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2011年5月16日 (月)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(3)

次に「ブログ」について見ていこう。アーキテクチャの進化という点から見ると、ブログの特徴は、グーグルに検索されやすいウェブサイトを自動的につくる仕組みという一点に集約することができる。これはブログの「パーマリンク」と呼ばれる仕組みで、一言でいうと、ブログの記事単位で発行されているURLのことである。このパーマリンクによって、よそのブログで面白い記事を見つけたら、自分のブログ上で、その記事へのリンクを貼って紹介するということができるようになった。今では当たり前となったこの機能の意味については、かつてパーマリンクが存在しなかった頃は、個人がウェブサイトを運営・更新する際には、自分の手でHTMLを編集し、ウェブサーバーにアップロードすると言う作業が必要だった。しかし、手動でウェブサイトを更新するとなると、いちいち短い文章を書くたびに、別々のURLを持たせたファイルに分割するのは面倒で、ある程度まとまった文章ごとにファイルを切り分け、URLを割り振ると言った更新スタイルが一般的だった。しかし、このようなスタイルはグーグルのような検索エンジンとの相性が悪い。1ページにたくさんのテキストが入っていると検索してキーワードの情報が、そのページのどこにあるかが探しにくい。これに対し、パーマリンクの仕組みがあれば、比較的短い文章の中から、その情報がどこに書いてあるかが分かり易い。

つまり、パーマリンクと言う仕組みは、ウェブページの情報を細かい単位に切り分け、情報のありかを「指差す」というリンクの効能(価値)を高めることに寄与するものと言える。

ブログがグーグルに検索されやすい、もう一つの特徴はSEO対策が自動的に施されていた点にある。ブログを使うことで、いちいちユーザーが自分の手でHTMLを書かなくても良いだけでなく、グーグルのような検索エンジンが解釈しやすいHTMLに自動的に変換される。例えば検索エンジンのポットは、重要に内容はHTMLのタイトルや見出しに相当する部分に書かれているものを対象にウェブページを解析していく。そのためHTMLを正しくマークアップしていくことが、検索結果を高めていく上では重要だが、ブログはその作業を自動でやってくれるのだ。実は、このHTMLのマークアップを手動でやっていた時は正しく行われていなかった。それをブログは自動的に正しくHTMLをマークアップしてしまう。つまり、ブログは正しいHTMLを書くという集合行動を、規範ではなくアーキテクチャを通じて実現したわけだ。

このような特徴(アーキテクチャの特性)のゆえに、ブログがソーシャルウェアとして大きく成長した。個々のブロガーはただのお喋りを綴っていただけかもしれないし、理想を抱いて質の高い記事を書いていたかもしれない。いずれにせよ、そのような文章は、グーグルに検索されやすいので。検索されれば目につきやすくなる。そこでリンクが貼られ、このリンクをグーグルはページランクの仕組みを通じて解析し、さらに検索されやすくなる、というようにグーグルとブログは相互に影響を与え合うフィードバックループの関係を取り結んでいる。そして、さらにこのような相互作用により、結果的に優れたものが生き残っていく淘汰のメカニズムを作動させていく、玉石混交といっても玉と石とは選り分けられていく。

このようなウェブ上のソーシャルウェアの進化・成長メカニズムは、近年では「生態系」比喩を使って説明されている。生態系の比喩は、主に次の三つの現象を指している。

     人や情報の流れについて

ウエブ上ではリンクを通じて情報が発見され、共有され、そしてより多くのリンクを獲得した情報がさらに人の目に触れられていくという一見自然淘汰のメカニズムが働いている。また、ブロガーと呼ばれる集団の中には、よく名前が知られていて読者の多い「アルファブロガー」と呼ばれるユーザーが存在する。そこに無名のユーザーとの間にある種の弱肉強食的な階層構造があることが知られている。例えば、アクセスの多くない記事が、アルファブロガーにリンク付で紹介された途端にアクセス数が瞬間的に急増することがある。これはアルファブロガーが新鮮なネタを求めてウェブ上を巡回し、下位のユーザーからネタ=情報を捕食しようとしているわけです。

