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2011年5月29日 (日)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(4)

この時期の作品は、習作ということもあり、公開されているものは少ない。この中で著者は、とりわけ、『勝利の日まで』に注目する。『勝利の日まで』は無地の大学ノートに描かれ、数編のショートストーリーから成るオムニバス形式で、昭和12年ごろの戦意高揚まんがによく見られた構成だった。ここには、戦前に手塚が体験したまんがのキャラクターが総出演している。その顔ぶれを見ると、大正末から終戦直後までのまんがが網羅されていて、手塚のまんが体験が昭和まんがのカリカチュアライズであるという自負が決して大袈裟でないことが窺える。ここでは、記号的表現、ないしはリアリズムのあり方に照らし合わせた時、三種類の水準から成り立っていると、著者は言う。第一の水準は、田河ら戦前のまんがの中に手塚が見出してきた古典的な記号的キャラクターの作画方法。第二は、ひれとは対極にある精密なリアリズム。そして第三は、その矛盾する二つの手法を統合した特異な水準。この三つの異なる手法が、『勝利の日まで』には共存している。第一の水準では、あらゆる戦前、戦時下のキャラクターたちが登場する。彼らの登場する場面では、コマ運びも会話も古典的まんがの文法に従っている。これらのキャラクターたちは、実は決まった行動以外取り得ない存在であり、まんが記号説を前提とすれば、これらのキャラクターの表情だけでなく動きまでも、あらかじめ一定量の類型化された記号の集積として定められた枠内に収まらざるを得ない。これらのキャラクターが空襲という事態に対して、ただ類型的な対応をすることによってしか行動できないのは、彼らがまんがのキャラクターである以上、当然のことである。しかし、ここで特徴的なのは、星や汗、煙などのようなまんがの約束事の記号が多用されている点だ。先ほどの夏目の指摘もあるが、この『勝利の日まで』は悲劇的な作品ではない。したがって、記号の多用という事実をもって、手塚におけるストーリーまんがの導入とは、必ずしも関連があるとは言えない。とは言え、ここで手塚は記号を多く描くことに強い関心を示していたことは事実である。それが悲劇の導入には還元できない、より根源的な体験が齎したものであると著者は指摘する。多用される記号は、汗や驚きといった焦りや驚きといった感情の動きをしめすもので、動きを示す斜線も多く使用されている。これは、作中で空爆や空襲警報といった戦時下に否応なく置かれたキャラクターが描かれるからであると、著者は言う。動員された戦前のキャラクターは彼らが決して作中で体験してこなかった、いわばキャラクターとしての約束事の動きの範疇の枠外にある動きを作中の空襲によって強いられているのである。にも拘らず、かれらの動きも表情も既に記号化された約束事の中を決して逸脱できない。だからこそそれが感情や動きを示す記号の過剰につながっている。このように、キャラクターたちに約束事との軋轢を強いたものこそ、戦争であると著者は指摘する。手塚少年は戦前のまんがの記号をあらゆる水準で動員しながら、同時にその限界を実感していたはずであり、それが感情や動きをめぐる記号の多用となって表れている。こういった記号が用いられていないのは、日常がかろうじて維持されている場面と空爆される街や米軍機の描写で、とくに後者では平板な画面ではなく奥行きが与えられ、濃淡のある写実的な画風でえがかれ、まんが的な日常性の中に止まり得なくなっているために用いられた著者は指摘する。これらこそが、第二の水準である徹底した写実主義である。そして『勝利の日まで』の奇妙さとは、登場するキャラクターも風景も日常を構成する品々もすべてが旧来のまんが技法に忠実に記号的に表現されながら、ただ空爆する戦闘機とそれが描かれるコマだけが不気味なまでに写実的であり、かつ映画的なアングルで描かれている点にある。後半に行くに従って、日本のキャラクターたちはリアリズムの侵入に圧倒されていく。定められた記号の世界の中で安穏としていたキャラクターは、しかし米軍機という無機質な金属の塊の出現に対してただお約束の行動をとることしかできない。いわばリアリズムによって描かれた戦闘機は、古典まんが世界を根底から脅かす現実から侵入したものだと言える。そこには実際に空爆される側にあった手塚の体験が反映しており、自身を空爆する米軍機は当然のことながら記号や約束事によって、まんが的に表現のしようがないほどに現実的であったと言える。手塚は単に現実的なリアリズムで戦闘機という「モノ」を描写したのではなく、その向こうにある圧倒的な現実を描写してしまったのである。戦時下のまんがの中でも、代表的なものとして夢オチのような手法により、科学的なリアリズムと記号的な非リアリズムの棲み分けをさせている。手塚もまた夢による棲み分けを『勝利の日まで』で試みたが、同時に作中に侵入したリアリズムはそのような棲み分けを不可能にしていった。リアリズムによって描かれる戦闘機は平面的な世界の外部から現われ、まさに古典的まんが表現の記号的世界を破綻させてしまう存在であった。手塚は平面的なまんがのキャラクターと自分を同一化することで、まんがの記号的なキャラクターがその心においても身体においても傷つく生身の存在であるという新しい側面を発見してしまうことになる。

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