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2011年5月13日 (金)

三品和広「戦略不全の論理」(12)

2.事業経営責任者の管理職化傾向

社長の短命化もさることながら、社長の下で事業を営む事業経営責任者の階層まで降りていくと、経営職の管理職化傾向がそれに輪をかけて深刻なのである。そこには、制度が管理職になることを促す側面と、人自身が管理職になりきっている側面と、両面が存在する。

著者はある企業の事業部長を対象にした実態調査のデータをもとに分析する。その結果として。約70%が何らかの切り口をもって事業経営に当たっているが、事業全体のあるべき姿、あるいは方向性を見究めている人は10%に止まった。これが事業レベルにおける戦略不全の真相と著者は指摘する。現状を改善する切り口までは持っているのだけれど、戦略には手が届いていないのである。彼らの口から戦略を聞くことができないのは、彼ら自身の役割認識にあると著者は言う。かれらは、人を生かすこと、人を育てること、目標を設定すると、彼らは口にする。要するに、日本企業の事業経営責任者は、経営者というよりも、組織を構成する役割の一つを務めているのである。そこに、トップが戦略を決めるという発想はない、大事なことは職場の長が発案し、彼らの合議で決まる。これが分業経営の実相に他ならない。

事業部は、その運営には資金が必要で、そういう資金を企業の内外から調達して事業観に配分するのは本社の役割である。ところが、ここで事業部と本社との間に利害の不一致と情報の非対称性が存在し、それが事業統治の問題となっている。当地の問題は一種の二律背反を含んでいる。一方で縛りを設けないと資金を拠出する側の利益が守られないが、縛り過ぎると今度は経営に無用な制約を課すことになる。そうなれば、かえって資金拠出する側の利益が損なわれることになる。制度設計上の要諦は、いかに軽い縛りで効果的な利益保護を実現するかにかかっている。しかし、事業統治の縛りは重量級である。事業統治の本流を成すのは、本社による直接モニタリングである。これは人事権とキャッシュ、すなわち生殺与奪の権に裏付けられているだけに、事業部側に抵抗する術はない。実際のモニタリングは定常的には事業計画を中心にして進むことが多い。本社側は事業計画の策定段階でチェックして、あとは月次決算の対予算比をモニターする。そこで異常が検知されれば、原因の精査に乗り出す。このような事業統治の下で、事業経営責任者にフリーハンドの経営者として振る舞うのは無理と言える。長期の戦略より、月次の事業計画ということになる。しかも、事業経営責任者の任期は社長以上に短い。その理由は、本社による人事権の発動である。それは、企業本体の経営陣への人材供給のパイプラインを確保する必要からである。事業部長就任時の平均年齢が50歳を超えているため、役員昇進の可能性を考えると、一刻も早く事業部長職を卒業させないと後が続かないのである。

日本企業の事業経営責任者が管理職に成り下がっているのは、何も期待任期が短いからだけでない。上位に絶大な権限が存在するからだけでもない。本人の問題もそこにはある。さらに言えば、その背後に人事政策の問題もある。問題の一端は内部昇進の図式である。

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