニコ動画とともに日本のVGMシーンを牽引し、また代表するものとなった。発売直後から、次々と初音ミクを用いた作品ニコニコ動画上にアップロードされ、その後は、そのソフトを用いて作られた楽曲だけにとどまらず、さまざまなジャンルに派生作品・二次創作を生み出した。まさに多様なUGSを胚胎するプラットフォームとしての役割を果たした。とは言え、初音ミク以前には、同じような歌声を製作する製品はいくつも存在した。その中で、なぜ初音ミクだけが、このようなことになったのか。

それは、一言でいえば初音ミクというキャラクターが萌え要素を備えていたからだ。要するに、人々は初音ミクに萌えたということだ。発売当時の開発元は、初音ミクのキャラクターとしての側面は、あくまでボーカロイドという製品の付随的側面として位置づけられていた。提供元からすれば、おまけ要素にすぎなかったものが、むしろユーザーの二次消費の中心的要素として受け入れられた結果になったということだ。ユーザー側から言えば、「自分の作品」としてソフトウェア「初音ミク」の音声素材を用いるよりも、キャラクター<初音ミク>を仮構しつつ「歌わせてみたい」欲望こそが、初音ミクブームの原動力となった。

そして、ニコニコ動画という場所があった。初音ミクに限らず、ニコニコ動画上では、①不特定多数のユーザーがコンテンツの協働制作プロセスに関与することで、②次第にコンテンツの質が改善されていき、③その結果、制作されたコンテンツはユーザーの間で共有され、ほかのコンテンツの素材(二次創作の対象)にもなっていく、というサイクルが見られる。これは、次のような点からオープンソースやウィキペディアと類似している。

    一点目はコラボレーションの「組織形態」。すなわち既存のハイアラーキー型組織とは異なる、ネットワーク型の組織形態でコラボレーションが行われるということ。

    二点目はコラボレーションによって「生産される財の性質」。すなわち、既存の工業製品(=ハードウェア)とは異なり、常に製品の質をネットワーク経由で改善できると言うソフトウェアの性質。

    三点目は、そのコラボレーションの結果生み出された「財の所有形態」。すなわち参加者間の間でその財が「コモンズ」として共有されていくということ。

ここで著者は、ニコニコ動画上の初音ミク現象とオープンソースとの共通点ではなく、ある一つに差異に着目する。一般に、オープンソース的開発手法が特に優れているのは、プログラムの精度検証(バグチェック)のリソースを広く効率的に確保でくる点にあると言われてきた。これは、裏を返していえば、オープンソースと言うコラボレーション形態が有効に機能するのは、その生産物であるコンピュータプログラムが客観的に評価可能な指標を有しているからだといえる。もし仮に、そのコンテンツの評価基準が曖昧なものだったら、不特定多数のユーザーがその品質のチェックに参加しようにも、そもそも何を以て良い製品なのかをめぐって意見の対立が生まれてしまい、コラボレーションどころではなくなってしまう。これに対して、ニコニコ動画上でアップロードされる音楽・映像といったコンテンツの場合は、ごく一般的には趣味的な情報財カテゴリーだとされている。つまりそこには、コンピュータプログラムのような道具的な生産物とは異なり、コンテンツを<客観的>に評価しうる外的基準は存在しておらず、最終的には人それぞれの<主観的>な評価に頼らざるを得ない。だとすれば、その質を<客観的>に検証・評価できないコンテンツについては、オープンソース的な協働開発形態がそれほど有効に働かないはず。しかし、ニコニコ動画では、人々は個々にバラバラな<主観的>な評価基準によってコンテンツを評価しておらず、ほとんど<客観的>と呼べるほど明確な評価基準を共有しているのではないか、と言うことができる。このようなニコニコ動画の提供する評価情報がとりわけ<客観性>を強めるのは、「擬似同期型」アーキテクチャによるものだと考えられる。動画コンテンツの上に、そのままコメントが被さるインターフェイスによって、素晴らしいとユーザーが感じたシーンにはコメントが大量につけられる。つまり、コンテンツのどの部分が人々に受け入れられているのか・評価されているのかといった情報は、ただ動画を再生し、そこに流れるコメントを見ているだけで、一目瞭然で明らかになる。さらに、コメントが文字でなされるので、人々がどの点を評価しているのかについても、はっきりと見分けることができる。このようにニコニコ動画特有のインターフェイスが、本来であれば<主観的>なものになりがちなコンテンツの評価基準を、<客観的>と呼べるレベルに引き上げる効果を発揮しているということだ。

ただし、このような<客観性>の共有されている範囲は、あくまでニコニコ動画の内側に限定される。なぜなら、ニコニコ動画上で共有されている評価基準は、このコミュニティにおいてのみ強く共有されているという意味で「限定客観性」とて゜も呼ぶ性質を有しているからだ。著者は、情報社会とはこうした「限定客観性」の有効範囲を、ほかならぬアーキテクチャによって画定する社会のことと定義できるとし、昨今の日本の情報環境において、その画定に最も成功しているのがニコニコ動画だったと著者は言い、だからこそ初音ミク現象はニコニコ動画で大きく花開いたと言う。

2011年5月21日 (土)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(8)

三番目に3D仮想空間サービスの「セカンドライフ」をみる。これは「メタバース」という仮想空間を、アバターと呼ばれる自分の分身のキャラクターを使って楽しむことができるというサービスだ。そして、仮想空間上の土地を所有し、誰もが自由にオブジェクトを持ち込む/建設することができるというUGCのプラットフォームとしての性質で、簡単なゲームであればユーザーの側が作成することも可能だった。しかし、ふたを開けてみると閑散とした状態になっていた。その大きな原因は、そのアーキテクチャによるものと考えられる。それは時間性にある。セカンドライフは、そのコミュニケーション空間上に参加する主体が、同じ現在を共有するという意味で、同期型のコミュニケーションサービスといえる。この特徴を、ツィッターの選択同期、ニコニコ動画の擬似同期と区別するために、「真性同期」と呼ぶ。セカンドライフが閑散としているように見えるのは、一人のユーザーが必ず単一の場所にしか存在することができないという事実に由来する。例えば、一日前にはたくさんのユーザーが集まって賑わっていた仮想空間上の場所も、次の日には誰もいなくなってしまう、ということがあり得る。これは同期型コミュニケーションに特有のものだ。これは、非同期型のそれよりも「機会コスト」が高いと言うことができる。たとえば、ある人とチャットをするということは、他の人とコミュニケイションする機会を失ってしまうということだ。

では次に、閑散となってしまったセカンドライフに比べてニコニコ動画が活況を呈しているように見えるのは何故かという点を考える。重要な点はニコニコ動画の擬似同期的コミュニケーションがもたらす臨場感・一体感はその場限りのものではないという点だ。セカンドライフのような真性同期で臨場感を共有できるのは、その時と場所を共有した人々の間に限られる。その時間が過ぎ去ってしまえば、あとから参加してきた人には、決してその臨場感を共有することはできず、祭りの後の状態が現われ、臨場感は揮発してしまっている。これに対して、ニコニコ動画では、付されたコメントはシステム上に蓄積され、誰が映像を視聴しても同じタイミングで表示されるため、臨場感・一体感は何度でも反復して再現される。つまり、真性同期型アーキテクチャが祭りの後を不可避に生み出してしまうシステムだとすれば、擬似同期型アーキテクチャは、いつでも祭り中の状態を作り出すことで閑散を回避するシステムであるということができる。比喩的に言い換えれば、祭りの賞味期限が氏族されやすいのだ。こうしたニコニコ動画の特徴をメディア論的に捉えるならば、それは「いま・ここ性」の複製技術ということができる。ベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』において、絵画や彫刻などの芸術作品は、「いま・ここ」に現前しているという一回性のアウラを持ち得たが近代の写真や映画などの複製技術は、その一回性を奪ってしまったと説いた。しかし、ニコニコ動画の登場は、こうしたベンヤミン的な構図の前提そのものを崩してしまう。とういうのも、ベンヤミンの「アウラ」は一つの身体は一つの場にしか存在できないというリアルワールドの制約条件を前提にしているが、ニコニコ動画は「いま・ここ」を、アーキテクチャの作用によって複製してしまう装置になっているからだ。つまり、芸術作品というコンテンツが複製可能なのではなく、それを「いま・ここ」で体験すると言う経験の条件が複製可能である。それは、情報環境=アーキテクチャの出現による複製技術のラジカルな進化と捉えることもできるのだ。

このような擬似同期型のサービスが日本にだけなぜ興隆しているのか。単に動画を見て、それをネタにどこか別の場所でコミュニケーションを交わすということならば、何もニコニコ動画である必要はなく、ユーチューブだけでも良かったはず、にもかかわらず、なぜニコニコ動画は日本で生まれたのか。その答えは、2ちゃんねるやミクシィのような日本特殊型のアーキテクチャと同様に「繋がりの社会性」によるものだ。コミュニケーションの内容よりも、その事実が第一の繋がりの社会性は、ニコニコ動画でも、画面上に肝心の動画が見えなくなる程にコメントが付くところに明瞭に現われている。

2011年5月20日 (金)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(7)

第六章 アーキテクチャはいかに時間を操作するか?

ここでは、「時間」という要素をキーに分析を進める。ネットコミュニティサービスには複数のユーザーがいて、文字を発信して読まれたり、動画を見てコメントを交わしたり、仮想世界を徘徊したりする。そのとき、複数のユーザーたちの間で、どのような「時間」が共有されているのかに着目していく。

メディア論やコミュニケーション論の領域では「同期」と「非同期」という区別が一般的に用いられてきた。同期的なメディアというのは、そのメディアを通じてコミュニケーションを行っている人々が同じ時間=現在を共有していることを意味する。例えば、電話、それかにテレビやラジオ。これに対し、コミュニケーションの発信と受信の間に「時間差」が存在している場合は、非同期的ということになる。手紙や雑誌などの紙メディアが代表的といえる。ウェブ上のソーシャルウェアの多くは「非同期」の側に分類される。ブログも2ちゃんねるもSNSも、書き手が情報を投稿するタイミング、読み手がその情報を閲覧するタイミングバラバラであり、情報の発信側と受信側は非同期的な関係にある。元来、インターネットの通信の仕組みは、非同期的なズレが必然的に生ずるようになっていて、紙メディアのように非同期的なメディアを再現することに向いていた。

このような前提のもとに、まず「ツィッター」を見る。このサービスは、現在自分が何をしているかという状態に関する情報を、一回当たり半角140文字以内のテキストで投稿するというもの。すると。ツィッター上では、その投稿されたメッセージはフレンド登録しているユーザーに、ほとんどリアルタイムで通知され、各ユーザーに読まれていく。SNSに比べて、現在のステータスを共有するというコンセプトで設計されたツィッターはIMや携帯電話などとの連携機能によって、リアルタイムでメッセージを読み書きするための仕組みや周辺ツールが揃っている。そして、ツィッター上では、時として、そのメッセージが連鎖する。ツィッターの特徴は、①テキストが短く、②IMや携帯電話と連動し、読み書きの即時性・反射性を促し、③コミュニケーションが突発的・局所的に連鎖する。という三点にまとめられる。ここでのポイントは、特に三点目の突発的で局所的な連鎖にある。基本的にツィッターは各ユーザーがバラバラに独り言をつぶやくツールで、しばしば一時的に/局所的に、あたかも同期的であるかのようなコミュニケーションの連鎖を生み出す。このようにツィッターの特徴は、こうした同期と非同期の両方を持ち合わせている点にある。重要なのは、その同期的コミュニケーションの連鎖というのが、あくまでユーザーの自発的な選択に委ねられていることだ。ツィッターは基本的に独り言を短い言葉で非同期的につぶやくものなので、同期的コミュニケーション特有の相槌を強いられたり、電話のように相手の状況に突如として闖入することからくる心的負担を免除してくれる。ツィッターの場合非同期と同期が入り混じった独特のコミュニケーションスタイルがその背景にあり、これを著者は「選択同期」と呼ぶ。すなわち、ツィッターは基本的には非同期的に行われている発話行為を各ユーザーの自発的な選択に応じて、同期的なコミュニケーションへと一時的/局所的に変換するアーキテクチャといえる。その新しさは、同期と非同期の両立という点にある。

次に「ニコニコ動画」について見てみる。ニコニコ動画というサービスは、一言でいえば、動画の再生画面上にユーザーがコメント(テロップ)をつけることができるサービスだ。ニコニコ動画のユーザーは、動画を再生している最中に、自分がコメントを表示させたいというタイミングでコメントを投稿する。こり投稿が比喩的に表現すると、映画のフィルムの上に直接文字を書き込んでしまうようなもので、画面にそのまま投稿の文字が流れる。そして、直接書き込んだ文字は、その後は同じタイミングで画面に文字が映し出されることになる。このように書き込まれたコメントが動画再生中に次々と流れていく。それはまるで、一つの画面をみんなで鑑賞しながら、ワイワイガヤガヤと会話を楽しんでいるように見える。さらに、同じタイミングで投稿されたコメントが多いほど、同時に画面上に表示されるコメント数は増える。中には肝心の動画が見えなくなるほど、コメントが画面を埋め尽くすことも多い。むしろ、画面上を覆い尽くすコメントが投稿されているのが面白さや盛り上がりを計るための指標となっている。ひときわ盛り上がるポイントで、歌詞や決め台詞が一斉に投稿される様は「弾幕」と呼ばれている。「ニコニコ動画」というサービスの特徴は、このような動画を視聴する側のライブ感やリアル感を醸成する点にある。そして、この特徴は次のように言い換えることができる。ユーチューブをはじめとする動画共有サービスの主たる目的は、動画コンテンツそれ自体をネット上で共有することに置かれていた。しかし、「ニコニコ動画」では、もはや動画が見えなくなるほどコメントが投稿されてしまう点に端的に示されているように、動画コンテンツの試聴自体はもはや主目的ではなくなり、動画を視聴する側の「体験の共有」が主目的になっている。つまり、「ニコニコ動画」は動画試聴体験共有サービスを行っていると言える。

しかし、このようなニコニコ動画の体験の共有は、ある種の錯覚によってもたらされているものだ。なぜなら、実際には、各ユーザーの動画の試聴行為やコメント投稿行為は、時間も場所もバラバラに行われている、つまり非同期だからだ。ニコニコ動画というアーキテクチャは「非同期」に投稿されている各ユーザーのコメントを、動画再生のタイムラインと「同期」させることで、各ユーザーの動画試聴体験の「共有=同期」を実現している。

本来ライブ感というものは、いわゆる客観的な意味での時間を共有していなければ、生み出されることはない。しかし、ネット上で動画を観るという行為は客観的な時間の流れから見れば、各ユーザーが自分の好きな時間に自分の好きな動画を視聴するという非同期的な行為である以上、基本的にライブ感を生み出すことはできない。これに対し、ニコニコ動画は、動画の再生ラインという共通の定規を用いて、主観的な各ユーザーの動画試聴体験をシンクロさせることで、あたかも同じ現在を共有しているかのように錯覚をユーザーに与えることができる。このように試聴体験の共有を疑似的に実現するということで、このサービスを「擬似同期」と呼ぶことができる。

これは「ツィッター」と共通する部分が多い。しかし、両者の間には見逃せない差異がある。ツィッターでは、各ユーザーの自発的な選択によって同期的なコミュニケーションが立ち現われるのに対して、ニコニコ動画では、動画という定規に沿ってコメントを保存し、呼び出すというアーキテクチャが働いているため、ツィッターのような自発的な選択という契機は必要とされない。その点でアーキテクチャ度が高いと言える。

2011年5月19日 (木)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(6)

第五章 ウェブの「外側」はいかに設計されて来たか?

