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2011年5月 5日 (木)

三品和広「戦略不全の論理」(4)

3.特定産業内の企業別業績比較

こんどは、特定の業種というくくりの中で日本企業同士を比較する。これまで言及した戦略不全の構図が正しければ、歴史が古い企業であればあるほど、そして売上が大きい企業であればあるほど、無為無策型の戦略不全に陥りやすく、その結果として収益力も低いことが予想される。それをデータによって検証を試みる。

ここで取り上げる特定産業は、精密・電機産業である。そこで高収益業は比較的新しい企業で、事業ドメインが定まっていて、明快な得意技を持ち、それによって基幹事業を深耕することで、安易な多角化に走ることなく成長を遂げている企業である。これに対して、業界を代表すると自他ともに認めるような企業は、多角化を推し進めた結果として規模で他社を圧倒するにもかかわらず、収益力では劣っている。

全体を展望すると、事実はおそらく次のようなところではないかと考えられる。即ち、企業は成長を指向するが、一般的傾向としては収穫逓減の法則に晒されている。したがって、創業以来時が経過すると共に規模は拡大すれども利益率は低下する。ただし、これは不可抗力というものではなく、むしろ無為無策の為せる業である。この傾向に打ち克つということこそが、戦略の本質と考えるべきであろう。伝統ある大企業が慢性的な低収益に甘んずるとすれば、それは戦略不全の繁栄に他にならない。

ここから見て取れるのは、規模の拡大と共に収益力が悪化する現実、そして、規模の大きい企業の方が低収益に甘んじている現実が浮上してくる。本来ならば、規模の経済という概念が存在するように、規模は企業にとって福音のはずである。例えば、規模が拡大すれば、それに合わせて比例的に増やす必要のない固定費を相対的に削減したり、増大する交渉力を背景に変動費を削減したり、増大する市場支配力を背景に価格の下落を阻止するなど、利益率を引き上げるなど、利益率を引き上げる可能性がいろいろ開けてくるとされている。

しかし、規模は成功の原因ではなく、むしろ成功の結果であると考えると、規模は両刃の刃として考えられて来る。規模は利益率を引き上げるテコにはなりうるが、引き下げる重力としても作用するからである。例えば、一つの市場を制覇した企業が規模を拡大するためには、企業の活動範囲を水平的に拡大するか(多角化)、垂直的に拡大するか(垂直統合)、地理的に拡大するか(国際化)のいずれかしかない。どの道を選んでも、企業の経営は複雑さを増していく、経営の枠組みがそれに伴って進化していかない限り、経営が規模に負けて効率を落とすことは避けられない。規模の不経済とも言うべき現象がここに発生する。規模の不経済は主に企業の間接部門で問題となる。直接部門で規模の経済が働くのとは好対照と言えよう。およそ企業という存在は、その効率を業務プロセスの定型化に負っている。定型化するがゆえに、企業は経済性を発揮すると言ってよい。この定型化をする時に企業は一定の範囲の企業活動を想定して最適化を図るが企保の拡大はこの想定範囲を結果的に無効にし、定型化のやり直しを多くの間接部門分野に要求する。グローバリゼーションに伴う人事制度や経理制度の改訂は、その良い例であろう。規模の飛躍的な拡大を狙う合併ともなると、さらに大幅な改訂を必要とするのが常である。再定型化は、その努力自体がコストを発生させるだけでなく、それがうまくいかないことに伴う間接的な、測定されないコストをも随所に発生させる。この後者にあたる部分が意外と大きいのである。規模の経済は、拡大する前から存在する資産に追加投資することなく拡大後もこれを使い続けることから発生するが、再定型化は逆に拡大する前から存在する資産を無効にし、一からの再投資を要求するのである。これが規模の不経済にほかならない。その大きさは、再投資の深度と頻度にもよるが、それ自体は企業の持つインフラストラクチャーの頑健性で決まるものと考えられる。

日本の電機業界には円高と、そこから発生するグローバリゼーションが鬼門となっていることが明白である。これに的確に対処することなくいたずらに規模の拡大を指向したことが、劇的と言ってよいほどの規模の不経済を生んでいるのではなかろうか。これも無為無策型の慢性戦略不全にほかならない。

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