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2011年5月 7日 (土)

三品和広「戦略不全の論理」(6)

第二部 戦略とは何か

第四章 演繹的マクロ戦略論

ミクロ経済学の視点から長期収益がどう決まるかを見ていくが、その内容は省略し、そこから得られるものを経営の言葉に翻訳していくのを見ていく。

まず、著者は理論と実務の違いから見ていく。理論と実務の間に距離があるように見えるのは、両者の間に厳然として時間尺度の相違があるからである。実務の世界では、土岐は連続に流れるものである。卑近な言い方をすれば、仕事は毎日ある。日々の活動、これらに付随するカネの流れやヒトの働きを管理する業務など、日々刻々と動いている。こうした業務では、様々な工夫を凝らす余地が担当者レベルでは無尽蔵にある。創造的な意思決定を休みなく下す人たちが、企業は自分が動かすと認識しても無理はないし、企業というものは膨大な数に上る意思決定変数を持つものだと考えるのは当然と言える。問題は、そういう業務上の意思決定と、企業の長期収益の関係である。業務は絶えず動いているが故に個別の意思決定はやり直しがきくし、修正も随時迫られる。それに加えて企業の意思決定は複数の人を経て組織的に下される。これを高い見地から、長い目で見たときに、本当に企業間の業績差異を生み出すことになるのだろうか。おそらく、そうではあるまい。経済学が企業をモデル化するときは、業務上の意思決定は合理的に下されるものという前提に立ち、それを企業の利益最大化行動として表現する。戦略論が取り上げるべきは、こうして最大化された利益の大小を左右する要因に他ならない。言い換えれば、企業で働く人たちが最善を尽くした後に決まる利益の多寡を何が決めるのかという問である。枝葉を取り去ったのちに見える幹の姿こそ問題なのである。経済学は、その何たるかを教えてくれる。

企業収益を究極的に規定するのは、自社と競合他社のコスト、市場への参加企業数、及び需要曲線と費用曲線の形状である。それがモデル分析から得られる直接の結論になる。このうち、コストと競合企業数は完全には外生変数とは言い難い。コスト優位が利益につながるとしたら、企業はコストを従属変数もそしてコスト低減に向けた投資額を独立変数とするゲームに従事するであろう。競合企業数も、長期的には企業の自由意思による参入と退出の結果、内生的に決まってくるものである。そうなると、均衡状態で残るパラメーターは需要構造と費用構造に限られると言ってよい。こういう構想を選ぶことは、企業が長期収益を拡大するためにできることのうちでもっとも基本的な手段である。では、構造を選ぶとは具体的に何をすることをいうのであろうか。ひとつには新たな市場へ新規に参入するという大きな決断がそうである。ほかにも、すでに参加している市場から撤退するとか、その中でセグメンテーションの取捨選択をすることがそれにあたる。こういう選択にあたって考慮すべき事情は多岐にわたる。その個々の事情の分析は本書に当たるとして、世の中には構造が好ましい市場と、そうではない市場が並存している。企業の戦略を考える時にもっとも重要なポイントは、避けるべき市場を避けて、いかに好ましい市場に経営資源を集めるか、ということになる。「自らに有利なゲームを選んでプレーせよ」と俗に言うが、大事なのは自社の強みを生かすことだけではない。それとは別に、利益の出やすい構造を選択するという発想も重要なのである。

費用と需要の構造は、企業にとって確かに基本的な戦略変数である。ただし、これを選択するという行為自体は、かなり受動的な色彩が濃い。それに対して、もう少し能動的な戦略変数として、競合企業数を上げることができる。この変数自体は内生的に決まる側面もあるものの、企業はこれに参入制限という形で働きかける手段を持つのである。競合企業数を減らすことは、費用や需要の構造いかんにかかわらず、収益性の向上に貢献する。参入制限には、競争と協同という2つの側面がある。競争の方は、既存の競合相手とは袂を分かち、新しい市場を自社のみで構成しようと動くことである。その成功には何らかの有効な差別化が必要不可欠であり、同業他社の追随を振り切るという意味で、競争が必然となる。それがうまくいけば、たとえ市場は小さくても、企業は新しい市場で独占利益を手にすることができる。協働の側面は、新規参入を阻止するという点において既存企業が利害を一にすることから発生する。例えば、市場を新規参入から守るためには、参入企業がクリアすることを迫られるバーを上げればよい。ここで言うバーとは、たとえば品質やサービスについて顧客が抱く期待の高さ、安全性や環境対策について行政当局が持つ要求水準の高さ、または参入に際して必要となる一般的な投資の大きさのことである。利害を共有する企業は、ここで共同戦線を張ると相互に得をする。念のために補足しておくと、新規参入を阻止する方法は製品自体の差別化に限定されるわけではない。参入障壁そのものは、変動費用や固定費用にあってもかまわない。潜在的参入企業に対して決定的な非対称性を何らかの形で作り込めばよいのである。参入すれば強硬な反攻措置が待ち受けると既存企業が参入を検討する企業に信じ込ませることができれば、それが有効な参入障壁になることは十分に考えられる。

差別化という概念は、一般に競合企業数を小さくするための行為として理解されている。これは企業間の水平的な差別化という話であるが、実は対顧客の垂直的な差別化も利益の拡大に別のルートで貢献する。最後にこの可能性を吟味する。クールノーのモデルでは均衡状態において大きな消費者余剰が発生している。消費者余剰とは、消費者は払ってもよいと思っていたのに、実際には払わなくても済んだ金額の合計に相当する。これが企業の隠れた利益の源泉になりうる。そもそも、需要曲線が右下がりということは、その市場で売買される製品に対して消費者が支払う意思のある最高基準価格が一様でないことを意味している。その製品に高い価値を認める人から、価値をほとんど認めない人まで、色々な人がいるということである。そういう中で、均衡価格より低い最高基準価格を持つ消費者は、結果的に購入を見送ることになる。逆に均衡価格より高い最高基準価格を持つ消費者は喜んで購入に踏み切る。彼らにとっては実際の取引価格が自らの最高基準価格を下回る分だけ「儲け」になるからである。この「儲け」をすべての消費者について合計したのが消費者余剰、すなわち消費者の節約額を示す尺度となる。この消費者の「儲け」は、取りも直さず企業の損失、利益の取りこぼしである。このような取りこぼしが回避できないのは、個々の消費者の持つ最高基準価格を見破る術を企業が持たないが故に、誰に対しても均一の価格で売ることを余儀なくされるからである。すなわち、消費者余剰は一物一価の裏返しなのである。こうした事情を理解すれば、企業が利益を拡大する第3の道が見えてくる。他社を相手にするのではなく、ここでの焦点は顧客との駆け引きになる。企業が消費者余剰を取り込むには、最高基準価格の高低に応じた複数の価格、すなわち「差別価格」を導入する必要がある。問題は、個別消費者の最高基準価格に関する情報がないままで、いかにこれを実現するかである。工夫の一つは、酒匂基準価格の高低に相関する代理変数を見出し、これに価格を連動させることである。携帯電話などの学生割引は、この典型例として知られている。もう一つの工夫は、能動的に差別価格を設定しに行くのではなく、異なる価格を用意しておいて消費者が自己選択するのを受動的に待つといういき方である。最高基準価格を見破る術がないのなら、消費者に「自白」させればよいのである。

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