この章では、「P2P」について、特にそのなかでも「P2Pファイル共有ソフトウェア」と呼ばれるソーシャルウェアを中心に扱う。その関心の中心は、P2Pファイル共有ソフトウェアというソーシャルウェアが、どのようして進化していったかにある。

1999年「ナップスター」の登場により、それまでテキスト文書中心のやり取りだったウェブ上で画像や音声のような大きな容量のファイルのやり取りを直接やり取りできることが可能になった。これにより、当時普及し始めたmp3ファイルの交換が容易にできるようになった。

これ以前はサーバークライアントモデルという通信方式(アーキテクチャ)を採用しているために、ファイルの転送効率が低かった。このサーバークライアントモデルというのは、ネットワークのサーバーに情報を集約しておき、それをクライアントが必要に応じてダウンロードする、という役割分担のことを指している。したがって、ある一つのファイルは一つのサーバーからダウンロードされることになる。そのため、人気の高いファイルが置かれたサーバーには、複数のクライアントからダウンロード要求が集中し、サーバーの処理能力や通信帯域の限界を超えるという事態が生じる。これに応じて、サーバーの性能を予め高くしておくこともできるが、P2Pでやり取りされるようなファイルは、えてして不正コピーされたものが多く、そこから健全な収益を得ることは難しく、サーバーの能力アップは望めない。それでも、mp3のようなファイルをやり取りしたいというユーザーの欲望は根強く存在している。こうした背景から、サーバークライアントモデルに拠らない、より高い通信の仕組みが求められていた。

もう一つの要因として、P2Pファイル共有がある種の犯罪性を持った行為であることから、ユーザーの側に、こっそりダウンロードしたい、というニーズがあったことを上げることができる。ユーザー同士が勝手にmp3ファイルを交換することは、著作権的に問題がある。だから、著作権者はこのようなダウンロード・サイトを見つけた場合にウェブサイトの管理者に警告することができます。サーバークライアントモデルの場合、ウェブサーバーが存在するためサーバーの管理者が特定可能であるため、最終的にはその人に対して警告を出すことができる。サーバーを提供するということは、責任を問われやすいことをなる。これに対して。「ナップスター」をはじめとするP2Pは、サーバークライアントモデルを採用したものとは全く別のアーキテクチャで、情報を集約管理する役割を担ったサーバーに相当する存在は介在しない。利用者同士は、ウェブサーバーを仲介することなく、互いに直接ファイルをやり取りすることができる。しかし、「ナップスター」はファイルのやり取りはP2Pの方式であっても、だれがどのようなファイルを持っているかという情報を検索するために検索システムをサーバークライアントモデルで実現していた。そのため「ナップスター」はハイブリッドP2Pと呼ばれた。

その後、日本では「ウィニー」というP2Pソフトが登場する。この「ウィニー」は英語圏の他のソフトとは異なる特徴を持っており、その点がソーシャルウェアの進化と言う観点から注目に値すると著者は言う。そもそも、この「ウィニー」が普及できたのはなぜか。話を素こと戻すと、「ナップスター」は多くの人には魅力的だったが、犯罪である。しかし、P2Pで不正コピーされたコンテンツをダウンロードすると言う行為は、コンビニで万引きすることに比べれば、ずっと罪悪感が少なくて済む。その行為を、直接誰かから見られるという感触は薄く、P2Pでファイルを交換しても、ファイルのコピーすることになるので元のファイルが失われない、つまり窃盗していると言う感覚はさらに薄くなる。このような心理的背景から多くの人を魅了することができたと言うわけだ。しかし、日本の著作権法は1997年に著作権者に無断で著作物をネットワークでダウンロードできる状態にする行為が刑事上の犯罪に当たるとして規定していた。そのため、日本のユーザーは、逮捕されたくなければ、アップロードはしないで、ダウンロードだけに徹するしかない。

このようなダウンロードに徹するという立場を。皆が選択すると、ファイルのやり取りは一切生じなくなる。P2Pでファイルをやり取りするためには、必ず誰かがファイルをアップロードし、誰かがそれをダウンロードするという、1つのネットワークで結ばれる必要がある。ここで、日本のユーザーはジレンマに陥っていたといえる。

「ウィニー」はこの問題を、キャッシュと呼ばれる仕組みで解決した。そして、この解決は単なる技術イノベーションに止まらず、これまでのファイル共有ソフトウェアの文化を大きく変えるもので、日本では「ウィニー」以前はファイル交換型、以後はファイル共有型と区別して呼ばれるほどだ。従来の交換型においては、参加者たちは<軽蔑/尊敬>と言う文化的コードに基づき分化され、ダウンロードに徹する参加者は軽蔑の対象になることで交換の交渉の場から排除され、アップローダーたちは「神」と尊敬されることで、逮捕されるかもしれないリスクテイキングに向けて動機付けられていた。これはまさに、人々に内面化を迫ると言う意味で「規範」による秩序管理の一例といえる。しかし、このシステムには明白な欠陥があった。それは、新規ユーザーの参入を妨げてしまうことだった。つまり、新規参入者は、最初は手持ちファイルがないためダウンロードのみの参加とならざるを得ないからだ。

「ウィニー」の場合は、ユーザーは欲しいファイル名を検索し、ファイルが見つかったら、あとはそれをクリックして、「ウィニー」を立ち上げたままにしていると、いつの間にかダウンロードされている。このように事が可能になったのは、「キャッシュ」と呼ばれる仕組みを利用しているからだ。あるウィニーのユーザーがファイルをダウンロードした場合、そのファイルは、ウィニーネットワークにおける「キャッシュ」として公開される。同じファイルを検索している他のクライアントは、ネットワーク上からこの「キャッシュ」を保有しているクライアントを自動的に探し出し、発見次第、ダウンロードを監視する。この一連のプロセスをウィニーは自動で行う。ウィニーではこうしてファイルが流通すればするほど方々のウィニーユーザーのハードディスクにファイルが蓄積されていく。人気の高いファイルであればあるほど、ウィニーネットワーク上のあちこちにキャッシュされていることになる。しかも、ウィニーはほとんど無差別にキャッシュを拡散させる仕組みを備えていたため、そのユーザーがファイルを検索・ダウンロードしたわけではなくても、人気の高いファイルは自動的にユーザーのハードディスクにキャッシュされると言う仕組みになっており、これにより、ますますファイルのダウンロードが効率化された。このプロセスはすべて自動的に行われる。つまり、ウィニーとを利用するということは、他のウィニーユーザーとの間で、ファイルの分散共有ストレージを構築することに等しい。この特徴をもってウィニーはファイル共有型と呼ばれる。

こうしたウィニーのキャッシュという仕組みはアーキテクチャの特徴を見事に示している。ウィニーにユーザーは、もはやユーザー間の「規範」に気を揉むことなく、意識の上ではダウンロード徹することでファイルを得ることができ、その一方で「キャッシュ」という分散ストレージを構築し、無意識のうちに利用者同士を協調させるよう仕向けている。さらに、ウィニーの特徴はこのようなファイル転送の効率性と匿名性を両立させる点にあった。あちこちにファイルがキャッシュの形で散らばることで、転送効率が高まるだけでなく、転送経路が複数かつ多段的に拡散されることで、ファイルがどこからやって来たのかという来歴を辿ることは事実上不可能になる。

このような「ウィニー」の実現した無意識のうちに強調させるアーキテクチャをどのように捉えていくべきかについて、「ウィニー」が社会的に断罪されたこともあり、批判も多い。例えば、「キャッシュ」という仕組みを、良心に蓋をさせ、邪な心を解き放つものと断罪する。つまり、ウィニーを利用しているだけでは、キャッシュという仕組みには気付かない。しかし、実際には、キャッシュという仕組みを媒介して、第三者へのアップロードを行っており、「送信可能化権」の侵害という違法行為に加担している。ウィニーはユーザーに罪を犯していると意識させずに、潜在的・無意識のうちに犯罪行為に加担させてしまっている。このようにユーザーを無意識のうちに犯罪行為に加担させるという点においてウィニーの開発者は非倫理的であるというもの。

しかし、裏を返せば、「ウィニー」が優れていたのは、アーキテクチャの特性を活かしたうえで、ユーザーをコミットメントなき貢献へと誘導する点にあったと言える。

2011年5月18日 (水)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(5)

第四章 なぜ日本と米国のSNSは違うのか?

本章では、「ミクシィ」と「フェイスブック」を扱う。この両者は同じSNSと呼ばれても、そのアーキテクチャに大きな違いがあり、その比較を行っていく。

「ミクシィ」の特徴は、ユーザーになるためには、既にミクシィを利用しているユーザーから招待してもらう必要があるということだ。また、「ミクシィ」内のあらゆるページは、ミクシィユーザーでなければ見ることはできない、いわば、「ミクシィ」は前章までのウェブからは隔絶された空間になっている。これを「招待制型アーキテクチャ」と呼ぼう。このような閉鎖的な「ミクシィ」が日本でとりわけ受容されたのは、一般的に、「ミクシィ」の外側のウェブ空間に比べて、安心で安全なコミュニティだからと言われている。これは「ミクシィ」のサービス開始当時の状況も反映している。当時のネットの存在はダークでアングラ的なイメージが強かった。「ミクシィ」というSNSは、雑多で猥雑なウェブ空間から「隔絶」したアーキテクチャとして人々の前に登場した。言ってみれば。それは「グーグルからの逃走」を実現するアーキテクチャだったと言える。

「ミクシィ」のアーキテクチャは、招待されざる者のアクセスを遮断し、招待された者だけをその内側に引き入れる。そして、その内側の住民たちの行動履歴を逐一追跡し、住民間の覗き見の自由を奪い、足跡という強制的関心の儀礼を自動的に発生されるものだった。これは、米国の富裕層向けの高級セキュリティ住宅街として知られる「ゲーテッド・コミュニティ」の姿に擬えることができる。「ミクシィ」は予期せぬ他者との接触や討議の機会に開かれたウェブという公共圏から退却するためのコクーン(繭)として人々に受容された。しかも、その安全な空間の内側において、人々のコミュニケーションのほとんどが、友人同士の他愛もない日記と、そこにつくコメントと足跡を日々確認し合うというものだった。こうした「ミクシィ」上のコミュニケーションのあり方は「繋がりの社会性」の性質を見事に体現している。「繋がりの社会性」とは、要するに、特に内容のない、ただ互いに繋がっていることだけを確認するために行われる自己目的型のコミュニケーションを意味する。

これは皮肉なことに、匿名性が極めて薄いはずの「ミクシィ」でさえ、結局は匿名掲示板の「2ちゃんねる」と同様の性質を帯びてしまったことを意味している。ここで問うべきは、なぜ人々は無意識のレベルで「ミクシィ」のようなアーキテクチャを求めているのか、そのメカニズムを明らかにすることにある。「ミクシィ」を利用する若者たちの中には、暇さえあれば、ケータイで「マイミク」の日記更新一覧を確認し、「足跡」をチェックすると言うミクシィ中毒と呼ばれるユーザーが少なくない。果たして、何がそこまで人々を「ミクシィ」に耽溺させるか。例えば、ケータイで30分でも間をあけないように絶え間なく瞬時にメールを送ろうとする若者たちの振る舞いは、GPSのような、デジタル・コミュニケーションを通じて、人間関係という曖昧なものの距離感を測定し、今自分がどのようなポジションにいるかを確認するものだという解釈がある。「ミクシィ」も、これと同様の役割を果たしている。「ミクシィ」のアーキテクチャの特徴は、ただミクシィにログインするだけ、ただ他人の日記を読むだけというサイト上の行動が、自己や他社に関する意味を持ちやすいという点にある。「足跡」はまさにそのひとつで、他にも、いつログインしたのかといった履歴情報が自動的に記録され、他人にもチェックできるようになっている。つまり、「ミクシィ」は、様々な行動履歴を自動的に記録し、観察可能なものにすることで、人間関係の距離感という曖昧なものを認識し、評価し、解釈し、推察するためのリソース(資源)を提供してくれるアーキテクチャと言える。このように考えていくと、「ミクシィ」は目的もなく用いられるコミュニケーションではなくて、コミュニケーションを行うことを通じて、人間関係の微細な距離感を計測するということ。これこそがミクシィを利用する人々の隠れた(無意識の)利用目的の一つだと言える。

一方、「ミクシィ」の利用者には、多くがプロフィールを実名で登録している。この利用実態を見てると、実名で検索して来る昔の友達がいるからといった声が聞こえると言う。つまり、「ミクシィ」に実名を登録するユーザーたちは、プライベートな文脈で参照されるべき実名や日記等の情報を、完全に親密な範囲でセキュアに流通させるのではなく、ミクシィ全体と言うそこそこにパブリックな文脈にも置いておくことで、もしかしたら今後ミクシィ上で友だちになるかもしれないユーザーが現れることを期待している、ということが分かる。このような実名登録ということが、ミクシィにおいては繋がりの社会性を効率的に高めるものとして利用されていることになる。

このような「ミクシィ」に対して、アメリカでは「フェイスブック」が台頭し、グーグルとの新たなプラットフォーム間競争が幕を開けたと言われている。フェイスブックが注目を集めたのは、2007年に同サービスで利用できる「ウィジェット」の開発環境「フェイスブック・プラットフォーム」が公開されたことがきっかけだった。これはしばしば「ソーシャルグラフ」(人と人との関係性を表わすデータ)のオープン化、つまりフェイスブック内の友人関係データが外部からも参照できるようになったと費用減される。このフェイスブックのオープン化戦略により、新たなウィジェットがサードパーティから次々と提供された。その中には、ごく短期間のうちに数十万、末百万ユーザーの単位で普及したものが少なくない。その普及速度の大きな要因こそが「ソーシャルグラフ」にあるとされている。ユーザー間のコミュニケーションを通じて、ウィジェットが感染的に普及して行ったと言える。アメリカでは、フェイスブックと言う新興プラットフォームが登場したことで、新旧プラットフォーム間競争の様相を呈し始めたと言える。この競争をきっかけに。今後はあらゆるウェブ上の情報が「ソーシャルグラフ」によって整理・秩序つけられるていくことにもなる、とも言われている。例えば、一人のユーザーがあちこちのブログ、SNS、ライフログ的なサービスで採った行動の履歴が、ソーシャルグラフ・プラットフォームを通じて、次々と連携していくという未来が考えられている。

このように、日本とアメリカでは閉鎖化しとオープン化と方向性が全く違ったものになってしまっている。もともとSNSは、他社多様な人間関係を、ネットワーク&データベース上で整理・管理するのに便利なツールとして生まれたにもかかわらず、ミクシィではその利用期間のこうはんになればなるほど、極力ミクシィ上で人間関係の複雑性を増大しないように努めるようになってしまっている。日本のソーシャルウェアは、ブログにせよ、SNSにせよ、基本的にその外見レベルでは、米国でも日本でも同じアーキテクチャが使われているのに、それを利用するユーザーの側の欲望やコミュニケーション作法が異なるために、異なるイノベーションの経路が拓かれてきた。   

2011年5月17日 (火)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(4)

第三章 どのようにグーグルなきウェブは進化するか?