     WEB2.0的と呼ばれるサービス間の関係について

WEB2.0系と呼ばれるサービスは、それぞれ別個のURLとサーバーの上で動いていたとしても、互いに緩やかな協調関係をつくっていることがしばしば強調される。ブログであればトラックバックやRSSにpingがこれに相当する。こうしたサービス間の緩やかな関係は、ある生態系の中で、様々な生命体や種族がそれぞれ完全に孤立することなく、相互に影響し合い、その循環的な関係のネットワークを通じて、共棲的な生態環境を生み出している様子にたとえられている。

     お金の流れについて

例えば、グーグルアドセンスという広告システムがある。これはグーグル外部のウェブページに、そのページの内容と連動した広告(コンテンツ連動広告)を自動的に掲載すると言う仕組みだ。かりに、あるブログに、アドセンスを表示するためのコードを埋め込んでおくと、そのページの内容が瞬時に解析され、その内容と関連性の深いと判断された広告が自動的に表示される。これはグーグルと外部パートナーとの間にwin-winの関係が築かれたことを意味し、さらに、新興ベンチャー企業はこうしたアドセンスの仕組みでとりあえず事業を持続させておき、最終的にはグーグルなどの大企業に自社のサービスが買収されることを目指すようになる。こうした流れに乗ってしまえば、ITベンチャーたちは自分たちで独自にビジネスモデルを編み出す必要はなく、基本的にはグーグルにビジネスの大部分を任せることで、自分たちはサービスの技術的開発や運営に専念できるようになる。これは、グーグルをいわば苗床にして、新たなソーシャルウェアが次々にうまれる生態系にも見える。

このような生態系の比喩のポイントは、抽象的に言い表わすならば、ある環境において、膨大な数のエージェントやプレイヤーが行動し、相互に影響し合うことで、全体的な秩序がダイナミックに生み出されており、しかもそこから新たに多様な存在が次々と出現するというところにある。それらは基本的に、部分が相互作用することで全体が構成されているというシステム論的構図をもっていて、部分を構成する各ネットユーザーたちは、全体を認識するわけでなく、いわば勝手気ままに行動することで、いつのまにか全体的な秩序が実現されている。

更に筆者は生態系や進化論の枠組みをウェブに当てはめることで。また別の議論の道筋も切り拓くことができると言う。「進化」はよく似た語感の「進歩」とは異なる。進歩は、ある価値観がプリセットされていて、その良いことの基準から見て、その質を向上させていくことで、それによる「進歩史観」は生命の進化は、常により優れた種が適応し、その種を保存させるためのプロセスであると言う考え方、この応用としてウェブは常に情報発見。伝達効率の優れたアーキテクチャに向けて進歩するという考え方、これらによれば、生命もウェブも何らかの目的に向けてシステム自体が自ら変化しているように見える。これに対して、「進化」は、プリセットされているような価値観が入り込まないもので、「より良きものへの変化」ではなく「より複雑なものへの変化」で、複雑さや多様性というものは、ほとんど偶然によって積み上げられた結果と看做すところにある。その過程では神のような超越的な意図は存在しない。これをどのように説明かと言うと、まず、遺伝子のレベルで、何らかの種が「発生」する(突然変異)。次に、その時々の「環境」との適応度によって、種の淘汰と「存続」が起きる。このように、「発生」のメカニズム(発生論的説明)と「存続」のメカニズム(機能論的説明)を分離して考えることで、事後的には目的合理的に見えてしまうシステムであっても、その発生過程を目的合理的に説明してしまう罠を回避することができる。つまり、偶然の産物から、目的合理的なシステムが自然発生すると言う現象を、「神による設計」という神秘論に回収することなく説明することができる。そこで、これまで見てきたウェブ上のイノベーションは、「偶然」「意図せざる結果として」生み出され、結果的にそのときどきの情報環境の状況に適応する形で生き残ってきたとみなすことができる。

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