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2011年5月31日 (火)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(6)

手塚がそれまで暮らしていた古典的なまんが世界を現実が外部から脅かした。ここでいう現実とは、戦争それ自体に留まるものではない。人間存在を圧倒的に超越してしまう不条理な何ものかであり、リアルに描写された戦闘機はその象徴に過ぎない。ただ、精緻で正確であることがリアリズムではないのである。その意味ではラストのむしろ淡々と落下する焼夷弾の方が手塚が直面した不条理さを正確に表現さえしている印象がある。人が死にゆく存在であるという発見は、手塚少年をもはや戦前、戦時下のまんが技法がカリカチュアライズされた世界に留まることを許さなかった。そのような不条理さに直面することで、「爆弾を落とされても顔が煤だらけ」になるだけの従来のまんが記号は限界を顕にする。つまり、圧倒的な不条理や暴力を作品世界に導入することによってキャラクターは、その不条理さを感じる心と、現実の前に無残に傷つき死んでいく生身の身体の二つを獲得してしまったのだと言える。多用された感情を示す記号は、キャラクターが心を獲得するためにもがいている姿にさえ思える。無論『勝利の日まで』の中では心のあり方は具体的には描かれない。それは戦後まんがを待たなくてはならないものだからだ。しかし、死にゆく身体を獲得したキャラクターは死という現実と直面する自我を持たざるを得ないのである。そのようにして、手塚は戦後まんが史へと踏み出していったのだと言える。このように記号的表現では描き得ない身体や自我を発見してしまった時、しかし、手塚はまんがという技法を放棄することは選択しなかった。あくまでも記号的なまんがを基調としながら、しかもそれによってリアリズムでなければ本来描き得ないものを描こうとし始めるのである。手塚が習作版『ロストワールド』の冒頭に、「これは漫画に非ず、小説に非ず」と記したことは有名だが、それは、まんがという形式で、まんがが描き得ないものを描こうとした手塚の自覚の表れである。この漫画では描き得ないものは決してストーリーや悲劇を直接は意味しない。むしろ、戦争体験を経て手塚の中に発生した強烈なリアリズムへの志向なのだと言える。ストーリーや悲劇は、その結果として選び取られていった方法だとさえ言える。夏目が指摘したように手塚治虫はリアリズムを表現する具体的な手段としては、彼が限界を感じたはずの古典まんが表現における記号をより細かに組み合わせ、修正することで、表現の幅を増やすことに求めた。また、映画的な構図やカット割りも、記号的な表現の限界を補う意味で戦後まんがに持ち込まれることになった。『新宝島』の冒頭の映像的手法は、そのような意味で、戦前と戦時下を経た歴史的所産なのである。

しかしそのことによって、手塚まんがの根本的な矛盾は戦後まんがに持ち込まれることになる。本来平面的でも、心も身体も奥行きも持たない。だからこそ、記号、符牒で充分であったキャラクター表現を用いて、本質的にはその技法では表現できないものを手塚は表現しようとしてしまったのである。戦後まんがが手塚以降諸外国のまんがと比して特殊な発展を遂げるのは、手塚がまんがに、表現すべきものとしてリアリズム的な心と身体を持ち込んだからである。しかも、本来それを語ることが不可能な記号的表現によってこれを追求するという根源的な困難さとともにである。その戦後まんがの始まりにおける決定的な矛盾が、そのまま、戦後まんがの表現技法を進化させる原動力にもなり、同時に、戦後まんがの主題そのものにもなっていくのである。

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