ここでは「2ちゃんねる」について見ていく。これを内容如何とは別個に生態系としてみると、グーグルのような検索エンジンとは無関係に成長し、運営されてきたという特徴が見える。これは前章の議論、大量の人々が社会的と言える規模で集まるソーシャルウェアは、たくさんのユーザーが集まると、有益な情報とそうでないノイズとの混在率が大きくなり、自分が目的としている情報に辿り着きにくくなると言う状態になる。これはある種のトレードオフのようなもので、ソーシャルウェアが不可避に孕む問題と言える。これに対して、グーグルは、ウェブのハイパーリンクというアーキテクチャの特性をうまく活かすことで、優れているといわれる情報を的確に検索するシステムを構築した。

「2ちゃんねる」は、「dat落ち」といって、1つのスレッドに1000以上の書き込みが入ると、自動的に書き込めなくなり、過去ログを参照することができなくなる。つまり、ハイパーリンクに相当するものが時限つきでしか存在していない。さらに、コミュニケーションが盛り上がり書き込みが増えれば、それだけ既定のスレッド制限を早く受け、そのスレッドがウェブ上に存在している寿命も短くなる。これでは、検索エンジンが巡回して来る前に。そのスレッドは事実上消えてしまい、検索の対象になり得ない。

では、ユーザーたちは、自分の求める情報やコミュニケーションをどのように探し求めるのだろうか。「スレッドフロー式」という仕組みがある。「2ちゃんねる」のトップページには特定の分野(話題)ごとにスレットが分類されていて、ここを訪れるユーザーは関心のある分野のスレッド一覧を探す。スレッドフロー式はその表示されるスレッドの順序に特徴がある。そこでは、基本的に何らかの書き込みがあったスレッドから順に並べられている。もともとスレッドの表示順序は固定しておらず、絶えず書き込みの状態で流動している。このようなアーキテクチャにより、活発なスレッドは一覧表示の上位にあり、ユーザーの目に留まりやすくなる。このように「2ちゃんねる」のコミュニケーション・メカニズムの特性はフローという点にある。「dat落ち」もそのひとつ。スレッドには書き込み数の制限という規制が設けられているため、ある特定のトピックに対するスレッドが寿命を迎えた場合、そのトピックについての議論を続けたいと願うのであれば、新たに誰かが同一のトピックを立ち上げることになる。この時、暗黙の慣習で続きのスレッドには連番が付されます。それで盛り上がっているスレッドは一目でわかるようになっていて、このように、書き込み制限というスレッドの寿命に関する情報は、スレッドの熱狂度や勢いを計測するためのバロメーターとしても使われます。対して盛り上がらないスレッドは、ここでも差別化され徐々に淘汰されていく。

さらに、「2ちゃんねる」の情報流通メカニズムで重要な役割を果たすのは、「コピペ」です。実は、「2ちゃんねる」上の書き込みというのは、ほとんどがどこかで見たことのあるようなものばかりで、ユーザーたちが「2ちゃんねる」上の別の場所で見かけたネタ的に面白いと思った文章やグっときた文章を、そのまま「コピペ」(転載)したか、あるいは文章の一部だけを改変したものであることが多い。それはまた、しばしばお約束的な流れに従ってコピペされることが多いのも特徴と言える。こうして、「2ちゃんねる」上で流通する情報の多くは、莫大に存在するユーザーたちのコピペによって伝達・伝播されていく。こうした総コピペ主義の背景には、匿名掲示板という性質も大きく関係しているものと考えられる。なぜなら「2ちゃんねる」では、そもそも誰が書き込んだのかを認識できないから、そこでは著作者という概念そのものが機能し得ない。それが逆に、自由な著作物のコピペによる伝播と流通を促しているとも言える。

このように「2ちゃんねる」の情報流通の特性は、情報が残らず常に流動し消えていく「フロー」と、一般的には許容されないような大胆な転載の連鎖によって情報が伝播していく「コピペ」の2点に認められる。こうした「2ちゃんねる」の生態系の特徴は、決してアーキテクチャそれ自体が機能しているとは言い難い、つまりシステムの「利便性」や「自動性」が大きく働いているのではなく、ユーザーの莫大な手動による協力によって成り立っていることだ。アーキテクチャ自体が生態系を運営するよりも、ユーザーたちが進んでソフトウェアのように作動することで、そこでの情報流通メカニズムが全体的に機能している。このような特性について、次の2点を論点として考察してみる。ひとつは、なぜ2ちゃんねるはわざわざフローの度合いが高くなるように設計されているのか、ふたつに、なぜ2ちゃんねるでは、あえて協力するユーザーが次々と現われてくるのか。

まず、一つ目の点について、2ちゃんねるの管理人である西村博之氏の語ったところによると、コミュニティ運営の大前提になるのが、コミュニティがどれだけ盛り上がっていったとしても、数年も経過すれば衰退していくという事実で、その理由は、一度形成されたコミュニティは、その内部における結束を高めれば高めるほど、新たに外部からやって来る新参者からみれば、その結果が逆に障害となってしまうからである。噛み砕いていえば、コミュニティが成熟すると常連が幅を利かすようになり、初心者が発言しづらくなるということに端的に現われる。この問題に対して。2ちゃんねるはシステム的な対策を打っている。例えば匿名性である。そもそも名前と言う手がかりがウェブ上に残らなければ、常連と呼ばれる人々は知覚され得ない。さらに「dat落ち」のようなフロー的性質は常連たちを排除するのに役立つ。しばしば、常連と呼ばれる人々は初歩的な質問をするような新参者に対して、過去ログをよめというような高圧的なもの言いをするが、過去ログが消失してしまうようなアーキテクチャになっていると、このような高圧的発言を行う権利そのものを予め抹消しているのだ。このような常連を排除するという設計思想は、他の一般的なネットコミュニティの運営とは正反対の方向にある。ちょうどこれは、伝統的な村落共同体に対して、近代的な都市空間は顔の見えない、匿名的な人々が集まる空間であり、だからこそ多様な人々を抱えることができる。かつ絶えず成員の出入りが生じている。これは「2ちゃんねる」のような雑多で猥雑なウェブ上の巨大空間を形容するにふさわしい。

ただし、このような「2ちゃんねる」のアーキテクチャの特性は、初めから常連を排除する目的のために設計されたと言うよりも、dat落ちはサーバーの容量という物理的な制約のため設定され、それが結果的には常連を排除すると言う効果を生んだと言うような、進化論的なものの見方に一致する。

では、2点めの検討に入る。まず、「2ちゃんねる」のユーザーは「2ちゃんねらー」として理解される必要がある。これは、「2ちゃんねる」のユーザーは「2ちゃんねらー」としてウェブ上で振る舞うが、これは「2ちゃんねらー」という一つの壮大なキャラになりきっていることだ。だからこそ、互いに誰だかわからないような匿名的存在であっても、互いに協力することができる。どういうことかというと、「2ちゃんねる」のようなデジタル・コミュニケーションでは、送信者と受信者の間で何らかの内容(メッセージ)がやり取りされると言うところから、やり取りが成立している、つまり、繋がっているという事実の次元に主目的が移っている。そこでは、コミュニケーションしている事実を確認すること自体が自己目的化していると言える。しかし、「2ちゃんねる」は単に自己目的的なおしゃべりを続けるにはあまりに巨大すぎる。そこでの空転しがちなコミュニケーションを可能な限り持続させ、繋がりの強度を強めていくためには、定期的にネタが必要になる。「2ちゃんねらー」にとって内容はさしたる重要性を持たない。これはより集合的なレベルにおいて同様なことが言える。野次馬感覚やお祭り感覚のような盛り上がりに参加しているという事実が重要なのだ。そこで、そのような空間で「2ちゃんねらー」が協力し合うのは、彼らが互いを内輪として認識しているということになる。しかも「2ちゃんねる」の内輪は、いわゆる内輪プロパーが持つイメージを遥かに超えて巨大だ。その集合意識ないしは帰属意識が、互いに顔も見えないウェブ上での協働を支える信頼財(社会関係資本)として機能していると考えられる。例えば、彼らは同じ「2ちゃんねらー」でとみなしうる相手に対しては。そこで生み出されたAAやキャラクターという創作物を自由に再利用することを許容する。つまり、自分たちにとっての共有物であるとみなしたうえで、コピペの自由を認めるわけだ。

このように、「2ちゃんねる」という空間は、ある種不思議な二面性を抱えている。一方で互いの顔も見えない匿名的な都市空間でもあり、また一方では、「2ちゃんねらー」という名の一つのキャラたちが集まった巨大な内輪空間でもある。この二つの性質は相反するようだが、ここでは両立している。ただ内輪を形成するだけでは新参者を排除する方向に向かうが、匿名であるが故に新参者も気楽に参加できるけれど、そこで共有されているリテラシーやカルチャーを体得しなければ盛り上がり的な集合的協働現象が生まれない。

さて、ここで前章で扱ったブログとの比較を試みる。ブログは基本的に、自分が誰なのかをウェブ上で明らかにしたうえで情報を発信していくというツールと言える。既存の組織や権威のゲタを履くことなく、自分の書く文章一つで数十万といった読者に向けて自分の考えを表明できる。こうした『個』を強化するブログの普及的浸透は、マスメディアだけが表現することができた時代に終わりを告げ「総表現社会」をもたらすという論者もいる。これに対して「2ちゃんねる」は匿名性を基本としたアーキテクチャとして設計されており、「個として発言する」というアーキテクチャ的な基盤を有していない。これを対照的に扱うときに、個人主義と集団主義という欧米の個人主義と日本の集団主義になぞらえて議論が可能だと議論が展開される。そこで「2ちゃんねる」にも日本社会論にあるような否定、肯定の両側面でかたられると著者は指摘する。

2011年5月16日 (月)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(3)

次に「ブログ」について見ていこう。アーキテクチャの進化という点から見ると、ブログの特徴は、グーグルに検索されやすいウェブサイトを自動的につくる仕組みという一点に集約することができる。これはブログの「パーマリンク」と呼ばれる仕組みで、一言でいうと、ブログの記事単位で発行されているURLのことである。このパーマリンクによって、よそのブログで面白い記事を見つけたら、自分のブログ上で、その記事へのリンクを貼って紹介するということができるようになった。今では当たり前となったこの機能の意味については、かつてパーマリンクが存在しなかった頃は、個人がウェブサイトを運営・更新する際には、自分の手でHTMLを編集し、ウェブサーバーにアップロードすると言う作業が必要だった。しかし、手動でウェブサイトを更新するとなると、いちいち短い文章を書くたびに、別々のURLを持たせたファイルに分割するのは面倒で、ある程度まとまった文章ごとにファイルを切り分け、URLを割り振ると言った更新スタイルが一般的だった。しかし、このようなスタイルはグーグルのような検索エンジンとの相性が悪い。1ページにたくさんのテキストが入っていると検索してキーワードの情報が、そのページのどこにあるかが探しにくい。これに対し、パーマリンクの仕組みがあれば、比較的短い文章の中から、その情報がどこに書いてあるかが分かり易い。

つまり、パーマリンクと言う仕組みは、ウェブページの情報を細かい単位に切り分け、情報のありかを「指差す」というリンクの効能(価値)を高めることに寄与するものと言える。

ブログがグーグルに検索されやすい、もう一つの特徴はSEO対策が自動的に施されていた点にある。ブログを使うことで、いちいちユーザーが自分の手でHTMLを書かなくても良いだけでなく、グーグルのような検索エンジンが解釈しやすいHTMLに自動的に変換される。例えば検索エンジンのポットは、重要に内容はHTMLのタイトルや見出しに相当する部分に書かれているものを対象にウェブページを解析していく。そのためHTMLを正しくマークアップしていくことが、検索結果を高めていく上では重要だが、ブログはその作業を自動でやってくれるのだ。実は、このHTMLのマークアップを手動でやっていた時は正しく行われていなかった。それをブログは自動的に正しくHTMLをマークアップしてしまう。つまり、ブログは正しいHTMLを書くという集合行動を、規範ではなくアーキテクチャを通じて実現したわけだ。

このような特徴(アーキテクチャの特性)のゆえに、ブログがソーシャルウェアとして大きく成長した。個々のブロガーはただのお喋りを綴っていただけかもしれないし、理想を抱いて質の高い記事を書いていたかもしれない。いずれにせよ、そのような文章は、グーグルに検索されやすいので。検索されれば目につきやすくなる。そこでリンクが貼られ、このリンクをグーグルはページランクの仕組みを通じて解析し、さらに検索されやすくなる、というようにグーグルとブログは相互に影響を与え合うフィードバックループの関係を取り結んでいる。そして、さらにこのような相互作用により、結果的に優れたものが生き残っていく淘汰のメカニズムを作動させていく、玉石混交といっても玉と石とは選り分けられていく。

このようなウェブ上のソーシャルウェアの進化・成長メカニズムは、近年では「生態系」比喩を使って説明されている。生態系の比喩は、主に次の三つの現象を指している。

     人や情報の流れについて

ウエブ上ではリンクを通じて情報が発見され、共有され、そしてより多くのリンクを獲得した情報がさらに人の目に触れられていくという一見自然淘汰のメカニズムが働いている。また、ブロガーと呼ばれる集団の中には、よく名前が知られていて読者の多い「アルファブロガー」と呼ばれるユーザーが存在する。そこに無名のユーザーとの間にある種の弱肉強食的な階層構造があることが知られている。例えば、アクセスの多くない記事が、アルファブロガーにリンク付で紹介された途端にアクセス数が瞬間的に急増することがある。これはアルファブロガーが新鮮なネタを求めてウェブ上を巡回し、下位のユーザーからネタ=情報を捕食しようとしているわけです。

     WEB2.0的と呼ばれるサービス間の関係について

WEB2.0系と呼ばれるサービスは、それぞれ別個のURLとサーバーの上で動いていたとしても、互いに緩やかな協調関係をつくっていることがしばしば強調される。ブログであればトラックバックやRSSにpingがこれに相当する。こうしたサービス間の緩やかな関係は、ある生態系の中で、様々な生命体や種族がそれぞれ完全に孤立することなく、相互に影響し合い、その循環的な関係のネットワークを通じて、共棲的な生態環境を生み出している様子にたとえられている。

     お金の流れについて

例えば、グーグルアドセンスという広告システムがある。これはグーグル外部のウェブページに、そのページの内容と連動した広告(コンテンツ連動広告)を自動的に掲載すると言う仕組みだ。かりに、あるブログに、アドセンスを表示するためのコードを埋め込んでおくと、そのページの内容が瞬時に解析され、その内容と関連性の深いと判断された広告が自動的に表示される。これはグーグルと外部パートナーとの間にwin-winの関係が築かれたことを意味し、さらに、新興ベンチャー企業はこうしたアドセンスの仕組みでとりあえず事業を持続させておき、最終的にはグーグルなどの大企業に自社のサービスが買収されることを目指すようになる。こうした流れに乗ってしまえば、ITベンチャーたちは自分たちで独自にビジネスモデルを編み出す必要はなく、基本的にはグーグルにビジネスの大部分を任せることで、自分たちはサービスの技術的開発や運営に専念できるようになる。これは、グーグルをいわば苗床にして、新たなソーシャルウェアが次々にうまれる生態系にも見える。

このような生態系の比喩のポイントは、抽象的に言い表わすならば、ある環境において、膨大な数のエージェントやプレイヤーが行動し、相互に影響し合うことで、全体的な秩序がダイナミックに生み出されており、しかもそこから新たに多様な存在が次々と出現するというところにある。それらは基本的に、部分が相互作用することで全体が構成されているというシステム論的構図をもっていて、部分を構成する各ネットユーザーたちは、全体を認識するわけでなく、いわば勝手気ままに行動することで、いつのまにか全体的な秩序が実現されている。

更に筆者は生態系や進化論の枠組みをウェブに当てはめることで。また別の議論の道筋も切り拓くことができると言う。「進化」はよく似た語感の「進歩」とは異なる。進歩は、ある価値観がプリセットされていて、その良いことの基準から見て、その質を向上させていくことで、それによる「進歩史観」は生命の進化は、常により優れた種が適応し、その種を保存させるためのプロセスであると言う考え方、この応用としてウェブは常に情報発見。伝達効率の優れたアーキテクチャに向けて進歩するという考え方、これらによれば、生命もウェブも何らかの目的に向けてシステム自体が自ら変化しているように見える。これに対して、「進化」は、プリセットされているような価値観が入り込まないもので、「より良きものへの変化」ではなく「より複雑なものへの変化」で、複雑さや多様性というものは、ほとんど偶然によって積み上げられた結果と看做すところにある。その過程では神のような超越的な意図は存在しない。これをどのように説明かと言うと、まず、遺伝子のレベルで、何らかの種が「発生」する(突然変異)。次に、その時々の「環境」との適応度によって、種の淘汰と「存続」が起きる。このように、「発生」のメカニズム(発生論的説明)と「存続」のメカニズム(機能論的説明)を分離して考えることで、事後的には目的合理的に見えてしまうシステムであっても、その発生過程を目的合理的に説明してしまう罠を回避することができる。つまり、偶然の産物から、目的合理的なシステムが自然発生すると言う現象を、「神による設計」という神秘論に回収することなく説明することができる。そこで、これまで見てきたウェブ上のイノベーションは、「偶然」「意図せざる結果として」生み出され、結果的にそのときどきの情報環境の状況に適応する形で生き残ってきたとみなすことができる。

2011年5月15日 (日)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(2)

第二章 グーグルはいかにウェブ上に生態系を築いたか?

WWW」(World Wide Web=以下ウェブと表記)の特徴はハイパーリンクやハイパーテキスト、つまり複数の文書間をジャンプできるようにする、という仕組みにある。これは1980年代後半CERM(欧州原子核研究所)の研究員が、このようなハイパーテキストの発想をインターネットという通信システムと組み合わせて開発したものだ。彼は、世界中の大学や研究所で同じ研究をする研究者の論文などの文書情報をインターネットを通じて効率的に公開・共有するシステムを考えた。かりに、研究者相互で電子メールを使って文書ファイルのやり取りをした場合には、新しい文書を作成するたびにファイルのやり取りをし、ファイルを更新しなければならない、さらに複数のバージョンがバラバラに拡散してしまうため、最新のバージョンが行き渡っているか分からなくなることもある。それならば、どこか1か所のサーバーに文書ファイルを集約すればいいということになるが、今度は誰が管理するのかという問題が生ずる。そこで、彼は各研究者が自分の管理しているサーバーに自分の文書を設置しておいて、他の研究者は必要な時にその文書を読みに行くという仕組みを構築した。そして、どこのサーバーにどのようなファイルがあるのかというデータの所在を表現するための仕組みとして、「ハイパーリンク」や「URL」が実装された。つまり、世界中に散らばったファイルから、必要な情報を指定し、すぐにジャンプして取り出せる仕組みとして、ウェブ及びハイパーリンクは構想された。

その後、インターネットの普及に伴い、利用者やサーバーが増えてくる。これに伴い、ハイパーリンクという情報共有の方法は、その文書の数が増えれば増えていくほど、その処理できる情報の量に限界が生じてくる。認知限界と呼ばれる問題で、文書ファイルの数がたくさんあり過ぎると、どこに何かあるかを探すのに、人の認識能力では限界が生じることになる。そこで検索エンジンが登場する。当初の検索エンジンは、人力で収集されたリストだったので情報量が足りなかったり、検索技術が未熟だったりと、性能がいいとは言えなかった。

これがグーグルの登場により、劇的に変化する。グーグルは検索結果の精度を飛躍的に高めたが、それは「ページランク」という仕組みに起因する。ページランクとは、①まずグーグルは、ウェブ上に膨大に存在するウェブサイトの「リンク構造」を「ポット」と呼ばれる自動巡回プログラムによってつぶさに追跡し、②「数多くのページからリンクされているページは重要と看做す」「その中でも重要なウェブページからリンクされているページは、より重要なものとみなす」といったアルゴリズムに従って、膨大なウェブページのランク付けを行い、③基本的にページランクの高いものから、グーグルの検索結果の上位に表示していくと言うものだ。とりわけ重要なのは、②の重要性をランク付けする方法だ。それが画期的だったのは、ウェブページに書かれた「内容」によって重要性を判定するのではなく、ハイパーリンクと言う、文章の内容とは直接関係のない部分に注目した点にある。グーグル自身は、この仕組みを投票にたとえている。

このような仕組みはウェブのリンク構造を解析することで優れた検索結果を導くというものだが、言い換えれば、グーグルはユーザーたちのリンクを貼るという行動を、その検索結果の精度を高めるための協力ないしは貢献として、利用していることになる。グーグルの検索結果が優れているのは、あくまで人がウェブ上から情報を探し出し、それをリンクによって指差すという行動結果(協力結果)に基づいている。

このようなグーグルによる検索の仕組みは、間接的に、かつ無意識に人を貢献、協力させるという点で「アーキテクチャ」の特性を備えたものと言える。

2011年5月14日 (土)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(1)

Aku 第一章 アーキテクチャの生態系とは?

本書の分析する対象は、2000年代に登場したネットコミュニティやウェブサービス、具体的にはグーグル、2ちゃんねる、はてなダイアリー、ミクシィ、ユーチューブ、ニコニコ動画です。しかし、大事なのは何を追うのかではないのではなく、如何にして追うのかということです。すなわち、これらを「メディア」として捉えるのではなく、「アーキテクチャ」として捉えます。著者はこの言葉を、ネット上のサービスやツールをある種の「建築」とみなす、あるいはその設計の「構造」に着目するという意味で用いるとしています。ネット上のウェブサービスもまた、情報技術によって設計・構築された、人々の行動を制御する「アーキテクチャ」とみなすことができる。言い換えれば、ウェブサービスは複数の人々が何らかの行動や相互行為を取ることができる「場」のようなものと捉えることができる。

では、「アーキテクチャ」という概念の内容について本章で検討する。ローレンス・レッシングによれば、規範(慣習)・法律・市場に並ぶ、人の行動や社会秩序を規制するための方法といい「環境管理型権力」とも概念化されている。具体例でいうと、飲酒運転を規制するには道路交通法上の罰金や減点のような処分が決められていますが、これは「法律」による規制、それだけでは飲酒運転をする者が絶えないため、自動車にアルコールの検知機能を設置し、飲酒している場合にはエンジンがかからないようにするという、飲酒することが、そのまま運転することができなくなることに直結させてしまうという規制が「アーキテクチャ」に当たる。そもそも規範や法律という規制方法が有効に働くためには、規制される側が、その価値観やルールを事前に内面化するプロセスが必要になるが、「アーキテクチャ」は、規制される側がどんな考えや価値観の持ち主であろうと、技術的に、あるいは物理的に、その行為の可能性を封じてしまうという規制である。さらに、レッシングはアーキテクチャの特徴として、規制されている側がその規制を存在自体に気づかず、密かにコントロールされてしまう、ということを付け加えている。これを要約すると、次のようになる。

      任意の行為の可能性を「物理的」に封じてしまうため、ルールや価値観を被規制者の側に内面化させるプロセスを必要としない。

      その規制の存在を気づかせることなく、被規制者が「無意識」のうちに規制を働きかけることが可能。

という2点にまとめられる。さらに付け加えておけば、1点目の特徴は、時間が経過するにつれて、2点目の特徴を帯びるようになる。先ほどの例ならば、アルコール検出装置は、ある日突然、いつも通っていた道に壁ができるようなもので、それまで存在しなかった規制が登場するわけで、規制される側はそれをうっとうしいと感じる。しかし、その規制が登場してからしばらくの年月が経つと、それは「物理的」な制約から「自然」な制約に変質する。つまり、規制がはじめから存在しているという世代から見れば、それは自然なことになっているわけだ。

2011年5月13日 (金)

三品和広「戦略不全の論理」(12)

2.事業経営責任者の管理職化傾向

社長の短命化もさることながら、社長の下で事業を営む事業経営責任者の階層まで降りていくと、経営職の管理職化傾向がそれに輪をかけて深刻なのである。そこには、制度が管理職になることを促す側面と、人自身が管理職になりきっている側面と、両面が存在する。

著者はある企業の事業部長を対象にした実態調査のデータをもとに分析する。その結果として。約70%が何らかの切り口をもって事業経営に当たっているが、事業全体のあるべき姿、あるいは方向性を見究めている人は10%に止まった。これが事業レベルにおける戦略不全の真相と著者は指摘する。現状を改善する切り口までは持っているのだけれど、戦略には手が届いていないのである。彼らの口から戦略を聞くことができないのは、彼ら自身の役割認識にあると著者は言う。かれらは、人を生かすこと、人を育てること、目標を設定すると、彼らは口にする。要するに、日本企業の事業経営責任者は、経営者というよりも、組織を構成する役割の一つを務めているのである。そこに、トップが戦略を決めるという発想はない、大事なことは職場の長が発案し、彼らの合議で決まる。これが分業経営の実相に他ならない。

事業部は、その運営には資金が必要で、そういう資金を企業の内外から調達して事業観に配分するのは本社の役割である。ところが、ここで事業部と本社との間に利害の不一致と情報の非対称性が存在し、それが事業統治の問題となっている。当地の問題は一種の二律背反を含んでいる。一方で縛りを設けないと資金を拠出する側の利益が守られないが、縛り過ぎると今度は経営に無用な制約を課すことになる。そうなれば、かえって資金拠出する側の利益が損なわれることになる。制度設計上の要諦は、いかに軽い縛りで効果的な利益保護を実現するかにかかっている。しかし、事業統治の縛りは重量級である。事業統治の本流を成すのは、本社による直接モニタリングである。これは人事権とキャッシュ、すなわち生殺与奪の権に裏付けられているだけに、事業部側に抵抗する術はない。実際のモニタリングは定常的には事業計画を中心にして進むことが多い。本社側は事業計画の策定段階でチェックして、あとは月次決算の対予算比をモニターする。そこで異常が検知されれば、原因の精査に乗り出す。このような事業統治の下で、事業経営責任者にフリーハンドの経営者として振る舞うのは無理と言える。長期の戦略より、月次の事業計画ということになる。しかも、事業経営責任者の任期は社長以上に短い。その理由は、本社による人事権の発動である。それは、企業本体の経営陣への人材供給のパイプラインを確保する必要からである。事業部長就任時の平均年齢が50歳を超えているため、役員昇進の可能性を考えると、一刻も早く事業部長職を卒業させないと後が続かないのである。

日本企業の事業経営責任者が管理職に成り下がっているのは、何も期待任期が短いからだけでない。上位に絶大な権限が存在するからだけでもない。本人の問題もそこにはある。さらに言えば、その背後に人事政策の問題もある。問題の一端は内部昇進の図式である。

2011年5月12日 (木)

三品和広「戦略不全の論理」(11)

第八章 日本企業の経営者

1.社長在任期間の漸次短縮化傾向

戦略は、非合理、非可分、非可逆でなければならないが、その要件を満たすのは尋常な努力の範囲では難しい。戦略を司る経営者に、強靭な頭脳と幅広い経験と長期の在任、すなわち若くしての着任が同時に求められるのである。日本型の企業モデルにおいては、一般社員のモチベーションが優先される陰で、そういう経営者を育て上げると言う発想は後手に回りがちになる。それが、慢性の戦略不全を招くのである。

日本企業の多くが慢性の戦略不全を患う最大の理由は、社長の在任期間が戦略の最低スパンに届かないことにある。その結果、経営は短命社長からから短命社長へのバケツリレーに委ねられ、戦略の非可逆性原則を満たすことはできない。これを本書では、精密・電機業界でデータにより検証している。

このような、日本の企業において社長の任期が著しい短縮化の方向に向かった背景には、所有と経営の分離という現象がある。そして日本企業は、この変化に適用する術をいまだに持てないままでいる。それが戦略不全の核心的な病原に他ならない。実際に、電機・精密機器業界の1部上場企業のうち、創業経営者が戦後の立ち上げに関与したところが7割を占め、日本は20世紀後半幕開けを所有と経営が未分離のまま迎えたという、現代日本の企業社会が成立過程において大きな歴史的特殊性を内包しているのである。それが1970年代以降、所有と経営が分離する方向に動き出した。試に在任期間が30年を超える経営者が存在する企業を見てみると、個性の明確な企業が多い。これは強力な社長が一貫して30年以上も企業を牽引する中で、明快な構えが現実のものとして定着し、成功した後もその構えから逸脱することがなかったためと考えられる。

これを踏まえて、著者は次のような仮説を提出する。即ち、終戦直後の日本は瓦礫の山から再スタートすることを余儀なくされたが、これが近来稀にみる創業、または第2創業の機会を提供した。この機会をものにした創業経営者が20年、30年と指揮を執る中で競争に勝ち残った企業は、そういう長命社長の下で強固な事業基盤を整備していった。こういう企業を中心にして、日本の企業は世界の檜舞台に躍り出ていったのである。ところが、創業経営者もいつかは第一線を引く運命にある。創業一族から後継社長が出ない、または出さないと決めた企業では、創業者の引退をもって所有と経営が分離する。ここで登場する専門経営者は、一社員として入社して、多くの上司に仕え、仕事で成果を上げてきた人である。初めから守るべきものを背負って登板するため、なかでもリスク回避を得意とする賢明な人物が指名されやすい。リスクを取って裸一貫からスタートし、ずっと経営に携わってきた創業者とはまるで好対照な人の手に、経営の主導権がここでシフトする。こういう専門経営者は、就任時点で他の社員よりも年長であることが一般的で、任期が数年しかないことを本人も周りも了解している。そういう体制の下で、専門経営者は創業者が残した事業基盤を継承して守ることに終始するが、いくら出来の良い事業基盤でも、時代の変化に伴って陳腐化することは避けがたい。ところが、4年や6年で交替していく専門経営者には、変化に対して本格的な手を打つ理由も、意欲も、能力も欠けている。こうして戦略不全が慢性化し、収益率は全体として長期低落の傾向を示すに到るのである。

2011年5月10日 (火)

三品和広「戦略不全の論理」(10)

2.不可分性

戦略は、オペレーションのパッケージである。分業に付された「部分」のコーディネーションを司るためにこそ、戦略は存在すると言ってよい。だから戦略は、絶えず「全体」の一体性を保証するものではなくてはならない。たとえ見ていても戦略を模倣することが難ししいのは、それが大きな塊として初めて意味を持つからなのである。

現代の大企業の規模と生産性を支えているのは分業というシステムである。その分業の大きなメリットの理由として、アダム・スミスは次の3点をあげている。作業の単純化が手先の習熟を促すと言うのが1点。作業の専業化が段取りを固定費用化する、即ち、作業から作業へと移るたびに段取りをしなくてもよくなると言うのが2点目。そして、作業の単純化と専業化が作業者自身による作業の機械化を後押しするというのが3点目である。スミスのあげる理由はこれだけだが、著書はこれらに加えて、分業が許容する知識の多様化を指摘する。現代の社会は1人1人が異なる知識を持っていても機能する分業社会を我々が発展させたからこそ、社会全体の生産力が飛躍的に増大したと言う。そして、企業の巨大化を支えるのは、実はこの知識の分業に他ならないという。現代の大企業は、事業、職能、地域に応じて人が分かれ、精緻な分業の体系を築き上げている。企業として抱える知識の総体は、確実に上昇の一途にある。それが生産性の向上をもたらし、企業の巨大化を可能にするのである。

しかし、企業内分業は、良いこと尽くしでしない。スミスが指摘するように、分業は人の注意の焦点を限定するのである。限定された領域の中では注意の密度が上がるため望ましい効果も見込めるが、その外側では深刻な弊害が発生しかねない。現代の大企業は、研究、開発、生技、品質、購買、製造、物流、営業、情報、人事、経理、法務といった職能部門にあたかも当然の如く分かれている。必要とされる専門知識に応じて要素的に仕事を分解しているわけである。ここでは注意の焦点が局所化される。視野が限定されると、人はどうしてもその中で物事を判断するようになる。視野の内と外では入ってくる情報量に圧倒的な差ができるため、一種の非対称性がここで生まれるのである。自分下す判断が視野の外で何らかの影響を持つことは分かっていても、その影響に関する情報が入ってこなければ、あたかもむ視野の外は存在しないがことくに振る舞うしかないのである。そこで、担当外職務のパフォーマンスを傷つけるような判断を、分業は善意の人にさせてしまう。部分最適化という現象である。

分業は、本当にそれを生かすためには、他方で統合を必要とする。統合、またはコーディネーションによって部分最適の弊害を抑制しないと、分業の利を害が上回ることになりかねない。戦略の存在理由は、ここにあると言ってよい。経営は分業するものであるが、戦略を分業するということは原理的にあり得ないのである。戦略は、高度に統合されたパッケージでなくてはならない。さらに、戦略とオペレーションは不可分に結びついていなければならない。戦略なきオペレーションは、いくら斗力を積み重ねても長期の高収益に結びつかないし、戦略がオペレーションから遊離すれば空理空論に陥る。

その象徴が経営トップである・長期に高収益を実現している企業では経営者が現場に強いことも共通している。現場が部分最適に陥ることを防ぎ、全体の統合を保つためには、経営者が雲の上に鎮座していては話にならない。組織がいくら巨大なっても、視野に制限がかからないのは、経営者だけなのである。分業の枠によって与えられた役割に制限されることなく、自由に動き回れるのも経営者だけなのである。経営者が全体と部分間を上下動することによって、初めて戦略は統合の要件をみたすことができるのである。

3.非可逆性

戦略は、取り消しや、やり直しが可能なものではない。簡単に手を戻すことができるならば、試行錯誤を通して逐次最適を図ればよいだけである。そういう施策が競合他社との間に決定的な収益力の差を齎すことはあり得ない。戦略は、それが有効であるためには、後戻りができない選択に自らを縛り付けるコミットメントでなくてはならないのである。これが第3の要件になるのである。

企業は、単年度を基本サイクルとして活動する。中期計画といっても、たかだか向こう3年をにらむ程度である。それを超えてプランニングをしても、市場や技術がダイナミックに変化していくために、プランの仮定が崩れてしまい、意味がないと言う。組織的なプランニングをしようとすれば、確かにそのとおりであろう。ただし、戦略とプランニングは別物である。戦略を考えるとき、もっと長期の因果関係に依拠した上で、強い企業や事業をつくるという発想を持たねばならない。企業の命運や長期収益は、新商品の開発や市場投入、マーケティングのようなところで決まるのではない。商品を超越する次元にある企業や事業の構え、そしてそういう構えを左右する大局的な判断、商品のはるか以前に来る判断なのである。

大局的な判断は、あとから振り返れば、どの意思決定がそれに相当するのかを特定することは可能であろう。ただし、判断を下す当事者にしてみれば、事後的にあれがそうだったと指摘されても仕方がない。これがそうに違いないという具合に、どの意思決定が戦略性を帯びる大局的な判断に相当するのか、事前にわかるものではない。当初は小さな意思決定が結果的に大きな差につながるということは、経営においてはよくある現象である。

最初の判断は、小さな偶然に見えるかもしれない。しかし、判断が蓄積に転化するプロラスを経て、その功罪は何倍にも拡大されることになる。そういう判断こそが、結局のところ超長期的における企業の業績を決定的に左右するのである。それを大局的な観点から的確に下し、その意図を貫徹することは、社員が何十人いようが、経営者その人にしかできない仕事である。

三品和広「戦略不全の論理」(9)

第三部 戦略不全の背景と処方箋

第七章 経営戦略の3要件

戦略不全はなぜ起こるのか。端的な答えは、「戦略が難しいから」である。戦略が難しい理由は、大きく分けて3つある。善良な社員が会社のために良かれと思ってすることが、結果として会社の戦略に逆行するというのがまず1つ。情報や知識が集中する部課レベルの組織に委ねるのでは、そもそも戦略にはならないというのがもう1つ。そして、戦略はマラソンであって駅伝にあらず、すなわち経営者から経営者へバトンを渡すリレー方式ではうまくいかないというのが最後に1つ。この3つが絡み合うから、戦略は本当に難しいのである。

1.非合理性

戦略は、ある種の非合理性を必要とする。どういう事業に魅力を感じ取るのか、事業のどこに広がりを見出すのか、事業の収益構造をどう読み取るのか、事業を左右する組織能力をどう見るのか。こういう天下分け目の判断を、単純な理に照らし下してはならない。これが、戦略に課せられた要件の1つであり、戦略を難しくするもっとも高いハードルである。

経営で迫られる判断は、純粋に数理でも道理でも割り切れるものではない。カネとヒトの両方をインプットとして用いる以上、経営はむしろ数理と道理の間で折り合いをつけるように宿命づけられている。絶対性を帯びる真理はここでは判断の基準にはならないのである。だとすれば、人はどこに理を求めるのであろうか。これを読み解く鍵は人間社会性という原理にある。人間は一般に人の同意や共感をえること、社会に広く受容されることに価値を見出す。だから、それなりに筋道を立てて物事を判断しようとする。人に受容されたければ、人に理解されやすい筋道を立てるのが一番の早道であろう。ここで心理に代わって判断の基準となるのは情理であろう。しかし、情理そうものを合理的とは言わない。情理の問題は筋道を取り違えている点と、ローカル性の組み合わせにある。経営のコンテクストに限って言えば、企業や事業の長期収益が最優先されてしかるべきなのに、情理を理とすると、一事業所や一個人の利益を守るために大本の目的が犠牲にされかねない。また、他方では、全体の長期収益につながるとされる筋道は、それを受け入れる人が自ら検証する心理ではなく、世間一般で受け入れられているから自分も受け入れるという類のものが多いはずである。これは一般常識を重んじることから常理と言ってよい。このような常理はたしかに真理を含むこともある。逆に真理の顔をした嘘もそこに紛れ込んでいる。たとえば、規模の経済の関する通説がそうである。我々が合理というとき、実はこういう常理にかなうことを指している場合が多い。合理がこのような常理にかなうことを意味するのであれば、戦略はそれを否定する非合理でなければならないということである。戦略を司る人間には、少なくとも合理を部分否定することが求められている。理由は2つある。1つは常理が常に正しいとは限らないからである。もう1つは、常理がまさに大方の人の判断を形成するからである。戦略は、どこかで多数との同質競争を回避しなければならない。常理が良しとすることは他社も良しとする可能性が極めて高いということ自体に、すでに致命的な問題があるとしるべきで、戦略は、どこかでもっともらしい嘘の虚を衝くときに、最大の威力を発揮するものなのである。ここで常理に代わる理が「理外の理」、すなわち常識に潜む嘘の虚を衝く妙理に他ならない。良い戦略とは、常理に照らせば非合理であると同時に、理外の理に照らせば合理でなければならないのである。これが戦略に課せられた最大の要件である。このハードルは難関である。理外の理は、それを見抜くこと自体が難しいうえに、死優位の理解を得るとなるとさらに難しい。それに対して多くの人が知的理解を共有する常理に基づく判断は、社内でも合意を取り付けやすい。しかし、社内で合意を取り付けやすいということは、他社でも事情は同じと知るべきであろう。とういうやすき判断につけば、結局は多数による同質競争に陥るだけである。ただし、その悲惨な帰結が露呈するのはずっと後になってからのことなので、常理は無傷で生き延びるのである。

2011年5月 9日 (月)

三品和広「戦略不全の論理」(8)

第六章 大局的判断の戦略論

戦略の要諦の一つは、構造に恵まれた市場で事業を構築することである。これが経済学の教える戦略である。一言でいえば差別化を生かした事業を造りなさいということに尽きる。技術の開発や市場の発見で他社に先行することがその前提となっている。実際には難しい。実は、そういう戦略論につながる経済学には大きな欠陥があると、著者は言う。経済学はモデル分析のための単純化の過程で現実のきわめて重要な側面を切り捨ててしまっているというのだ。経済学の教科書はどれも財がm個存在すると仮定して、市場に1からmまで通し番号をつけるところから出発するが、市場はこのようにディスクリートなのか。このフレームワークの中に収まる概念として、製品の差別化という発想がある。これは、すでにm個の市場があるときに、m+1番目の市場を創造するということに他ならない。経済学から導かれる戦略論は、この意味での差別化を奨励するのである。平易に言えば、モノとタイミングとロケーションの新しい組み合わせを生み出して、さらには参入障壁を周りに築いてそれを守りなさいというわけである。ただし、既知の方法で創造できる市場はあらかじめm個の中に含まれている。差別化ができれば理想的なことは分かっていても、どうすればそれが実現するのかは決して自明ではないし、技術その他の要素におけるブレークスルーなくして実現するものでもないであろう。しかし、実際の戦略の成功事例は、差別化を伴うものではない。ディスクリートな市場という捉え方をする限り、既存の市場の中で成功を収める事例が後を絶たないのである。物理的な視点からは競合相手がいるのだけれども、なぜか泥沼の競争にはならないのである。「似て非なるもの」、鍵はここにある。成功事例を繙くと、顧客と接する市場の側では差別化になっていなくても、言うなれば舞台裏で差別化を成し遂げているような場合が多い。個々の市場では同じでも、全体としての事業の構えが微妙に異なるのである。この違いのために、もしも競合相手が模倣をしようとすれば、総コストが高すぎて勝負にならない。だから競合相手がいても宿敵にはならないのである。異質化と呼ぶ現象がここにある。こうした異質化を成功裏に遂げると、収益力が劇的に向上する。これは経済学が教える差別化の威力とまさに同じである。ただし、異質化と差別化では、それを遂げるための手段が異なるのである。「異質化」とは「似て非なるもの」を作り出すことである。経営戦略の真の要諦は、ここにある。必ずしも物理的にモノを変える必要はない。むしろ物理的なものは忘れて、その背後に控える全体の合理性や全体の合目的性を見直すことこそが成否の鍵を握る。

企業が異質化を遂げるプロセスを追いかける。まず、その主体として、戦略を担うのは経営トップに限られる(Who)。異質化の発想は、成否を論じることができるものでもなければ、合議で決められるものでもない。些細な優劣を正すことに比べれば、全体の統合性を保つことの方がけた違いに重要である。であるが故に、異質化の発想は一人の人間の頭の中で生み出されるべきものなのである。ここで、前章でとりあげた長期の高利益を実現している企業を見てみると、立役者のような経営者が存在する。高収益企業が高収益たるゆえんは、戦略を担いうる強い経営者の存在を抜きに語ることはできない。

次に、異質化を遂げるタイミング(When)を考えてみる。まず、予め戦略という大きな塊があって、その通りにトップダウンで動くという構図は現実的ではない。経営者の机の上にあるディスプレイには日々刻々と現場から営業日報が集まってくる一方で、部屋の外には決裁を求める社員たちが行列をなす。そして、数ある会議の最中にすべての予定を吹き飛ばすような緊急案件もたまに飛び込んでくる。戦略の実体とは、こうして無秩序にやってくる、1つ1つの小さな判断の、長い期間にわたる積み重ねに他ならない。だから、戦略は事後的に浮かび上がるものであって、事前に鎮座するものではないのである。特に異質化は事業の構えに関わることであるが故に、第一歩が肝心であることは間違いない。ただし、いつ、どこからでも、それは容易に風化する。せっかく築いた土手が、そこに開いた小さな穴からやがて決壊するのと事情は変わらない。築いたらおしまいではなく、むしろその後が勝負とすら言ってよい。

所在(Where)の意味でも、これとよく似ている。戦略は、よく知られたPDCAのサイクルのようなフィードバックループを持つものである。そうなるのは、ひとつにはすべてを最初からみ切ることは不可能だという事情が関係している、さらには、すべてが最初から思い通りに運ぶとは限らないという事情もある。いずれにせよ、戦略とは事後的な微調整を必要とするものであり、そのためには経営者がフィードバックのかかる現場にいなければうまくいくものでない。

戦略の営為(What)は、経営者が能動的に仕掛けるループと経営者が受動的に迫られる一連の判断の組み合わせと考えるのが良い。戦略とは、能動的に構えることであり、受動的に判断することである。勿論、より具体的なレベルに降りていくと、核心や判断が何に作用するか、また作用すべきなのかという問題に直面する。収束不能なくらいに、具体的な決定事項は多岐にわたる。

次に戦略の論理(Why)と手法(How)を考える前に、戦略プロセスにおいて変わらないものは、戦略の主体である経営者の頭の中にあって、彼が個々の判断を下すにあたって参照する、判断の拠り所のようなものである。個別判断の中身は時と状況に応じていようにも変わるものであるが、その背後に控える判断の拠り所のほうはそう簡単に大きく変わるものではない。しかも、それは1つの塊として存在する。ここではそこに注目して、個々の判断を間接的に規定する準拠枠のことを広く「事業観」と呼ぶことにする。事業観とは、人が頭の中に持つ基本辞書のようなものである。この辞書が、情報から判断へり「翻訳」を司る。我々の周囲に存在する事物や、我々の周囲で起きる様々の出来事は、それ自体意味を持たない客観情報として頭の中に飛び込んでくる。それに主観的な意味を付与するのが基本辞書で、意味がいったん定まるとそこから半ば自動的に判断が導かれる。だとすると、問うべきは個別の判断よりも基本辞書ということになる。例えば、工場の床に落ちているボルトを見て、ただのボルトと受け止めるのか、清掃の不行き届きと見るのか、ボルトが抜け落ちたはずの機械の故障を心配するのか、は人が持つ基本辞書次第である。元は同じ情報でも、翻訳次第で大きく判断が変わりうることは、これらの例から明らかである。基本辞書が人によって異なるのは、それが「意訳」を含むからである。そして、単なる意味解釈の体系から始まる基本辞書が膨らんで、何をどうするとどうなるという因果関係の体系を含むようになり、そして何は何より大事かという優先順位の体系を含むところまで拡大すると、翻訳は深い理由に裏付けされた判断、そして行動に直結する。さらに優先順位の体系が頭の中で充実して来ると、その上に自らが携わる事業の見方とでも言うべき基本認識が成立する。これが更に強くなると「この事業はかくあるべし」という核心に最後は発展するのである。事業観とは、このような体系の階層を網羅する概念に他ならない。基本辞書の中にこういう体系の階層がどこまで積み重なっているかは、人によって様々であろう。そういう中で経営者を経営者たらしめるのは、基本辞書の厚みになければならない。この体系の階層の積み重ねが稠密で、かつ厚い時、そこから生まれる判断は大局的と呼ぶにふさわしくなる。

議論はこの後、企業戦略論の系譜と事業戦略論の系譜として戦略論の系譜を振り返りますが、興味ある方は本書を参照願います。

2011年5月 8日 (日)

三品和広「戦略不全の論理」(7)

第五章 帰納的ミクロ戦略論

こごは、前章で得た洞察の上に立ち。生の現実から戦略とは何かを問う。ここでは「部分」から「全体」を推し量るプロセスに、前章で検討した演繹論のフレームワークを活用する。ここで用いる帰納論の発想は単純で「戦略の機能を長期収益の最大化と明示的に認識すれば、高い長期収益を実績として上げている企業群に注目し、そこに共通してみられる特徴をもって戦略を定義することができるはずである」ということである。この場足、戦略が長期収益に作用するのは確かなのだが、長期収益に作用するのは戦略だけとは限らないのである。そこで登場するのが、マッチングペア分析という基本着想である。これは、企業業績の良し悪しを絶対的に評価しようというのではなく、同一または類似の事業機会に直面する企業を組として比較し、企業業績を相対的に評価しようとするものである。戦略以外で長期収益に作用する力がすべて事業機会に固有のものとすれば、この相対比較によって浮き彫りになるのは戦略ということになる。

このようなマッチングペア分析の結果を見て、第一に頭に浮かぶのは、前章から持ち込んだ「構造の選択」という視点である。これまで分析の俎上にのせたペアは、需要や費用の構造を一にする事業を営むか、またはそういう事業の集積を営んでいる。構造が利益率を支配的に規定すると考えれば、データの説明はすべてうまくいく。ここで構造支配仮説を受け入れると、構造が利益率の上限を決めてしまうことになり、企業がその下でできることは、その上限以下に利益を落とさないことだけである。となると企業にできる戦略は、自らを翻弄する環境を選ぶことに収斂する。すなわち、構造の選択である。同じ構造を選択する限り、ペアを構成する企業間で利益率の変動パターンと水準に大差は見られない。大差が見られるのは、むしろペアとペアの間である。となれば企業にとって重要なのは、選択した構造の下であがくことよりも、選択する構造そのものをうまく選ぶことになる。そして、構造をうまく選べば、参入もおのずと制限される。これが戦略論の原点に他ならない。構造は、本当にそこまで利益率を規定するのであろうか。データ分析の結果は、需要構造は、利益率の水準に決定的な影響を及ぼしているというものであった。構造が決まれば、利益率はほとんど決まってしまうのである。これらの結果から読み取れることは、個々の企業が戦略不全に陥っているとも読むこともできるし、経営環境を共有する企業が逐次適応の経営にベストを尽くすとき、結果は基本的に横並びになると読むこともできる。だから、最初から有利な構造を選べというのは、一つの考え方である。だから逐次適応の経営に終始するのはダメであるという考え方も成立する。前者を採れば、すでに悪い構造を選択してしまった企業は大胆な商売替えを模索するしかないことになる。また後者をとれば、それとは別の道があることになる。しかし、例外的に、ペアの業績が全く交わらないケースも存在する。戦略とは、そのような乖離に見て取るべきかもしれない。

ここで、本書では例外事象として四つのケースを分析しているが(個々のケースは本書を参照すると興味深い)、そこには一つの共通点があると著者は言う。すなわち、いずれの企業も決して競争から隔離されているわけではないのに、同じ競合企業といってもぶつかり合うという姿が見られない。言うなれば競争はあっても「宿敵」がいないのである。マッチングペアの相手方の企業には不可解、または不当な比較と映る可能性が高いのである。この現象を著者は「異質化」と呼ぶ。宿敵がいないゆえに、このような企業は結果的に構造の選択や参入の制限や価値の捕捉をしたように見えるのである。必ずしも意図してそういう選択や補足をしているわけではない、だから、演繹的なマクロ戦略論に違和感が残るのである。意図してなされることがあるとすれば、単なる製品の「差別化」を超えて、事業の構えを微妙にずらす「異質化」と捉えた方がよい。そこで、著者は事例を分析して、異質化にかかわる戦略の四つの類型を見出している。まず、異端一貫型は、量産を手掛ける大手競合相手がいる業界で、大手とは全く競合しないビジネスを展開する事例である。カスタム製品を取りそろえ、ソリューション営業を展開し、モノ造りへの固定投資を最小限に絞るなど、企業の構えが一貫しているところに鍵がある。継続一貫型は、潜在的な競合相手がいる業界で、徐々に競合を振り切って、独壇場を築き上げた事例である。早い時期からやることを絞り込み、わき目も振らずにそれを徹底してやりぬいているところに鍵がある。営業能力型と製造能力型は、やはり競合相手のいる業界で、独自の能力によって局所的に競争を中立化している事例である。鍵になる営業能力や製造能力は、天賦の才というよりも競合他社とは違う発想で投資を振り向けた効果によるところが大きい。以上の分類では、運や偶然ではなく、企業の主体的な判断と営為がある。有利な構造を人為的に作り出しているという意味で、まさに戦略性が高い長期収益率を齎している事例と言える。

2011年5月 7日 (土)

三品和広「戦略不全の論理」(6)

第二部 戦略とは何か

第四章 演繹的マクロ戦略論

ミクロ経済学の視点から長期収益がどう決まるかを見ていくが、その内容は省略し、そこから得られるものを経営の言葉に翻訳していくのを見ていく。

まず、著者は理論と実務の違いから見ていく。理論と実務の間に距離があるように見えるのは、両者の間に厳然として時間尺度の相違があるからである。実務の世界では、土岐は連続に流れるものである。卑近な言い方をすれば、仕事は毎日ある。日々の活動、これらに付随するカネの流れやヒトの働きを管理する業務など、日々刻々と動いている。こうした業務では、様々な工夫を凝らす余地が担当者レベルでは無尽蔵にある。創造的な意思決定を休みなく下す人たちが、企業は自分が動かすと認識しても無理はないし、企業というものは膨大な数に上る意思決定変数を持つものだと考えるのは当然と言える。問題は、そういう業務上の意思決定と、企業の長期収益の関係である。業務は絶えず動いているが故に個別の意思決定はやり直しがきくし、修正も随時迫られる。それに加えて企業の意思決定は複数の人を経て組織的に下される。これを高い見地から、長い目で見たときに、本当に企業間の業績差異を生み出すことになるのだろうか。おそらく、そうではあるまい。経済学が企業をモデル化するときは、業務上の意思決定は合理的に下されるものという前提に立ち、それを企業の利益最大化行動として表現する。戦略論が取り上げるべきは、こうして最大化された利益の大小を左右する要因に他ならない。言い換えれば、企業で働く人たちが最善を尽くした後に決まる利益の多寡を何が決めるのかという問である。枝葉を取り去ったのちに見える幹の姿こそ問題なのである。経済学は、その何たるかを教えてくれる。

企業収益を究極的に規定するのは、自社と競合他社のコスト、市場への参加企業数、及び需要曲線と費用曲線の形状である。それがモデル分析から得られる直接の結論になる。このうち、コストと競合企業数は完全には外生変数とは言い難い。コスト優位が利益につながるとしたら、企業はコストを従属変数もそしてコスト低減に向けた投資額を独立変数とするゲームに従事するであろう。競合企業数も、長期的には企業の自由意思による参入と退出の結果、内生的に決まってくるものである。そうなると、均衡状態で残るパラメーターは需要構造と費用構造に限られると言ってよい。こういう構想を選ぶことは、企業が長期収益を拡大するためにできることのうちでもっとも基本的な手段である。では、構造を選ぶとは具体的に何をすることをいうのであろうか。ひとつには新たな市場へ新規に参入するという大きな決断がそうである。ほかにも、すでに参加している市場から撤退するとか、その中でセグメンテーションの取捨選択をすることがそれにあたる。こういう選択にあたって考慮すべき事情は多岐にわたる。その個々の事情の分析は本書に当たるとして、世の中には構造が好ましい市場と、そうではない市場が並存している。企業の戦略を考える時にもっとも重要なポイントは、避けるべき市場を避けて、いかに好ましい市場に経営資源を集めるか、ということになる。「自らに有利なゲームを選んでプレーせよ」と俗に言うが、大事なのは自社の強みを生かすことだけではない。それとは別に、利益の出やすい構造を選択するという発想も重要なのである。

費用と需要の構造は、企業にとって確かに基本的な戦略変数である。ただし、これを選択するという行為自体は、かなり受動的な色彩が濃い。それに対して、もう少し能動的な戦略変数として、競合企業数を上げることができる。この変数自体は内生的に決まる側面もあるものの、企業はこれに参入制限という形で働きかける手段を持つのである。競合企業数を減らすことは、費用や需要の構造いかんにかかわらず、収益性の向上に貢献する。参入制限には、競争と協同という2つの側面がある。競争の方は、既存の競合相手とは袂を分かち、新しい市場を自社のみで構成しようと動くことである。その成功には何らかの有効な差別化が必要不可欠であり、同業他社の追随を振り切るという意味で、競争が必然となる。それがうまくいけば、たとえ市場は小さくても、企業は新しい市場で独占利益を手にすることができる。協働の側面は、新規参入を阻止するという点において既存企業が利害を一にすることから発生する。例えば、市場を新規参入から守るためには、参入企業がクリアすることを迫られるバーを上げればよい。ここで言うバーとは、たとえば品質やサービスについて顧客が抱く期待の高さ、安全性や環境対策について行政当局が持つ要求水準の高さ、または参入に際して必要となる一般的な投資の大きさのことである。利害を共有する企業は、ここで共同戦線を張ると相互に得をする。念のために補足しておくと、新規参入を阻止する方法は製品自体の差別化に限定されるわけではない。参入障壁そのものは、変動費用や固定費用にあってもかまわない。潜在的参入企業に対して決定的な非対称性を何らかの形で作り込めばよいのである。参入すれば強硬な反攻措置が待ち受けると既存企業が参入を検討する企業に信じ込ませることができれば、それが有効な参入障壁になることは十分に考えられる。

差別化という概念は、一般に競合企業数を小さくするための行為として理解されている。これは企業間の水平的な差別化という話であるが、実は対顧客の垂直的な差別化も利益の拡大に別のルートで貢献する。最後にこの可能性を吟味する。クールノーのモデルでは均衡状態において大きな消費者余剰が発生している。消費者余剰とは、消費者は払ってもよいと思っていたのに、実際には払わなくても済んだ金額の合計に相当する。これが企業の隠れた利益の源泉になりうる。そもそも、需要曲線が右下がりということは、その市場で売買される製品に対して消費者が支払う意思のある最高基準価格が一様でないことを意味している。その製品に高い価値を認める人から、価値をほとんど認めない人まで、色々な人がいるということである。そういう中で、均衡価格より低い最高基準価格を持つ消費者は、結果的に購入を見送ることになる。逆に均衡価格より高い最高基準価格を持つ消費者は喜んで購入に踏み切る。彼らにとっては実際の取引価格が自らの最高基準価格を下回る分だけ「儲け」になるからである。この「儲け」をすべての消費者について合計したのが消費者余剰、すなわち消費者の節約額を示す尺度となる。この消費者の「儲け」は、取りも直さず企業の損失、利益の取りこぼしである。このような取りこぼしが回避できないのは、個々の消費者の持つ最高基準価格を見破る術を企業が持たないが故に、誰に対しても均一の価格で売ることを余儀なくされるからである。すなわち、消費者余剰は一物一価の裏返しなのである。こうした事情を理解すれば、企業が利益を拡大する第3の道が見えてくる。他社を相手にするのではなく、ここでの焦点は顧客との駆け引きになる。企業が消費者余剰を取り込むには、最高基準価格の高低に応じた複数の価格、すなわち「差別価格」を導入する必要がある。問題は、個別消費者の最高基準価格に関する情報がないままで、いかにこれを実現するかである。工夫の一つは、酒匂基準価格の高低に相関する代理変数を見出し、これに価格を連動させることである。携帯電話などの学生割引は、この典型例として知られている。もう一つの工夫は、能動的に差別価格を設定しに行くのではなく、異なる価格を用意しておいて消費者が自己選択するのを受動的に待つといういき方である。最高基準価格を見破る術がないのなら、消費者に「自白」させればよいのである。

2011年5月 6日 (金)

三品和広「戦略不全の論理」(5)

第三章 ケースに見る戦略不全

日本のコマツと米国のキャタピラーの間の攻防をケースとして見る。TQC(総合的商品管理)を武器にして快進撃を続けたコマツは、1980年代半ばにキャタピラーを追い詰めたかに見えた。ところが、1990年代に入ってからは再び攻守が逆転するに至っている。コマツとキャタピラーのそれぞれの攻防の打ち手は逐一追跡されていくが、ここでは、攻防の全体像の外観と戦略の相違を見てみる。

利益率については、コマツは長期的なジリ貧傾向にあり、これに対してキャタピラーは高収益を確保している。最終利益の累計では両者間に大きな差が開いている。また、コマツは本義用の建機ではキャタピラーに水を開けられ、脱建機もならず戦略不全に陥ったと言える。

ここで、両社の違いを見てみる。両社の決定的な差の一つは建機事業に対して抱く事業観である。米国では1960年代に高速道路網の建設が一巡し、日本でも石油危機を境に高度成長が終焉を迎えている。母国における建機事業の春は過ぎ去ったという認識では両社ともおなじであろう。問題は発展途上国の市場をどう見るかにあった。コマツは悲観論を貫いている。中南米政府の過剰債務問題に敏感に反応したからである。これに対し、キャタピラーは、発展途上国が世界人口の81%と地上面積の74%を占めることを見据えていた。しかるに同社の途上国売上比率が23%にとどまることから、ここに未来の事業があると喝破したのである。キャタピラーは「21世紀の最初の10年はグローバルな競争力が企業を選別する」との認識の下に着々とオペレーションをグローバルに拡充し、他方で一時的な景気後退に備えるために、製品ラインや事業地域の多様化と、コストや資産の管理強化を怠らなかった。同時に開発途上国の市場を開拓するために、中古建機のグローバルな流通や購入資金のファイナンスを司るサービス事業を自ら整備していったのである。

これに対して、コマツの年次報告書を見てみると事業に対する大局観が見当たらず、基本的には今期の業績を分析して、来期の方針を確認するというだけである。その意味で、期待値に基づいて長い未来を最適化するというよりも、t期の出力に反応してt+1期の制御をするという印象がある。日本企業は長期的視野から経営にあたると言われてきたが、実態は異なると思わせるものである。たしかに、t期の業績が悪いからと言って、製造や研究開発に対する投資を絞ったり、人件費に手を付けるということはしていない。

意思決定のアルゴリズムという点では、両社の間には別の差がある。キャタピラーは農機から建機に転進したり、工場を大胆に閉鎖したり、過去にこだわるそぶりを見せない企業である。これに対して、コマツには、「すでにあるものは生かす」という発想が根づいている。建機事業で世界第2位の地位を手に入れた時点では、創業時の多角化に着手した時点とは状況が大きく異なったはずであるにもかかわらず、「今まで蓄積した技術があるから」というように理由で、非建機事業を投資対象とし続け、そこには非建機事業のプレーリアップ・バリューを検討した痕跡はない。同様に、新規成長事業の育成を図るときも、種をいろいろまいてみて、芽が出たところに水をやるというのがコマツのスタイルになっている。すなわちコマツが将来どういう企業になるのかは、種まきの結果次第、お天道様次第なのである。自らの意志の力で自らなりたい企業になるという強固な姿勢を貫くキャタピラーとは、根元的な違いがある。

両社の対比でもう一つ目立つのは、企業と経営者の関係である。日本の企業はボトムアップとよく言われるが、トップの「個性」が意外と大きな影響力を持っているようである。実際にコマツでは社長が変わるたびに新社長の「思い(または意思)」が前面に押し出され、それがコマツという企業のカラーを染め上げている。その意味で、コマツをどういう企業にしたいのかという意思は、コマツにも存在した。意思というのは、それぞれの社長の心の中に存在したからである。さらに歴代社長が「なりたい企業像」を語るときは、「良い会社」に代表されるような、きわめて抽象的な言語が使われる。その点でも「思い」という言葉がぴったりであろう。

他方のキャタピラーでは、価値判断を含む言語は見当たらない。歴代の経営者が理想とする企業を語るときは、あくまでも事業のポートフォリオと各々の事業における市場地位というきわめて具体的な戦略の言語が用いられているのである。経営者の語り口には、企業は先達から受け継いだ公の人為機関、経営者といっても一個人が好き勝手にしてよいものではない、企業は株主に買ってもらう商品として磨かねばならない、という基本認識がにじみ出ている。

2011年5月 5日 (木)

三品和広「戦略不全の論理」(4)

3.特定産業内の企業別業績比較

こんどは、特定の業種というくくりの中で日本企業同士を比較する。これまで言及した戦略不全の構図が正しければ、歴史が古い企業であればあるほど、そして売上が大きい企業であればあるほど、無為無策型の戦略不全に陥りやすく、その結果として収益力も低いことが予想される。それをデータによって検証を試みる。

ここで取り上げる特定産業は、精密・電機産業である。そこで高収益業は比較的新しい企業で、事業ドメインが定まっていて、明快な得意技を持ち、それによって基幹事業を深耕することで、安易な多角化に走ることなく成長を遂げている企業である。これに対して、業界を代表すると自他ともに認めるような企業は、多角化を推し進めた結果として規模で他社を圧倒するにもかかわらず、収益力では劣っている。

全体を展望すると、事実はおそらく次のようなところではないかと考えられる。即ち、企業は成長を指向するが、一般的傾向としては収穫逓減の法則に晒されている。したがって、創業以来時が経過すると共に規模は拡大すれども利益率は低下する。ただし、これは不可抗力というものではなく、むしろ無為無策の為せる業である。この傾向に打ち克つということこそが、戦略の本質と考えるべきであろう。伝統ある大企業が慢性的な低収益に甘んずるとすれば、それは戦略不全の繁栄に他にならない。

ここから見て取れるのは、規模の拡大と共に収益力が悪化する現実、そして、規模の大きい企業の方が低収益に甘んじている現実が浮上してくる。本来ならば、規模の経済という概念が存在するように、規模は企業にとって福音のはずである。例えば、規模が拡大すれば、それに合わせて比例的に増やす必要のない固定費を相対的に削減したり、増大する交渉力を背景に変動費を削減したり、増大する市場支配力を背景に価格の下落を阻止するなど、利益率を引き上げるなど、利益率を引き上げる可能性がいろいろ開けてくるとされている。

しかし、規模は成功の原因ではなく、むしろ成功の結果であると考えると、規模は両刃の刃として考えられて来る。規模は利益率を引き上げるテコにはなりうるが、引き下げる重力としても作用するからである。例えば、一つの市場を制覇した企業が規模を拡大するためには、企業の活動範囲を水平的に拡大するか(多角化)、垂直的に拡大するか(垂直統合)、地理的に拡大するか(国際化)のいずれかしかない。どの道を選んでも、企業の経営は複雑さを増していく、経営の枠組みがそれに伴って進化していかない限り、経営が規模に負けて効率を落とすことは避けられない。規模の不経済とも言うべき現象がここに発生する。規模の不経済は主に企業の間接部門で問題となる。直接部門で規模の経済が働くのとは好対照と言えよう。およそ企業という存在は、その効率を業務プロセスの定型化に負っている。定型化するがゆえに、企業は経済性を発揮すると言ってよい。この定型化をする時に企業は一定の範囲の企業活動を想定して最適化を図るが企保の拡大はこの想定範囲を結果的に無効にし、定型化のやり直しを多くの間接部門分野に要求する。グローバリゼーションに伴う人事制度や経理制度の改訂は、その良い例であろう。規模の飛躍的な拡大を狙う合併ともなると、さらに大幅な改訂を必要とするのが常である。再定型化は、その努力自体がコストを発生させるだけでなく、それがうまくいかないことに伴う間接的な、測定されないコストをも随所に発生させる。この後者にあたる部分が意外と大きいのである。規模の経済は、拡大する前から存在する資産に追加投資することなく拡大後もこれを使い続けることから発生するが、再定型化は逆に拡大する前から存在する資産を無効にし、一からの再投資を要求するのである。これが規模の不経済にほかならない。その大きさは、再投資の深度と頻度にもよるが、それ自体は企業の持つインフラストラクチャーの頑健性で決まるものと考えられる。

日本の電機業界には円高と、そこから発生するグローバリゼーションが鬼門となっていることが明白である。これに的確に対処することなくいたずらに規模の拡大を指向したことが、劇的と言ってよいほどの規模の不経済を生んでいるのではなかろうか。これも無為無策型の慢性戦略不全にほかならない。

2011年5月 4日 (水)

三品和広「戦略不全の論理」(3)

第二章 データに見る戦略不全

前章を受けて、本章では日本企業の実力をデータによって検証していきます。

1.全上場企業の時系列業績推移

著者は1960年以降の40年間にわたる上場企業の業績データを分析して次のように結論付ける。

上場企業の売上高成長率はGDPの成長率をはるかに上回っている。その意味でき、日本の経済成長を牽引してきたのは間違いなく製造業の大手企業である。ただし、問題は、これが利益を伴わない拡大であったことにある。それこそが戦略不全の現われである。

日本の製造業に対して我々が抱いているイメージは幻想と呼ぶのがふさわしいほど現実から乖離してしまっている、と言わざるを得ない。日本には「モノ造り大国」という自負があるが、それはあくまでも製品開発や開発効率における競争力の高さが証明されたからのことにすぎない。実際には、製造立国という考え方が成立するほど日本の製造業は儲かっていない。それどころか収益力の長期低落傾向に歯止めがかからなかった結果として、日本の製造業は今や資金コストの負担能力が問われるところまで追い詰められている。利益なき成長の陰には、戦略不全が存在する。

2.有料大企業の産業別日米比較

日米企業で収益力を比較してみると、日本企業はほぼ完敗という状態である。産業別の比較でも、製造業を含む全部門で日本企業が劣位にあることは明らかである。より細かな産業分類で見ても事情は変わらない。日本に比較優位があると言われてきた鉄鋼、電気・電子、電子部品・電気計測器、家電・家庭用耐久消費財をはじめとして、ほとんど全教種で日本企業の収益力は米国企業と比べ物にならないほど低い。

ここにモノ造り大国の幻想が現れている。製造業は日本のお家芸で、米国は空洞化が進んだかのような印象があるが、実態はどうも違う。真相はこういうことであろう。日本が参入した分野では確かに日本勢が市場を席巻したが、そういう分野はえてして儲からない構造にある。それに対して米国勢は、日本が参入できていない高収益分野をしっかりと押さえ込んでいる。日本企業の収益力の低さは今に始まった話ではなく、日本企業が絶頂期にあった1980年代にも低かったしも続くバブルのピークにおいてもそうであった。

このような日本企業の低収益の原因はどこにあるのかを考えると、日本企業の劣位は資産効率より、むしろ売上効率において顕著である。そこで、問題の核心は利益なき拡大、または利益を犠牲にした成長の追求にある。米国との相対比較ではそう言わざるを得ない。そこでの、日米比較から見えてくるのは、日本の大企業は、規模の優位性を生かし切れない状態に陥っている。もともとの優位が構造的な要因に依拠していないのか、時代の変化に取り残されたのか、そのどちらかとしか考えようがない。

日本企業に典型的に見られる戦略不全の症候群は、まとめると以下のように記述できるであろう。まず表に出るのは収益力の低さである。それも、売上のいたずらな拡大からくる低収益にほかならない。開発部隊が新製品を造れば作るほど、製造部隊がモノを造れば造るほど、営業部隊がそれを売れば売るほど、どんどん深みにはまっていくような低収益の図式である。実務部隊の第一線が一生懸命努力しても、その努力を収益という果実に結びつけるための何かがここでは欠けている。戦略の欠落を感じさせる症候と言ってよい。戦略の欠落は、環境の良しあしを問わずに低収益を体質化する。追い風の吹く環境で、実務部隊が合議で合意を形成するとしたら、共通して認識された合意しやすい選択肢、いわゆる「流れにつく」選択に落ち着く。こういう選択肢は、実は競合他社にとっても合意しやすいことが多い。その結果、同類の企業は市場で正面衝突を繰り返し、差別化の努力も小手先で終わることになる。一方、向かい風の吹く環境で、何かをするとしたら選択肢は多岐にわたり、容易には合意に至らないであろうが、ひとつだけ共通して意識にのぼる選択肢がある。様子見である。かくして逆風下における戦略の欠如は無為無策を半ば保証することになる。これに対して、米国企業で目立つのは、暴走型といえるような経営トップの戦略構想が現実にそぐわなかったり、実務部隊による遂行が伴わないようなケースである。

2011年5月 3日 (火)

三品和広「戦略不全の論理」(2)

3.なぜ日本企業なのか

日本企業と米国企業を概念モデルとして比較しながら、なぜ慢性の戦略不全が日本型企業に起こりやすく、逆に日本型企業のアキレス腱が戦略の慢性不全になりやすいのかを整理する。その答えは、企業という制度のきわめて根源的な設計思想の中に存在すると著者はいう。

人が自分の幸せだけを追求して利己的に行動するとき、需要と供給はあたかも“神の見えざる手”に導かれるようにして一致し、社会全体の秩序は政府の指揮なくして保たれる。アダム・スミスが『国富論』で論じた有名な命題である。しかし、近代的な大企業は、スミスの命題に反する存在となっている。実際に、大企業が業務を推考するうえで必要とするモノやサービスを自社内で調達するとき、スミスが必要と論じた指揮権が発動されている。これは、市場を介した交換を置き換える行為となっている。これが市場と違うのは、大企業の中では、指揮を受ける側も、指揮を発動する側も、市場経済の原動力たる利己心を一時的にサスペンド、または保留している。企業内でみんなが利己心に基づく行動を維持するならば、指揮というものが成り立たなくなる。このようにして、大企業は、利害を一にしない多数の人の間の、利己心を保留した継続的な協業の上に初めて成立する。そうであるがゆえに、ここには宿命的な問題がついて回る。「人を動かすうえで何が利己心にとって代わるのか」「利害を一にしない構成員をいかに動機づけ、共通の目標に導くのか」という問題がそれである。この二重の問題の前の部分が企業のモチベーションの問題、後の部分が企業のコーディネーションの問題である。この二つの問題は、協業の成果を決定的に左右する。協業の成果の大きさは、それを構成する要素ベクトルの大きさと、要素ベクトルの方向が一致する度合いで決まってくる。いくら要素ベクトルが大きくても、お互いに逆方向を向いていれば、協業の成果は上がらない。また、いくら方向が一致していても、各々の要素ベクトルが小さければ協業の成果は上がらない。企業はこういうモチベーション問題とコーディネーション問題を同時に解くことを迫られている。コーディネーションは一般に指揮官が持つ権限とともに強化されるが、モチベーションは各構成員が持つ権限とともに強化される。ここに、限られた権限、または決定の自由度の配分をめぐるトレードオフが生まれるのである。特に規模が大きく複雑を極める大企業ともなると、これはかなり深刻な難題としてのしかかってくる。

日本型の企業モデルと米国型の企業モデルを比較すると、企業の根元的なトレードオフに対してとりうるアプローチが両極といえるほど対照的だ。日本型企業モデルは、2つの問題のうち、モチベーション問題に対して最強の解を用意するものと見ることができる。長期にわたって関連性のある仕事、または技能蓄積やキャリアパスを構成員に提供し、その中で構成員が自らの仕事の意味を深く理解、さらには創造することを尊重する。そして、本来は生活の顧客や仲間の評価を判断基準にして構成員が仕事に立ち向かう後押しをする。金銭報酬が伴わないのに仕事に没頭するのは、仕事に内在する喜びが心的報酬として機能している証であろう。これに対して米国型企業モデルは、コーディネーション問題に対して最強の解を用意することができる。そのために、最上位指揮者の育成と選任に多大なコストをかけ、いったん指名した指揮者には絶対的な権限を与える組織間のコーディネーションにおいても、資本の論理を貫徹するため、誰が決定権を握るのかは絶えず明確であり、疑問の余地は残さない。こうした米国型の企業モデルでは、絶大な権限を握る最上位指揮者をいかに統制するのかというガバナンスの問題に加えて、本質的に置き換え可能と位置づけられる構成員をいかに動機づけるかというやっかいな課題が残る。米国企業の特徴として衆目を引く高額の金銭報酬は、このようなモチベーション問題への苦肉の対応策という可能性がある。金銭報酬が強調されるのは、それだけ押し付けられてする仕事が面白くないからであろう。

これに対して日本型企業モデルにも、とくにコーディネーション問題に固有の課題がある。深く同じ方向にコミットしている構成員を上から一方的に押さえつけることなく、如何に同じ方向に向かわせるのか、である。これは一つの職場の内部に限らず、使命と機能を異にする部門・部署間でも持ち上がる。日本企業が和やコンセンサスを重視するのは、米国企業にとって金銭報酬と同じ意味で、突き付けられた課題への後ろ向きの対応と見るのが妥当かもしれない。

コーディネーションとモチベーションのうち、慢性戦略不全に関係するのは前者の方である。コーディネーションがうきくいかないので、チグハグとバラバラが起こるというのが、慢性戦略不全の徴候にほかならない。コーディネーションを第一義とする米国型企業モデルは、こうした慢性戦略不全を未然に防ぐことを主目的として設計されている。だから、慢性の戦略不全には陥りにくい。反面、モチベーションに弱点があるので、戦略の決定に必要な情報が下部階層から上がってこない可能性や、策定された戦略が下部階層によって狙い通りに遂行されない可能性に悩まされるのである。モチベーションを第一義とする日本型企業モデルでは、慢性戦略不全のリスクを甘受して、構成員の技能の蓄積と活用を最大限に促進するという別の目的のために設計されていることになる。慢性戦略不全が日本型企業モデルにおいて多発するのはそのためである。平易に表現すれば、日本の企業はエンジンは強力だけれどもハンドルのきかない自動車のようで、米国の企業はハンドルは精巧だけれどもエンジンの馬力が足りない自動車のようなものだ。どちらがいいかは一概に言えるものではない。

こうした特性の相違が現実にどのように投影されているかを見てみる。日本では、まるで四季に合わせるように新製品が登場して、派手な広告宣伝合戦を繰り広げる。新商品が次々と生まれは消えていくというのは、米国では考えられない。このような新商品を投入し続ける企業に目を向けると低収益に喘いでいるところが多い。ヒット商品に恵まれている企業ですら、高収益と呼ぶのにふさわしい水準に業績が全く届かないことも珍しいことではない。翻って米国を見ると、成熟分野には大型の長寿定番商品が存在する。バドワイザー、クリネックス、コーク、といったどれも商品名が辞書に掲載されるほどの存在感を持っている。米国の企業は、こういう大型定番商品を大事に育て、そのマーケティングに力を注ぐのが一般的である。そういう企業は持続的に高収益を上げていることが多い。日本企業の商品企画志向と米国企業のマーケティング志向、収益という視点から見れば、軍配が上がるのは米国企業のほうであろう。新商品は固定投資を必要とする分だけ収益上は不利にならざるを得ない。枯れた商品の方でも収益に貢献するのは、プロダクト・ポートフォリオの理論が教えるところでもある。製造や物流や販売促進策をコーディネートして、また商品を群れとしてコーディネートして、そして市場をグローバルにコーディネートして、枯れた商品を収益源に仕立てていくのは米国企業が得意とする技である。

ところが視点を変えて仕事の面白さを競うならば。軍配の上がるのは日本企業の方になる。新規に商品を企画して、市場に投入するともなると、多くの社員が開発、製造、営業の実務部隊から動員され、具体的な目標と明確な終わりを持つ仕事に従事することになる。この仕事は商品という目に見える形に結実し、うまくいけばその成果は社会的にも評価される。日本企業が収益を犠牲にしてでもヒット商品作りに明け暮れるのは、その設計思想によるものと考えられる。モチベーションを第一義に据えるため、実務を司る課やチームレベルの集団が主体性を持って仕事に取り組めるように組織全体ができている。しかし、彼らには担当する商品しか見えず、隣の商品や事業は見えない。会社のために良かれと思って、彼らにできるのは、その商品を成功させるだけで、その結果、個別商品レベルの企画が独り歩きすることになる。

マーケティングの本質は、こういう課やチーム単位の活動をいかに水平横断的に、そして人の異動を越えた異時点間で、うまくコーディネートするかにかかっている。これができて初めて商品間の統一性や、進化を遂げる商品の一貫性が生まれ、買い手の信頼を集めるブランドの育成も可能になる。これはコーディネーションを第一義に据える米国企業が得意とするところである。

要するに日本型企業モデルでは、現場の独走を防ぐのが難しいのである。営業や開発では、これが収益を軽視した新商品の過剰投入に現われる。製造や開発では、同じ傾向が収益を軽視した過剰品質、過剰機能に現われる。製品機能や品質を造り込む力では国際的に注目される日本企業が低収益に甘んじるのは、ここに原因がある。まさに慢性戦略不全である。

2011年5月 1日 (日)

三品和広「戦略不全の論理」(1)

Rori 日本企業の多くは、製品開発や大量生産の実務能力に長ける一方で、その力を収益に結びつけるに至っていない。戦略が機能しない「戦略不全」の状態に陥っているからである。と著者は言い、そういう戦略不全の実態と戦略不全を患う理由を解き明かし、その上で問題を超克するための道筋を示そうとする。ただし、本書が出版されたのは、2004年であり、具体的な事例が示されるが、当時の状況を勘案して本書を読むべきである。

日本企業は、長い時間をかけて地に足のついた実務能力を形成するキャリアのシステムを築き上げてきた。それがゆえに最強と目される実務的な組織能力を有している。ところが、このキャリア・システムの中からは戦略を司るべき経営者が出てこない。実務技能と経営技能が本質的に異なるからである。その結果、経営の実権が創業経営者から操業経営者の手に移るにつれ、日本企業の経営は戦略性を失うに至っている。日本企業が本格的な戦略を持って競争に臨むためには、戦略のできる経営者を造るところから始めなければならない。

第一部 戦略不全の実態

第一章 日本企業の戦略不全性

1.戦略を何とみるのか

戦略という言葉の語源は、軍事用語で2500年前の古代ギリシャまで遡る。ところが、戦略が独自の概念として生まれるのは18世紀から19世紀初頭にかけてのことだという。武力衝突は人類の長い歴史と不可分であったにもかかわらず、近代に入って初めて戦略という概念を要するに至った変化とは何か。この戦略ということと表裏一体にあるのは、大規模複雑性である。近代以前の紛争では敵対する武力衝突に突入し、どちらかが勝利を収めた時点で終結するのが常であったが、動員兵力が大規模化した近代戦は1回の交戦で簡単に終わるものではなくなった。そこで、交戦における軍隊の使い方を戦術と呼び、戦争目的の遂行に向けた個別交戦の用い方を戦略という区別が生ずる。ここに来て、局所的な武力衝突に勝つことよりも、継続性を帯びる戦争の中で上位の目的を満たすことが関心の焦点に浮上した。

経営の場合も、軍事の場合と事情はかわらないだろう。商業や工業は本源的に戦略を必要とするものではなく。供給のあるところから需要のあるところへ機敏にモノを運ぶ、または安く上手にモノを造る。そういったことさえ確実にこなしていれば、本来はそれでよかったのである。そこに戦略の必要はないし、戦略がオペレーションの失敗を救うわけでもない。経営の問題の大半は、オペレーションの管理、すなわち出来て当たり前のことをいかにきちんとやり遂げるかにある。経営学も、ヒトとモノとカネの管理手法から出発している。オペレーションが工夫を要するのは確かだが、頭を使うことがすべて戦略ということではないのである。経営の世界に戦略というものが導入されたのは、巨大企業の多角化と、それに伴う事業部制組織の導入である。新しい市場を科学技術の力で作り出した企業は、新規需要が一巡するまで半ば必然的に成長と繁栄を約束されたが、市場は遅かれ早かれ飽和に向かい、大型発明も枯渇する。そこで潤沢な資金を持て余す巨大企業は多角化に打って出た。その結果として複数の事業を統括する本社機能が生まれ、経営は初めてオペレーション以外の課題に直面するに至った。ここでも鍵は大規模複雑性にある。多角化の矛先をどこに向けるべきか、事業間の資源配分をどうすべきか、こういった本社機構に固有の新しい課題が、戦略という概念を新たに呼び込んだ。そして、戦略という概念がいったん生まれると、同じく大規模複雑性を増していった個別の事業でもそれが用いられるにいたったのである。

戦略というと、「戦いに勝つ」という目的か想起されやすいが、それは誤解である。目の前の敵にいかに勝つのかという関心は、時間の流れの下流である戦術の領域である。戦略固有の領域は、同じ時間の流れの上流のほうに位置する。そこでは戦う相手を選ぶ選択肢もあれば、戦いを回避する選択肢もある。戦うことなく相手を屈服させる可能性すら視野に入ってくる。軍事戦略の場合、戦略を要する主体は国家にあり、その国家の目的、すなわち国の繁栄に資することが国家戦略の機能と広く解釈すればよいであろう。

経営戦略の場合、戦略を要する主体は企業であり、企業が内包するところの事業である。企業や事業の目的は、長期の視点から最大限の利益を確保することにある。したがって、長期収益の最大化に資することが企業戦略、または事業戦略の固有事業ということになる。例えば、売上、またはその成長が重視されることもあるが、それは売上を拡大すれば利益も拡大するという暗黙の前提があってのことである、究極の目的は、あくまでも収益である。いくら単年度の収益が巨額にのぼろうが、それが爆発的な現象にすぎず、将来の収益を犠牲にしたものであれば、戦略性を認めるわけにはいかない。逆に、今の収益を削って投資に回し、それ以上の収益を後で刈り取るという行動は、戦略的と言える。戦略が見据えるべきは、長期にわたって実現する収益の実質総額なのである。

ところで、戦略と経営はどう違うのか、企業は、長期収益の最大化を図る前に自社の存続を保障しなければならず、そのためにはやって当たり前という業務を無視するわけにはいかない。こうした業務は、うまくやらなければ企業の存亡にかかわるかもしれないが、うまくやっても長期収益の増大に積極的につながることはない。企業の中で執り行われる日常業務の大半は、そういうものである。経営とは後ろ向きの営為も含めてすべての業務を対象とするものである。それに対して戦略とは、長期収益の最大化に直接関与する営為だけを切り離したものと考えればよい。

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